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第二章・四界の神話5
「…………なんですか、なにか文句でもあるんですか」
「ハハハッ、許せよ驚いただけだ。十万年後の未来ってのは愉快な世界だな!」
オルクヘルムが明朗快活に笑いました。
どうやら未来の話しに興味津々のようで、とても楽しそう。
「あなた、楽しそうですね」
「当たり前だろ? 愉快な話しは好きだ。それが今からずっと先の世界だと思うとサイコーじゃねぇか!」
心から楽しそうに笑っているオルクヘルム。
でも次には残念そうな顔になります。
「さて、俺はそろそろ帰るぜ。もっと未来の話しを聞きたかったが精霊族と魔族に見つかったら面倒だ」
そう言うとオルクヘルムは「長居し過ぎたな……」と頭をかく。彼は十万年後の世界に興味津々でしたが、ここへは魔族と精霊族の戦況を偵察に来ていたのです。
「さっきは悪かったな、脅すつもりはなかったが許せよ。ガキのことも気にかけておく。お前らもここで困ったことがあれば俺の陣営にこい、また面白い話しを聞かせてくれよ。じゃあな」
オルクヘルムはそう言うと立ち去りました。
私とイスラはそれを見送ります。なんだか不思議な心地になっていました。
だってオルクヘルムは十万年前の四界の王の一人、歴史書でしか窺うことがなかった方です。それが今、目の前にいて私たちとお話ししていました。
「この世界には、あの方の他にも初代の魔王様や勇者様や精霊王様が存在しています。なんだか不思議です……」
私は周囲の木々や草花を見回しました。
それは十万年後と同じ種類もあれば、見たことがないものもありました。絶滅したのか進化して形を変えたのか分かりません。でも、じわりじわりとここが過去の世界だということを実感します。ここは私たちの時代の世界ではないと。
「今、ゼロスとクロードは何も知らないまま、何も分からないまま、この世界をさまよっているのですね」
胸が痛いほど締め付けられて唇を噛みしめました。
思い出すのは先ほどのオルクヘルムが語ったこの時代の子どもの価値。悔しいけれど間違いではないのでしょう。
「はやく見つけてあげないと、はやくっ……」
ゼロスとクロードは今この世界のどこにいるのでしょうか。
お腹を空かせていないでしょうか、寒い思いをしていないでしょうか、ケガをしたり、苦しい思いをしたりしていないでしょうか。尽きぬ心配に不安ばかりが膨れ上がる。
「ブレイラ、この世界の情報を集めよう。二人を必ず探しだすぞ」
「はいっ……」
私は硬く頷いて、震える指先を握りしめました。
◆◆◆◆◆◆
いったいどれだけの距離を歩いただろうか。
ゼロスとクロードは深い森の中にいた。
ここがどこの森かは分からないが、ゼロスは朝からクロードをおんぶ紐でおんぶして魔界のお城を目指して歩いているのだ。
ゼロスは生い茂る木々を見上げる。
「おしろ、どっちかなあ。まちがえちゃったのかなあ……」
「あうー……」
背中のクロードも困ったように低くうなった。
結局、昨夜はお迎えがなかった。焚き火の前でお迎えを待っていたのに、ゼロスとクロードは森で朝を迎えてしまったのだ。
父上もブレイラも兄上もお城にいるみんなも、ゼロスとクロードを心配しているはずだ。きっと探してくれている。でもお城からのお迎えはまだこない。
ゼロスは困ったように歩いてきた方向を振り返った。
もしかして道を間違えたのかもしれない。
もし間違えていたらどうしよう。早く帰りたくてずっとずっと歩いているから、ずいぶんと遠くまで来てしまった。
「クロード、つぎはあっちにいこっか」
「ばぶっ」
ゼロスは方向を変えて歩きだした。
森の道なき道を歩く。たくさん歩いているので、歩いてきた方向すら分からなくなった。でもきっと城に辿りつくと信じて歩き続けた。
途中でクロードとおやつ休憩をしたり、おしゃべりをしながら歩いた。
「クロード、おうちかえったらなにたべる? ぼくね、ブレイラのクッキーたべるの。おいしいクッキーとケーキ、あーんしてもらうんだあ~」
「あぶっ、あーうー」
「クロードはあかちゃんだから、うすいのたべてなさい」
「うー」
「うー、ていってもダメ~っ」
「ばぶっ、あー! あうー!」
背中のクロードが短い手足をバタバタさせて抗議する。
そんなクロードにゼロスはあきれ顔だ。
「もう、またおこってる。クロードはおこりんぼうなんだから~」
「あぶぅ、あーあー」
クロードが気難しい顔をしておしゃべりだ。
なにを言っているのかさっぱり分からないが、ゼロスは折れてあげることにした。
だって赤ちゃんのお菓子もおいしかった。家族五人で赤ちゃん用のお菓子を手作りしたのはつい最近のことで、またみんなで一緒にお菓子作りしたい。とても楽しかったのだ。
「じゃあ、ちちうえとブレイラとあにうえとぼくとクロードと、みんなでおかしつくろっか。それならクロードもたべられるでしょ?」
「あぶっ! あー! あー!」
クロードが心なしか高い声をあげだした。
きっと賛成しているのだろう。
こうしてゼロスとクロードはおしゃべりしながら歩いていたが、最中にクロードがお昼寝してしまった。ゼロスもお昼寝したくなったけれど、でもがまん。だってはやくおうちに帰りたいからがまんだ。お昼寝するならブレイラの添い寝がほしい。
こうして何時間も歩き続けて、気が付くと森は薄暗くなっていた。
もうすぐ夜が訪れる。夜になったら森を歩いては行けないのだ。
「クロード、ここでおやすみしよっか」
「ばぶっ」
今夜は森の大樹の下で休むことにした。
カバンに入っていたおやつは全部食べてしまったので、ここからは自分で狩りをしなければならない。でも大丈夫、ゼロスは三歳だけど、父上や兄上に狩りの方法を教えてもらったことがある。兄上とは修行しながら何日も野営していたこともある。だから大丈夫。
ゼロスは夕食の動物を狩ると焚き火を灯した。一人で全部準備するのは初めてだったけれど、大丈夫。ゼロスは三歳だけどがんばった。
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