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第二章・四界の神話6
「クロード、おにくおいしい?」
「あう~……、むにゃむにゃ」
クロードが焼いたお肉をしゃぶっている。ふにゃふにゃになるまでしゃぶってモグモグ食べた。
でもやっぱりミルクがいいようだ。ゼロスは今度お休みする場所は川の近くにしようと思った。
こうしてささやかな夕食が終わり、そのまま大樹の下で休むことにした。
二人は大樹の下でちょこんと座る。
今夜はお迎えがくるだろうか。
昨夜お迎えがなかったのは、きっと帰る道を間違えたからだ。
道を間違えたから、だからブレイラたちはお迎えにこられなかったのかもしれない。
パチパチッ。焚き火の爆ぜる音が鳴る。
夜の森は真っ暗で何も見えない。焚き火の明かりだけがゼロスとクロードの視界に光を灯している。
ゆらゆら揺れる焚き火の明かり。それは暖かくて、優しい色をしていて、まるでブレイラみたいだと思った。
「ブレイラ、まってるかなあ」
「あぶぅ、あー」
「きっとないちゃってるね。ブレイラはぼくとクロードがだいすきだから」
「あぶー」
「ぼくとクロードをいっぱいさがしてる。だから、ぼくたちもはやくかえらないと」
「あぶ……。……あー、うー……、あー………」
「クロード、ねむたいの? ……ねちゃった」
クロードがうとうとしていたかと思うと、あっという間に眠ってしまった。
ずっとゼロスにおんぶされているだけだけど、それはそれで疲れるのだと以前ブレイラが言っていた。クロードは疲れてしまったのだろう。
ゼロスはクロードのお腹にハンカチを被せてあげた。冷やしちゃダメなのだ。
「…………あめだ」
ぽつん。ふとゼロスの頬に雫が落ちた。雨粒だ。
ポツン、ポツポツっ……。ザアアァァァ……!
それはあっという間に降りだして、暗闇を灯していた焚き火を消してしまった。
ゼロスとクロードは立派な大樹の下にいるのでずぶ濡れになることはなかったが、真っ暗になってちょっと怖い。
大きな瞳がじわじわ潤んで泣いてしまいそうになったけれど、ぐっとがまんした。
だって、さむくない。雨が降ってきたけどさむくない。
ふと思い出したのは冥界の嵐。ブレイラとゼロスとクロードの三人で冥界の玉座に座りに行った時に、帰りに嵐に見舞われてしまった時のこと。
雨宿りで入った洞窟も楽しかったけれど、危なくなったので滝のような豪雨の中を移動することになったのだ。その時のゼロスはブレイラに外套を被らせてもらって、ブレイラと手を繋いで走ったのである。
『ごめんなさい、辛い思いをさせてしまいました……』
『つらいのない! ぼく、かけっこすきだから、たくさんはしれるの!』
雨に打たれるゼロスにブレイラが悲しそうだったから、ゼロスはすぐに答えた。
その答えにブレイラは少しだけ笑ってくれたけれど、いつも柔らかな光を帯びる瞳を悲しそうに細めていた。笑ったのに悲しそうで、辛そうで、ゼロスの胸がぎゅっとなったのだ。
でもあの時、ゼロスは平気だった。ブレイラはゼロスが雨に打たれるのを嫌がるけれど、ゼロスは本当に平気だった。
大粒の雨がゼロスの顔をしたたかに打ったけれど痛くなかった。どれだけ濡れても寒くなかった。
だってブレイラがしっかり手を繋いでゼロスを離さなかったから。だからどんな嵐でも平気だったのだ。
…………ピチャン、ピチャン。
頭上から雨粒が落ちてきた。枝葉の隙間から水滴が落ちてきたのだ。
「クロード、こっちきて」
「あぅー……、スヤスヤ……」
眠っているクロードが濡れないように側に引き寄せた。
きっとブレイラはクロードが雨に濡れると悲しんでしまう。クロードを抱っこしている時のブレイラは、ゼロスを抱っこしている時と同じ顔をしているから。だからブレイラはクロードも大好きなのだ。
ゼロスはクロードを濡れないようにすると、カバンから哺乳瓶をだして雨水をためておく。クロードは赤ちゃんだからミルクを作ってあげたい。
ゼロスは父上や兄上から教わったことを思い出しながら実践した。雨が降ったら水を確保だ。
用事を終えるとひと安心。ゼロスはクロードの隣に戻ると、濡れないように膝を抱えて小さくなった。
真っ暗な闇夜にザアザアと雨音だけが響いている。
雨がたくさん降っているけれど、大丈夫、きっと迎えにきてくれるから。
だから今もさむくない。だってブレイラも父上も兄上も探してくれているから。必ずゼロスとクロードを見つけてくれるから。
……ポツリッ。
ふと足元で泥が跳ねた。雨粒だ。枝葉の隙間から雨漏りみたいに落ちてくる。
ポツッ、ポツッ……。
跳ねた泥水がゼロスの足元を汚していく。
……どうしてだろう。泥んこになって遊ぶのは大好きなのに、足元の汚れが目についてしまう。
じわりじわりと染みが広がるように、じわりじわりと心が硬くなっていくようだった。
ゼロスは泥の染みから目を逸らす。
「おむかえ、まだかなあ……」
ゼロスはぽつりと呟いた。胸が詰まるような願いをこめて。
こうしてお迎えを待ちながら、ゼロスはうとうとと眠ったのだった。
――――ポツリ、ポツリ、ザアアァァァ……。
「わあ、あめだ~!」
魔界の森で遊んでいたゼロスは突然の雨に驚いた。
雨が降ったので昆虫採集もかけっこ遊びも中止だ。
空を見上げると暗い雨雲が広がっている。雨はやみそうにない。
ゼロスは突然の雨に打たれていたけれど、――――ふわり、ふいに頭上に柔らかな影が覆い被さった。雨は降っているのにゼロスは濡れていない。
「あっ、ブレイラだ!! むかえにきてくれたの!?」
見上げるとブレイラだった。
いつの間にかブレイラが側に立っていた。そう、ゼロスの頭上を覆ったのはブレイラのローブの長い袖だったのだ。
片腕にクロードを抱っこしたブレイラは、もう片方の腕を広げてゼロスを雨から守ってくれている。そしてゼロスを見つめて優しく微笑んだ。
「はい、あなたを迎えにきました。遅くなってごめんなさい」
「だいじょうぶ! あめふっちゃったけど、かけっこしてたの!」
「突然の雨でびっくりしてしまいましたね。寒くありませんか?」
「さむくない!」
元気に答えたゼロスにブレイラが安心したように目を細めた。
「良かった、冷たい雨であなたが凍えてしまったら、どうしようかと思いました。ひとりで冷たい雨に打たれてはいけませんよ?」
「どうして? かぜひいちゃうから?」
「ふふふ。そうですね、風邪を引いてしまいますね。でもそれだけではありません、独りで冷たい雨に打たれていると心が凍えて縮こまってしまうのです。凍えて縮こまった心は、少しずつ硬くなって、脆くなって、やがて壊れてしまうでしょう。だから、独りで冷たい雨に打たれてはいけません」
「そうなんだあ」
そう返事をしつつもゼロスはよく分からなかった。
だって雨はまだザアザア降っているけれど、ブレイラと一緒で楽しいくらい。
腕を伸ばしてみると手の平に雨粒がポツリ。
ほらね、やっぱり寒くない。雨だって冷たくない。冷たい雨なんてゼロスは知らない。
でも次にゼロスはブレイラが心配になってしまう。だってゼロスはブレイラがいるから濡れないけれど、これじゃあブレイラが濡れてしまう。
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