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第二章・四界の神話7

「ブレイラ、やっぱりダメ! これじゃあブレイラがぬれちゃう!」 「ありがとうございます。でも大丈夫ですよ、私は雨に濡れていません。だってほら」  そう言ってブレイラがゆっくりと顔を上げる。  そこには父上と兄上がいた。 「わああっ、ちちうえとあにうえもいる~!」  ゼロスは嬉しくなってぴょんぴょんした。  イスラは苦笑してゼロスの頭にぽんっと手を置いた。  ハウストはブレイラが濡れてしまわないように外套で覆って守ってあげていた。  二人はブレイラを雨から守るように立っている。そうするとブレイラが抱っこしているクロードも守られた。ゼロスも守られた。  父上と兄上は大きくて、強くて、広げた両腕に丸ごと包み込んで守ってくれるのだ。  ゼロスの瞳がキラキラ輝いて、ブレイラと父上と兄上を見上げる。 「やった~っ、これでだいじょうぶだね!! ……んんっ!? ち、ちちうえ!? あにうえ!?」  はしゃいでいたゼロスがギョッと目を丸めた。  父上と兄上の体がみるみる巨大になっていくのだ。 「ええええっ、どうゆうこと!?」  ズモモモモモモモモモモモッ……!!!!  巨大化した体は大樹より大きくなって、山より大きくなって、頭は空を覆っていた雨雲を突き抜けた。  とっても大きくなった二人はひと息で雨雲を吹き飛ばす。あっという間に青空が広がって明るい陽射しが差した。 「すごーい!! おーい、おーい! ちちうえ、あにうえ~!! かっこいい~!!」  最初はびっくりしたゼロスだけど、巨大化した二人に大きく手を振った。  雨上がりの地上はキラキラ輝いて、まるで夢のように綺麗な世界。 「ぼくも、ちちうえとあにうえみたいに、おっきくなるんだあ~!」  ゼロスは空に向かって両手を広げた。  ゼロスの手はまだ小さいけれど、父上や兄上のように大きくなる。そうすれば広げた両腕に丸ごと包み込んで守ってあげるのだ。ブレイラも赤ちゃんのクロードも、夢のようにキラキラ輝く世界も。――――…… 「――――わーい、わ、」  パチリ、ゼロスの目が覚めた。  視界に映ったのは枝葉の隙間から差し込む朝陽。  …………夢、だった。  魔界の森で遊んでいた自分も、ブレイラも父上も兄上も、雨上がりのキラキラ輝く世界も。  そう、ゼロスは昨夜雨宿りしていた大樹の下で眠っていたのだ。  昨夜から降っていた雨はやんだけれど、夜の闇も明けたけれど、地上は夢のようにキラキラ輝いていなかった。目の前に広がるのは、なんの変哲もない森の朝の光景。 「ぅっ……」  ゼロスは唇を噛みしめ、足元の地面をじっと見つめる。  いろんなことを考えてしまいそうになったけれど、なにも考えたくなかった。だから地面だけをじっと見つめた。  だいじょうぶ、もう暗い夜じゃない。雨も降っていない。  ブレイラも父上も兄上も探してくれている。必ず迎えに来てくれる。だからだいじょうぶ。  ゼロスは隣で眠っているクロードが起きるまで、じっと地面を見つめていたのだった。 「きょうは、こっちにいこ!」 「ばぶっ」  ゼロスが夢から覚めて一時間後、クロードをおんぶしてまた歩き出していた。  あれからすぐにクロードが目を覚ました。クロードは朝から気難しい顔で「あー」「うー」とうなっていて、なんだかおかしくなってゼロスは少しだけ元気がでた。  ゼロスは一人ではない、クロードがいるのだ。  ゼロスは歩きながらクロードとおしゃべりする。 「きょうね、ブレイラとちちうえとあにうえのゆめをみたの」 「……あー」 「みんながむかえにきてくれた」 「……うー」 「でもね、ちちうえとあにうえ、おっきくなっちゃって。アハハッ、へんなの~」 「…………うー」 「おかしいよね、アハハハハッ」  ゼロスは巨大化した父上と兄上を思い出して笑ってしまった。  でもふと気付く、クロードの返事に元気がない。 「クロード、どうしたの? ねむい?」 「……むにゃむにゃ……、うー……」  背中のクロードを振り返ると、まだ朝なのに疲れた顔をしていた。  お気に入りのハンカチをむにゃむにゃしゃぶっているのに元気がない。  そんな様子にゼロスは不安になってくる。ずっと外にいるから疲れたのかもしれない。クロードはまだ赤ちゃんなのだ。 「クロード、ミルクつくってあげるね」  ゼロスは木陰にクロードを降ろすと、さっそく哺乳瓶を取り出した。そこには昨夜の雨水が入っている。  カバンからミルクの粉を取り出すとさっそくミルク作りだ。「これくらいかな~」とぶつぶつ呟きながらミルクを作る。粉が解けるようにちゃんと哺乳瓶も振った。  ゼロスはブレイラがクロードをお世話する姿を見ているので覚えているのだ。 「できた~! クロード、ミルクできたよ~。どうぞ」 「あぶっ。……ゴクゴク」  哺乳瓶を受け取ったクロードは夢中で飲んだ。  小さな両手で哺乳瓶を持って空を仰ぐようにして飲む。ゴクゴクが止まらない。やっぱり赤ちゃんはミルクがいいのだ。 「どう、おいしい? じょうずにできたでしょ?」  ゼロスはなんだか嬉しくなって、クロードの前にしゃがんで見守った。 「どんなかんじ?」「ねえ、うれしい?」「もっとのむ?」「ねえねえ、きいてる?」と感想を聞きたくて話しかけるゼロス。クロードはミルクを飲みながらうるさそうに小さな眉間に皺を刻んでいた。  こうしてクロードがミルクを飲むのを見ていたゼロスだが。 「もう、ダメなのに~っ」  プンプンしながら立ち上がった。  そして背後を振り返って睨みつける。 「クロードがミルクのんでるでしょ? わかんないの!?」 「グルルルルルルッ……」  牙を剥いた魔獣がいた。  魔獣は低い体勢でゼロスとクロードを威嚇する。今にも飛び掛かってきそうだが、ゼロスにとっては獰猛な魔獣でも敵ではない。今はクロードのミルクの時間を邪魔する悪いやつ。ミルクを飲んでいる時は静かにしないとクロードがブッとしてしまうのだ。  先ほどはゼロスもうるさく感想を聞きたがったが、そんなことは忘れた。とにかくミルク中は静かにしないとダメなのだ。 「ミルクのときはシーっ! あっちいってて!」  ゼロスは追い払おうとするけれど魔獣は聞いてくれない。それどころか低く呻りながらじりじりと近づいてくる。  ゼロスは魔獣と対峙して剣を出現させた。冥王の剣だ。

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