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第二章・四界の神話8
「これで、えいってしちゃお! ぼくつよいから、ごめんなさいってしても、もうダメだからね!」
ゼロスは剣を構えると魔獣に向かって駆けだした。
魔獣も襲いかかるが、ゼロスは寸前で避けて剣を一閃する。
ズバアアアァァンッ!!
それは一瞬だった。ゼロスはあっという間に接近し、たったひと振りで魔獣を倒したのだ。しかし。
「クロード、もうだいじょ、……ッ、クロード!?」
クロードを振り返って驚愕する。
別の魔獣が猛スピードでクロードに向かって突進している。そう、魔獣は一体ではなかったのだ。
ゼロスはクロードを助けようと攻撃魔法を発動しようとしたが。
「え、ブレイラ……?」
ゼロスの横を一陣の風が通り抜けた。いや、それは風ではない、人だ。
ゼロスは大きな瞳を更に大きくする。だってその人影は……ブレイラ。
――――ズドオオオオオン!!
次の瞬間、魔獣の巨体がゆっくりと倒れた。
人影が細身の剣を抜刀したと同時に魔獣を切り伏せたのだ。
ゼロスはごくりと息を飲む。
一瞬ブレイラだと思った。その人はとてもブレイラに似ているから。
でもよく見るとブレイラじゃない。面差しも雰囲気も少しだけ違う。なによりブレイラは剣を握れない。戦ったことがないブレイラが魔獣を抜刀で切り伏せるなんて不可能だ。
でもとてもブレイラに似ていてゼロスは混乱してしまう。
まだ警戒を解いてはダメなのに、ブレイラじゃないと頭では分かっているのに、張り詰めていた心が緩んで、鼻がツンとして、視界がじわじわと滲んでいく。だって、ずっと会いたかったのだ。ブレイラに会いたかったのだ。
「う、うぅ、うわああああああん!! ブレイラ~!! でもブレイラじゃない~!! うえええええええん!! クロード~、あぶないからこっちおいで~!!」
ゼロスは大きな声で泣いた。張り詰めていた糸が切れてがまんできなかったのだ。
でもブレイラじゃないと分かっているから、クロードのところに駆け寄った。このブレイラじゃない人は敵か味方か分からない。だからクロードを守ってあげないといけない。
「うわああああんっ、ブレイラじゃないひとがいる~!! だれなの!? どこのひと!? ブレイラのにせものなの!? うわあああああん!!」
「え、ええっ?」
ブレイラに似た剣士は動揺した。
せっかく子どもを助けたのに大声で泣かれてしまった。しかもにせもの呼ばわりである。
「な、泣かないでください。それに私はレオノーラと申します。ブレイラという方ではありませんっ……」
「うええええんっ。やっぱりブレイラじゃない~っ!」
「だからそう言ってるじゃないですか……」
レオノーラは困ったようなため息をついた。
そして細身の剣をくるりと巧みに操って鞘に戻す。一つ一つの洗練された剣技に鍛錬を積んだ剣士だと知れる。
それを見てゼロスは嗚咽を噛み締めた。
やっぱりブレイラじゃないのだ。ブレイラは剣をくるくるすることなんて出来ない。もしブレイラが剣をくるくるしようとしたら危なすぎて父上と兄上が大騒ぎだ。
ゼロスは涙を拭うとレオノーラを見上げた。とてもよく似ているけれど、やっぱりブレイラじゃない。
「う、うぅ、……レオノーラっていうんだね。クロードをたすけてくれてどうもありがとう」
「いいえ。それよりあなた方はどうしてここにいるんですか? 親は?」
「ぼくたち、おしろにいたのにとばされちゃったの。おうちにかえりたいんだけど、わからなくなっちゃって……。はやくかえらないと、ブレイラがしんぱいしてる。ブレイラはぼくとクロードがだいすきだから」
「…………」
レオノーラは困惑した。説明されたがよく分からなかった。
とりあえず解読するに、親は一緒でないということは分かった。親とはぐれて迷子なのかもしれないが、赤ん坊までいるのにそんなことがあるだろうか。
レオノーラはそこまで考えてため息をつく。
この子たちは迷子ではない、……きっと捨て子だ。
この子どもたちは親元に帰るつもりのようだが帰れる可能性は低いだろう。可哀想だが、子どもが捨てられることなど珍しいことではない。
以前レオノーラは迷子の子どもを保護したことがある。親を探して親元に返したが、迎えた両親はひどく迷惑そうな顔をしていた。そう、両親はわざと子どもを森に置き去りにしたのだ。貧しさから子どもを育てることができなくなったのだろう。数日後、レオノーラが近くの森に立ち寄ると子どもが木陰でひっそりと死んでいた。レオノーラが立ち去った後にまた森に置き去りにされたのである。子どもは帰る家などないのに、帰りたくて動けなくなるまで森をさまよい、最後はここで力尽きてしまったのだ。レオノーラにできることは子どもの遺体を埋めて手を合わせることくらいだった。
そう、レオノーラは子どもの両親を責めることはできなかった。
この悲しい不幸はその子どもだけに起こったのではない。世界には貧しい人々が数えきれないほどいて、大人でさえ今日の糧を得るのに精一杯な人がほとんどだ。
長引く四界大戦と天災で多くの人々が飢えている。売られる子どもも珍しくなく、町や村の路地裏には病的に痩せた人々が身を寄せ合うようにして暮らしていた。なかには誰も見向きもされずに野垂れ死んだものもいる。
皮肉なものである。豊かになるために、それを守るために戦わなくてはならない。でも戦うと貧しさと不幸が広がっていく。弱者と貧しい子どもにとってこの世界は地獄だ。
しかしそれでも世界の覇権を握るために大戦は続く。豊かさを得るために、豊かさを守るために戦うことを止められなかった。
「ねえねえ、おしろしらない? ぼくとクロードのおうちなんだけど」
「知りません」
「そっかあ……」
「…………」
レオノーラはなにも言えなくなる。
この捨てられた子どもは自分が捨てられた事実を知らないのだ。
レオノーラは同情した。このまま子どもだけで森をさまよって生きていけるはずはない。残念だが、この子どもたちは親元に帰ることはできないだろう。
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