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第二章・四界の神話9

「あなた方の家は知りませんが、このまま放置することもできません。ついてきなさい、食事と寝床のある場所へ連れていきます」 「ぼくたち、ブレイラをさがしてるんだけど……」 「…………。このまま森にいるつもりですか? 赤ん坊はだいぶ疲れているようですが」 「そうだけど……。ブレイラさがしたいのに……」 「……」  レオノーラは微かに表情を歪めた。  捨てられたことを知らないまま親を探そうとする姿に胸が痛くなった。  でもレオノーラはあの子どもを埋葬して以来、子どもを保護しても親を探すことはやめている。 「一緒に来なさい。あなたも赤ん坊も、このまま森をさまよっていると死にますよ」 「……うーん、わかった」  ゼロスは渋々ながらも納得した。  もっとブレイラを探したいけど、このまま森にいるとクロードは元気をなくしてしまうかもしれない。  さっきはミルクで元気をだしてくれたけれど、ずっと外を歩いていると赤ちゃんは疲れてしまうのだろう。  ゼロスは抱っこ紐でクロードをおんぶし、カバンを肩に斜めにかけた。これで準備万端だ。 「いいよ、どこいくの?」 「こちらです」  こうしてゼロスとクロードはレオノーラに連れられて森の小道を歩きだした。  ゼロスは歩きながら隣のレオノーラをちらちら見上げる。  見れば見るほどブレイラにそっくりだ。ブレイラではないけれど、そっくりな顔を見ていると少しだけ嬉しくなる。 「ぼくね、ゼロスっていうの。こっちのあかちゃんはクロード、ぼくのおとうと」 「そうですか、ゼロスとクロードというのですね。覚えておきます」 「ブレイラと~、ちちうえと~、あにうえと~、ぼくと~、クロードと~、ごにん!」  ゼロスが嬉しそうに五本指を広げてみせる。クロードが来たばかりの頃は四人がいいと思っていたけれど、最近では五人でもいいかなって思っている。五人でいるのも楽しいと思えるようになってきたのだ。  レオノーラの返事は淡々としているが、ゼロスは構わずにしゃべり続ける。 「ぼくね、ブレイラだいすきなの。ブレイラもぼくのことだいすきだから、おっきくなったらけっこんするんだあ」 「そうですか」 「うん、そうだよ。ぼくのちちうえ、まおうしてるの。おこるとこわいけど、すっごくつよい」 「えっ、魔王? デルバート様が父上ってっ……」  突然の『魔王』という名称にレオノーラは驚いた。  意味が分からない。どうしてこの子どもが『魔王』などと口にするのか。しかも『父上』と……。 「……ま、まさか、デルバート様の隠し子なんじゃ……」  レオノーラは震える声で呟いた。  あまりの衝撃に動揺を隠せない。魔王デルバートに隠し子がいるなんて聞いたこともないし、魔族に囚われて捕虜をしていた時も子どもらしき存在を感じることはなかった。でもこの子どもはたしかに魔王を父上と呼んでいる。  だが。 「ぼくのあにうえ、ゆうしゃしてるの。おけいこのときはこわいけど、いっしょにあそんでくれる」 「…………」  続いた内容に緊張を解いた。  勇者イスラに弟がいないことは従者のレオノーラが一番よく知っている。これは子どもの戯言だ。きっと妄想して遊んでいるのだろう。そうと分かれば淡々と付き合うだけだ。 「クロードはつぎのまおうになるんだって。でもおこりんぼうで、ミルクのときはしずかにしないとブッてするの。きをつけて」 「そうですか」 「ぼくはステキなめいおうさま。まかいのおしろで、おべんきょうもおけいこもがんばってるの。すごいでしょ」 「……めいおう?」 「そう、めいおうさま! ぼく、めいかいのめいおうさまだから」  初めて聞いた言葉にレオノーラは首を傾げた。 『めいかい』や『めいおう』など聞いたことがない。これも子どもの戯言だろう。 「そうですか、覚えておきます」 「うん、おぼえてて!」  ゼロスは楽しそうに頷いた。  大好きな家族のことをおしゃべりできて嬉しいのだ。  こうしてレオノーラに連れられてゼロスとクロードは森を抜けた。空が夕焼けに染まる頃、川沿いに丘を降りた先に小さな村が見えてきた。  木の柵と田園に囲まれた小さな村である。  レオノーラが村に入っていく。クロードをおんぶしたゼロスもそれに続いた。  ゼロスは初めての村にきょろきょろした。  粗末な服を着た村人たちも見慣れないゼロスとクロードをちらちら見ている。なかには険しい顔や迷惑そうな顔になっている者もいたが、ゼロスは気付かずに初めての村にワクワクした。  ゼロスは村の中に動物を見つけるとクロードに教えてあげる。 「みて、クロード。あそこにうしさんがいる。あっちはニワトリさん、コケコッコーてなくんだよ?」 「…………。…………こっ」 「え、なに? こっ、ていったの? もしかして、ニワトリさんのまね? ねえねえ、ニワトリさんのまねした?」  しつこく聞き返すゼロス。もちろん悪気はない。  しかしクロードが「うー」と低くうなった。プライドが傷ついたのだ。 「もう、またおこってる。クロードはおこりんぼうなんだから~」  突然怒りだしたクロードにゼロスは首を傾げながらも村の見学をした。  村は自給自足をしているようで、村の周囲には田畑が広がり、村の中では牛や鳥が飼育されていたのだ。  村の奥にある小屋のような家までくるとレオノーラが戸を叩いた。 「こんにちは、フレーベさん。レオノーラです」 「…………いらっしゃい。レオノーラさん」  戸を開けたのは中年の女性だった。後ろからは女性の夫らしき男性も出てくる。フレーベ夫妻だ。  夫妻はレオノーラの姿にうんざりした顔をしていた。そして後ろにいるゼロスとクロードをじろりと見るとため息をつく。 「まったく、あんたが来ると碌なことがない」 「すみません、この前お世話になったばかりなのに」 「ほんとだよ。前の子がようやく貰われていったと思ったら……。次はその子たちかい?」  フレーベ夫人がゼロスとクロードを見る。  じろじろ見られてゼロスは緊張した。まるで品定めするようなそれに、とても嫌な印象を受けたのだ。それも当然で、今までゼロスはそんな目を向けられたことがない。 「よろしくお願いします。なるべく早く里親を探すので、少しの間この二人をここに置いてあげてください」 「こんな小さな子どもじゃ働き手にもならないよ。しかも赤ん坊まで連れて……。私たちだって食べるのに精一杯だっていうのに」 「良かったら、これ少ないですが受け取ってください。いつも感謝しています」  そう言ってレオノーラは硬貨が入った袋を渡した。  フレーベ夫人は袋を受け取って重さを確かめる。  すると先ほどまでうんざりしていた顔が満面笑顔になった。

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