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第二章・四界の神話11
「初代精霊王様は女性なんですよね。どんな御方でしたか?」
当代精霊王フェルベオは輝くような美青年です。やはり初代精霊王リースベットも輝くような美女なのでしょうか。
しかし私の質問にハウストはなんともいえない複雑な顔になりました。
「……フェルベオの祖先らしい女だった」
「どういう意味です?」
「そのままの意味だ」
ハウストはそう言うと初代精霊王リースベットと遭遇した時のことを話してくれます。
それは初代魔王デルバートと戦闘中のこと。――――
◆◆◆◆◆◆
イスラがブレイラを連れて立ち去り、ハウストはデルバートと対峙した。
付き添い役のジェノキスが呆れた顔をしている。
「魔王様、こっち来たばかりなんだからあんまり無茶すんなよ? ブレイラに心配かけんな」
「黙っていろ」
「心配してんのに睨むなよ。付き合ってやってるのは俺だろ」
「知るか」
ハウストはジェノキスの不満など無視してデルバートを見据えた。ジェノキスのことも気に入らないが今は目の前の男を倒すことを最優先だ。相手は自分の祖先だが譲れないものもある。いや、祖先だからこそ殺さないまでも潰しておきたい。
ハウストとて気付いていた。不思議なもので、祖先なだけあって自分と面影が重なる部分がある。おそらくデルバート自身も内心気付いているだろう。
似ているということは、それはブレイラの好みの顔だということ。
顔だけに惚れられているとは思っていないが、ブレイラの気を引く可能性があるなら潰しておきたい。男心である。
そんなハウストの戦う理由にデルバートが口元だけで笑う。
「あれは『ブレイラ』というのか。覚えておく」
「無用だろ。今すぐ忘れるのだからな!」
ドドドドドドッ!!!! ハウストが答えたのと同時に魔法陣を発動させた。
戦場のど真ん中で爆炎と土埃が舞い上がる。連続で放たれる攻撃魔法に大地は抉れ、衝撃波に空気が震撼する。
強烈な攻撃魔法の応酬に誰も近づくことができない。そう、たった一人を除いては。
「――――つれないではないか。この戦場にはわれもいるというのに」
声がしたかと思うと、更なる強烈な魔法陣が発動した。
それは爆炎を吹き飛ばし、ハウストとデルバートの力を相殺させる。
舞い上がった土埃が晴れると、そこには大人びた銀髪の美女が立っていた。
美女はデルバートに不満そうに話しかける。
「デルバート、久しぶりに相まみえたというのにわれ以外に夢中とはどういうつもりじゃ。……と文句の一つも言いたいが」
そこで言葉を切ると美女がハウストとジェノキスにニコリと笑いかける。
「この『客人』なら仕方ない。お初にお目にかかる、われは精霊王リースベット。よろしくたのむ」
美女は初代精霊王リースベットと名乗った。
リースベットは気付いているのだ。この世界にとってハウストとジェノキスが『客人』だということを。彼女はにこやかな笑みを浮かべながらも、その瞳は真意を見抜くような鋭いものだった。
「お前が精霊王か」
「そなたは魔王のようだが、ここにいる魔王とは違うようじゃ。そしてそちらは」
「お初にお目にかかります、精霊王リースベット様。ジェノキスと申します、お会いできて光栄の極み」
ジェノキスが敬意の礼をした。
精霊族のジェノキスにとって初代精霊王リースベットは始祖のような存在である。彼女が精霊界の礎を造ったのだから。
「リースベットでよい」
「有りがたき御言葉。しかしながら畏れ多いこと、リースベット様と呼ぶことをお許しください」
「結構律儀じゃな。許す、好きに呼べ」
リースベットはそう言うと、「さて」とデルバートと向き合った。
まるでハウストやジェノキスと並んでデルバートと対峙するような立ち位置である。しかも腰に手を当てて好戦的に笑う。そして。
「さあ、われも力を貸そう! 共に殺そうではないか、この男を!!」
初代魔王へ宣戦布告した。
そう、今は魔族対精霊族で交戦中である。戦場で魔王と精霊王が出会えば、始まるのは殺し合いのみ。
さすがにこれにはハウストも驚いた。まさか初代精霊王の初代魔王抹殺に付き合わされるとは思わなかったのだ。
元々ハウストもデルバートと一戦交える気でいたが、さすがに軽率に殺せる相手ではない。デルバートはハウストの祖先で魔界の礎を造った男なのだから。
ハウストは面倒くさそうな顔でリースベットを見る。
「本気か?」
「当然じゃ! われは常に戦場では本気ぞ!」
リースベットは大人びた美貌からは想像できない過激な性格のようだ。
内心呆気に取られるハウストとジェノキスだが、リースベットの纏う殺気は本気のものだと気付いていた。
デルバートが舌打ちする。
「精霊王ともあろう者が、どことも知れん男たちの手を借りるか」
「魔王を殺せるなら、そんなことは些末なことぞ。今こそ四界大戦の一角である魔族を滅ぼし、長年の争いを終結させる布石とする!」
リースベットはきっぱりと言い切った。
過激な彼女はここで魔王を殺し、一気に魔族を滅ぼしてしまうつもりなのだ。
リースベットは手中に魔力を集中させる。
高まる闘気に緊張が走ったが、ふと冷静な声。
「リースベット様、そこまでです。ここであなたや魔王、そこにいる謎の男が本気で戦えば周囲一帯は壊滅します。そうなれば魔族だけでなくここにいる精霊族も甚大な被害を受けますよ」
割って入った男の声にリースベットの眉間に皺が刻まれる。
リースベットはつまらなさそうに声の主を振り返った。
「……マルニクス、今の状況が分からないのか。魔王デルバートを殺すこれ以上の機会はないぞ」
男はマルニクスという名だった。
リースベットとは親しい間柄のようである。
見るからに冷静そうなマルニクスは淡々と返す。
「絶好の機会とお見受けしていますが、最悪の状況にもなり得ると予想できます」
「防壁を張ればよい」
「張ったところで無駄なのはお分かりでしょう」
「…………」
黙り込んだリースベット。
言い包められたリースベットは不満そうな顔をするが、マルニクスは淡々とした様子でデルバートに交渉する。
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