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第二章・四界の神話12
「魔王デルバート様、この戦線の一時休戦を申し入れます。いかがでしょう」
「分かった、受け入れよう」
デルバートはあっさり受け入れると、何事もなかったかのように立ち去った。
しかし去り際にハウストとジェノキスをちらりと一瞥する。デルバートも二人が『客人』だということに気付いていたのだ。
こうしてデルバートが立ち去り、間もなくして魔王の軍勢が引き始めた。一時的な休戦状態になったのである。
「面白くないぞ、マルニクス」
「ご辛抱を。ここで精霊族の兵士を無駄死にさせてはあなた様の名折れとなります。では、私は軍の指揮に戻りますので」
そう言うとマルニクスは軍の休戦指揮を取るために戻っていった。
リースベットはそれを見送り、ジェノキスに目を向ける。
「おい、ジェノキスといったな。マルニクスの前では、その首からぶら下げている物は隠しておけ」
「これですか?」
「ああ、それはわれがあいつに側近の証として贈ったもの。この時代に同じ物が二つあっては奇妙だろう」
「っ、……」
ジェノキスは立ち去ったマルニクスを振り返った。
それはイスター家の家紋が刻まれた古い金細工のペンダント。代々当主に継承されてきたものである。
「あのマルニクスが俺の……」
ジェノキスの反応にリースベットがニヤリと笑う。確信を深めたのだ。
そんな彼女にハウストは感心する。
「理解が早いな」
「妙な転移魔法陣の力を感じていた。それと同じくして、こうして目の前に王と類似する力を持つ者が現われたのじゃ、疑う気持ちも確信に変わっていく。しかも、自分が贈ったはずの物を得体のしれない男が身に着けていたわけじゃからな」
リースベットはそう言うと改めてハウストとジェノキスを見た。
そして両腕を広げて優雅に歓迎の意を示す。
「ようこそ、この世界へ。歓迎しよう。どこから参ったのじゃ?」
「十万年後からだ」
「そうか、遠路はるばるご苦労なことじゃ。それで何しにこの時代へ参った? 場合によっては歓迎を取り消すことになるが」
「ここに干渉するのは本意じゃない。子どもを二人探しに来た」
「おや、子どもを?」
「ああ、俺の息子だ。時空転移魔法陣でこの世界に飛ばされて行方不明になった。どうしても見つけだしたい」
「なるほど、そういうことか。それにしても時空転移魔法陣とは……。この時代でも多くの魔法陣が生み出されているが、十万年後にはなかなか面白い転移があるものじゃ」
リースベットは楽しそうに言った。
だがそれをハウストとジェノキスは内心意外に思う。時空転移魔法陣は禁書に残されていた魔法陣なのだ。その為、二人は古代の魔法陣だと思っていたのである。どうやら時空転移魔法陣はまだ生み出されていないようだ。
こうしてハウストとジェノキスは初代精霊王リースベットと出会った。
その後、ハウストはこの時代の地図を受け取ってゼロスとクロードを探すためにブレイラ達のところに戻り、ジェノキスはしばらくリースベットとともに行動を共にすることに決めたのだった。
◆◆◆◆◆◆
「なるほど、たしかに過激な方なんですね」
「俺たちの時代の精霊王に通じるものがあるな……」
イスラも複雑な顔で同意しました。
やはりフェルベオの祖先ということなのでしょうね。
「それにしても驚きました。まさか初代四界の王のうち三人に会えるなんて。彼らは私たちが十万年後から来たことを知っているんですよね?」
「この世界で気付いているのは、おそらくこの時代の四界の王や、それに匹敵する強い魔力を持った者だけだろう。このまま可能な限り伏せておいた方がいい」
「そうですね、私たちの目的はゼロスとクロードを見つけだすこと。不用意に私たちのことが知られれば余計なトラブルを招いてしまい兼ねませんからね」
まだ初代勇者には出会っていませんが、おそらく彼も私たちの存在に気付いているのでしょう。やはりこの時代でも四界の王は特別に強大な力を持っているのですね。
こうして私たちは頂いた地図を見ながら現状確認をします。
「俺たちは今、魔界の南都にいるようだな……」
ハウストが十万年後の魔界の地形を思い出しながら現在地を予想しました。
四界大戦中なので、この初代の時代では魔界ではないのかもしれません。ましてや南都と呼ばれる場所でもないでしょう。
でもどうやら私たちは、私たちの時代でいう魔界の南都にいるようでした。
「ならばこちらの方角が北ですね。……世界を区切る四界の王の結界がないので不思議な気分です」
「ああ。初代の時代に結界が張られたと記録されていたが、まだ結界は張ってないようだ」
世界を四つに区切る強力な結界。それは有史より存在したもので、私たちにとって当たり前のものでした。
「ハウスト、これを見ろ。俺たちの時代にはない島があるぞ」
ふとイスラが地図を見ていて気付きました。
それは初めて目にする孤島でした。海にぽっかりと浮かんだ島は、もし私たちの時代にあれば第三国と呼ばれる島になっていたことでしょう。地理的にどこの世界にも属さない場所にありました。
「こんなところに島があったんですね。禁書に一夜にして沈んだ島があったと書かれていました。もしかして、この島のことでしょうか」
「さあな。十万年もあれば沈んだ島の一つや二つあるだろ。逆に海底火山の噴火で島ができることもある」
「たしかにそうですね」
おもえば私たちの時代の冥界も創世期なので地形の変動が激しく、久しぶりに立ち入ると景色ががらりと変わっていたりします。
こうして私たちは地図を見ながら今後の捜索計画を話し合いました。
とりあえず近隣の村を情報収集しながら一つ一つ訪ね歩くことにします。この広い世界でたった二人の子どもを訪ね歩いて探すのは無謀な方法かもしれません。でも僅かでも可能性があるならそれに縋りたいのです。
「そろそろ休みましょう」
今夜は早々に休むことにしました。
夜明けとともにここを出発し、まず一つ目の村に向かうのです。
そしてしっかり休みたい理由はもう一つ。
「ハウスト、イスラ、私も火の番に入れてください」
私は火の番を申し出ました。今夜ハウストとイスラは交替で火の番をするつもりでしょう。二人は私には何も言わず、当然のようにその役目をしようとしてくれるのです。
「ブレイラ、お前はいいから寝ていろ。明日は長い距離を歩くぞ」
「そうだ。そんなこと気にしなくていい」
ハウストの言葉にイスラも同意します。
ありがとうございます。でも甘えるつもりはありません。
「それはハウストとイスラも一緒です。それに今夜は少しでも長く休んでほしいんです。二人とも、時空転移魔法陣を発動してから一度もゆっくり休んでないじゃないですか」
私も火の番に加われば二人は少しでも長く眠ることができます。
だから、今夜はどうしても私も火の番に加わりたいのです。一晩中でも請け負いたいくらい。
「私では頼りないかもしれませんが、なにかあればすぐに二人を起こします。だからお願いします」
私は強くお願いしました。
足手纏いだと分かっているからせめてものお願いです。
必死のお願いにハウストが渋々と折れてくれます。
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