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第三章・冷たい雨が降る1
◆◆◆◆◆◆
ゼロスとクロードがフレーベ夫妻に預けられて三日が経過した。
二人にとって村での生活は初めての連続だった。
今だってそうである。
「こっちだよ~。おいしいごはん、こっちだよ~」
コケーコッコッコッコッ! コケー!
ニワトリの甲高い鳴き声が響く中、ゼロスは餌を撒いていた。
柵で仕切られた庭ではニワトリが十羽ほど飼育されており、餌やりはゼロスの仕事である。他にも牛の餌やりと畑の雑草むしりがゼロスの毎日の仕事だ。
早起きは苦手だけど、ニワトリはとても早起きなのでがんばった。餌をあげなければゼロスとクロードのいる物置小屋がニワトリに取り囲まれて催促されるのだ。
初日は寝坊してしまい、物置小屋を取り囲んだニワトリの大合唱で起こされたのである。しかも戸を開けた瞬間にニワトリの大群が雪崩れ込んできて、ゼロスとクロードは大パニックだ。
『あああああっ! ニワトリさんがおそってきた~!』
『ば、ばぶー!!』
『コラーッ、はいってきちゃダメでしょ! ごはんあげるから、しずかにまってなさい!』
『あぶっ!? あーうー! うー!』
『ク、クロード!?』
気が付くとクロードがニワトリに取り囲まれて威嚇されていた。
しかもクロードも売られたケンカは買ったようで、『うーっ』と低くうなって威嚇返しをしている。
ゼロスは慌てて仲裁に入ったが。
『ダメっ、クロードはあかちゃんでしょ、なにしてんの!!』
『あぶーっ!!』
『あああっ! ぼくかんけいないのに~!』
巻き込まれるゼロス。間に入ったゼロスにニワトリが飛び掛かってきたのだ。
『もうおこった! ぼく、コラーッてするからね! コラーッ!!』
『あうー、あー、あぶぶっ、あー!』
コケーッコケーッ! コケーッコケーッ!
物置小屋にゼロスの怒った声とクロードの小言、そしてニワトリの甲高い鳴き声が響いた。ゼロスとクロードとニワトリの三つ巴の戦いが始まったが、もちろん冥王ゼロスが勝利した。このように初日はカオスであったのだ……。
こうして強制的に起こされるため、ゼロスとクロードは早起きせざるを得ないのである。
「こっちのニワトリさんもどうぞ。あ、ちがうちがうっ、おすなたべちゃダメでしょ? ごはんこっち!」
ゼロスは餌と間違えて砂を突っついていたニワトリに餌を食べさせてあげた。
餌を撒きながら何気なくクロードを振り返る。ゼロスがお仕事の時、クロードは目の届くところでミルクを飲んだりお昼寝したりしているのだ。
「クロード、ミルクのんでる? あっ、またケンカしてる」
クロードは餌を食べ終わったニワトリたちに取り囲まれていた。
普通の赤ちゃんなら泣いてしまうところだが、そこは次代の魔王クロード、ニワトリに囲まれたくらいで泣いてしまうことはない。それどころか説教するような口調で小言らしきものをしゃべっている。
「あうー、あー、あー、あぶぅ、あー」
コ、コケー、コッコッ……。
ひたすら不機嫌におしゃべりする赤ちゃんに、取り囲むニワトリたちも心なしか引いていた。
「まったく、クロードはおこりんぼうなんだから」
ゼロスは呆れながらも餌撒きを終えると、クロードを抱っこ紐でおんぶしてあげる。
ニワトリの次は牛に餌をあげて、最後に畑の雑草抜きをしなければならない。
これがゼロスの一日の仕事で、仕事が終わってから森にブレイラを探しに行くのだ。ほんとうは朝からずっとブレイラを探していたいけれど、仕事をしなければ食事を用意してもらえないのである。食事だけならゼロスも森で狩猟ができるが、クロードはまだ赤ちゃんなので寝床がほしかった。
ゼロスはクロードをおんぶして牛の世話と雑草抜きを終えると、ブレイラを探すために森に入る。今日こそブレイラを見つけるのだ。
「ブレイラどこかなあ~」
「あぶぅ」
背中のクロードもきょろきょろする。
二人で探せば必ずブレイラを見つけられるはずだ。
しかしあっという間に陽が傾いて森は薄暗くなった。残念だが今日の捜索はここまでにしなくてはならない。
ゼロスは暗くなる前に村の物置小屋に戻ると、食事をもらうためにフレーベ夫妻の家をノックした。
「おーい、ごはんちょーだい!」
「テーブルに置いてあるだろ。勝手にもってきな」
フレーベ夫人がおざなりに言った。
しかしゼロスは気にすることなく、「わかった」と二人分の食事を物置小屋に運ぶ。食事は家で用意されるが一緒に食卓を囲むことはない。最初は不思議だった。一緒の場所に住んでいるなら一緒に食事をするのだと思っていた。
だから初日はクロードも連れてきて、フレーベ夫妻と同じ食卓につこうとしたのである。でもフレーベ夫妻は呆れた顔になって、疎ましげにゼロスに言ったのだ。
『どうして厄介者の顔を見ながら食事をしなきゃならないんだい。あんたらは預かってるだけなんだから、あっちの小屋で食べな』
……追い出されてしまった。どうやら一緒に食事をしてはダメだったようだ。
初めて食卓を追い出された時、ゼロスはびっくりした。
だってお城では父上とブレイラと兄上とクロード、みんなで食卓を囲むのが当たり前だったからだ。
みんなで囲む食卓は賑やかで楽しかった。ゼロスが『おいしいね』とたくさん食べると、ブレイラは『おいしいですね』と微笑んでくれる。ほっぺにソースをつけると、ブレイラが『ゼロスのソースは元気ですね』と困ったように言いながらも、ハンカチで優しく拭いてくれた。
クロードもちゅっちゅっとおいしそうにミルクを飲んだり、ブレイラに赤ちゃん用の料理を食べさせてもらっていた。『あー、うー』と小言らしきことを言いながらもなんだか楽しそうだった。
父上や兄上もお話ししていて、ゼロスはそれに混ざりたくて『それでそれで?』とよく無理やり割り込んでいた。
ゼロスにとって食卓はみんなで楽しく食べるのが当たり前だったのだ。
でも今はクロードと二人きり。今夜も二人きり。クロードがいるからだいじょうぶ。クロードもゼロスがいるからだいじょうぶ。
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