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第三章・冷たい雨が降る2
「クロード、ごはんだよ~」
物置小屋に戻るとクロードが待っていた。
お気に入りのハンカチをむにゃむにゃしていたクロードがハイハイで近づいてくる。ゼロスが持ってきた食事に嬉しそうだ。
「こんやはパンとスープだって。いっしょにたべよ?」
「あいっ」
「スープ、のみやすくしてあげるね」
ゼロスは哺乳瓶にスープをいれてあげた。
ぴちゃぴちゃの薄いスープなので哺乳瓶でも上手に飲めるのだ。しかもスープの具材は小指の先より小さな野菜なので、ひと口でモグモグ食べてしまった。
それはひどく質素な食事である。でもゼロスは慣れた。この食事しかないということを知っているのだ。
ここにきて初日、初めての食事を見た時はびっくりしたものである。だって豆と木の実とぴちゃぴちゃのスープだけだったのだから。だから最初はいじわるされたのかと思った。フレーベ夫妻がゼロスとクロードを追いだそうとしていじわるしたのだと。
でもそうじゃなかった。窓から家の中を覗くとフレーベ夫妻も同じものを食べていたのだ。それはこの家だけじゃない、他の家もこっそり覗くとどこの家も質素な食事をしていた。ゼロスがお城で食べていたような料理を食べている家はなかったのだ。
「あしたも、もりにいこうね」
「あいっ。あうー、あー」
「ブレイラのおむかえ、たのしみだね」
「あー、あぶぅ、あー」
二人はおしゃべりしながら食事した。
ゼロスはちょこんと正座し、クロードも上手にお座りしている。二人の前にはパンと薄いぴちゃぴちゃスープ。
二人きりの食事は静かだけど、お城で食事していた時みたいにおしゃべりもする。そうするとちょっと楽しくなるのだ。
でもふと気付く、クロードがパンをじーっと見つめている。お口に運ぶけれど、ちゅっちゅっとしゃぶるだけで上手にモグモグすることができない。
「パン、かたいの?」
「あいっ」
「まってて。やわらかいのもらってくる」
ゼロスはクロードからパンを受け取ると、フレーベ夫妻の家に行った。
戸をノックすると中からフレーベ夫人が出てきてくれる。フレーベ夫人はゼロスを見下ろすと面倒くさそうな顔をした。
「なんのようだい」
「このパンかたいから、やわらかいのととりかえっこして」
「……やわらかいパンだって?」
「うん。クロードはあかちゃんだから、かたいパンはたべられないの」
そう言ってゼロスは硬いパンをフレーベ夫人に渡した。
フレーベ夫人はそれを受け取ると大きなため息をつく。わざと聞かせるようなため息である。
ゼロスはそれにムッとしてしまう。なんだか嫌な気持ちになったのだ。
「ねえ、きいてる? あかちゃんはかたいのたべられないって、いってるでしょ!」
「……やわらかいパン? バカいうんじゃないよっ。あんたらがどこの良家の子どもだったか知らないけど、やわらかいパンなんて今まで一度も食べたことないよ!」
フレーベ夫人は声を荒げるとゼロスにパンを突き返した。
突然のことにゼロスはパンを落としてしまう。
「わああっ、なにするの! ダメでしょ!」
ゼロスは慌ててパンを拾うとフレーベ夫人に言い返した。食べ物を粗末に扱ってはダメなのだ。ブレイラが言っていた。
しかしフレーベ夫人はゼロスを睨んで苛立ちをぶつける。
「まったく可愛げのないガキだね! 毎日森に親を探しに行ってるようだけど、いつまでそんな無駄なことしてるんだ! あんたらは捨てられたんだよ!」
「ぅっ……!」
叩きつけられた言葉にゼロスの心臓がグッと縮こまった。まるでナイフに刺されたように痛かった。
でも小さな拳を握りしめる。
「ちがうっ! ちがうちがうちがう!!」
「それならどうして誰もあんたらを迎えに来ないんだ!」
「どうしてそんなこというの! ちがうっ、ちがう!! ブレイラはぼくとクロードをさがしてる!! ブレイラはぼくとクロードがだいすきだもん!! ちちうえとあにうえも、ぼくとクロードがだいすきだもん!!」
「癪に障るったらないよ! いい加減に諦めな!!」
「やだ! ブレイラのおむかえくるの!!」
ゼロスはそう言い返すと、硬いパンを握りしめて物置小屋に駆けこんだ。
バタンッ! 戸を閉める。
膝から崩れ落ちてしまいそうだった。でも。
「あう?」
ちょこんとお座りしたクロードがゼロスを見上げていた。
その瞳にハッとする。クロードはゼロスがやわらかいパンを持ってくるのを待っていたのだ。
「…………。……ごめんね、やわらかいのないんだって」
「あうー……」
「パンも……おとしちゃったの。おみずであらってくるね」
「あいっ」
クロードがこくりと頷いた。
クロードは赤ちゃんだから、なにも知らない。だから、だからゼロスが守ってあげないといけない。
ゼロスは井戸に向かった。
井戸水で硬いパンをジャブジャブ洗う。地面に落ちたけれど洗えばだいじょうぶ。
こうしてゼロスがパンを洗っていると、背後からじーっと見つめる視線を感じた。
振り向くとクロードと目が合う。開いていた物置小屋の戸からちょこんと顔を覗かせ、ゼロスをじーっと見ていたのだ。
相変わらず無愛想だけどゼロスをじーっと見ている。
………………。
…………どうしてだろう、たったそれだけなのに、ふっと強張りが緩む。ゼロスの硬くなっていた気持ちが少しだけ綻ぶ。
「クロード、なにしてんの? へんなの~」
ゼロスがからかうとクロードがムッとした顔になる。
怒った顔になったクロードにゼロスは笑った。
「アハハッ、クロードのおこりんぼう」
「あぶっ、あー!」
「パンあらったから、いっしょにたべよ? あらったら、すこしだけやわらかくなったの」
「あいっ」
ゼロスとクロードは一緒に物置小屋に戻った。
二人きりの食事の再開である。
硬いパンは水でふやけて少しだけ柔らかくなっていた。これならクロードもちゅっちゅっとしながらモグモグできる。だけど。
「…………おいしくないね」
「あう~……」
水でふやけたパンはおいしくなかった。
二人は顔を見合わせる。
二人でぴちゃぴちゃのスープを飲んで、水を吸ったパンをモグモグ食べた。
おいしくなかったけれど、それでも二人は残さず食べてごちそうさまをした。
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