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第三章・冷たい雨が降る4
『ブレイラにはこれ! きれいでしょ? ブレイラみたいだったから、これがいいとおもったの』
私へのお土産は白い花びらでした。
遊んでいる時も私のことを思ってくれたのですね。
『ありがとうございます。綺麗な花びらですね、大切にします』
礼を言って受け取ると、抱っこしていたクロードが私の手に手を伸ばします。
私の手を小さな両手が掴んで、『あぶ、あー』と訴えるクロード。見せろと言うのですね。
そんな様子にゼロスが慌てました。
『クロード、ダメっ。それはブレイラのでしょ!』
『ぶー!』
『ぶー、じゃないの。クロードのもあるから、ちょっとまってなさい』
ゼロスはそう言うとポケットから木の実を取り出します。
かわいい赤い木の実。イスラのお土産と同じものですね。
『はい、クロードもどうぞ』
『あいっ』
クロードは受け取るとじーっと見つめました。
興味津々に手の平の木の実をじーっと見ていたかと思うと。
『あーん』
『ああダメっ! たべちゃダメ!』
ゼロスが慌てて阻止しました。
クロードは不満そうですが、ゼロスも呆れた顔でプンプンです。
『もう、クロードは~』
『ふふふ、赤ちゃんはなんでもお口に入れてしまうんです。許してあげてくださいね』
『ブレイラのおねがい、いいよ!』
ゼロスは元気に返事をすると、次には恥ずかしそうに私を見上げます。
『ねえねえ、おみやげうれしかった?』
『はい、嬉しいですよ』
そう言って私が微笑むとゼロスも嬉しそうな笑顔を浮かべました。
あなたがしてくれることで私が嬉しくないことなどないのです。あなたの笑顔が可愛くて、愛おしくて、私をとても幸せな気持ちにしてくれる。
私にとってイスラとゼロスとクロードの三人は特別で、私のすべて。三人がいてくれるだけで、私の目に映る全てが鮮やかに輝きを増すのです。
でも今、すべてが色褪せて見える。野に咲く花も、緑の草木も、どこまでも続く青空さえも。
森の小道を歩いていると視界の端に美しい花が映るけれど、それだけ。気持ちが引かれません。ゼロスとクロードのことで頭がいっぱいで、二人を早く見つけてあげたくて、早く会いたくて、それ以外のことに気持ちが動かないのです。
でも不意に、私の足が止まりました。
「ブレイラ、どうした」
突然立ち止まった私にハウストが訝しげに聞きました。イスラも立ち止まってくれます。
二人は私の視線を追って、ああ……、ため息をつく。
近くの木の根元に小さな白い人骨が見えていました。
誰かに埋葬されていたようですが、年月の経過で地中から白い骨が僅かに覗いていたのです。
小さな白い骨。それは幼い子どもの遺骨でした。
子どもは森をさまよい歩き、この場所で息絶えたのでしょう。
私は根元の遺骨の前に膝をつく。両手で土を掻き集め、覗いていた骨に被せました。
「どうか安らかに眠ってください」
手を合わせて静かに祈りました。
この遺骨の子どもはこの世界に生まれて、息絶える最期の瞬間には何を思ったでしょうか。遺骨の子どもの最期を思うと胸が潰れそう。どうか、どうか安らかな眠りを。
そしてこの幼い遺骨が突きつける意味、それはこの時代の子どもの現実でした。
この遺骨の子どもに降りかかった悲しい現実は、ゼロスやクロードにも降りかかる可能性があるということ。
「っ……」
嫌な想像なんてしたくないのに勝手に頭に浮かんでしまう。
ここにくる途中、戦火に焼かれて廃墟になった村を見ました。貧しい村を見ました。不安定な情勢のなかで必死に生きる人々を見ました。その現実は、ゼロスやクロードの目にどう映っていることでしょうか。あの子たちは幼い子どもと赤ちゃんで、まだ何も知らないのですっ……。
嫌な想像を振り払うように頭を振って、震える指先を握りしめました。
「ブレイラ」
ハウストに名を呼ばれて振り返る。
そこにはハウストとイスラ。心配そうに私を見ていました。
「……すみません、大丈夫ですよ」
「無理をするな。少し休むか?」
「ありがとうございます。でも休みません。休む間も惜しいです」
私は立ち上がると、また歩き出しました。
そう、今は僅かな時間も惜しいのです。早くゼロスとクロードを見つけてあげなければ。
あの二人は冥王と次代の魔王だけれど、まだ幼い子どもと赤ちゃんです。守ってあげなければいけません。
私は歩きながらハウストとイスラに話しかけます。村々を訪ねるうちに、一つ気になることがありました。
「二人も気付いていますよね……」
そう聞いた私にハウストとイスラが顔を見合わせます。
ハウストが少しの躊躇いを見せながらも頷きました。
「……ああ、おそらく」
「やっぱり……。先を急ぎましょう。早くしなければゼロスとクロードが巻き込まれてしまいます」
そう、この一帯はもうすぐ戦場になります。
訪ね歩く村々に武装した村人や兵士を見かける頻度が増え、武器や食料を運びだす姿を多く見かけるようになりました。それはひどく不穏さを感じるもので、私の不安が高まっていったのです。
おそらく数日後には大規模な戦闘が起こるでしょう。一帯に戦火が広がる前にゼロスとクロードを見つけなければいけません。
一刻も早く見つける為、私たちは足を速めました。
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