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第三章・冷たい雨が降る5

◆◆◆◆◆◆ 「イスラ様、お召し物をお持ちしました」  レオノーラがそう声を掛けると、川で水浴びをしていたイスラが振り返る。  イスラがザブザブと大股で岸に戻ってきた。レオノーラはイスラの背中を拭き、召し物を広げて着替えの手伝いをした。  イスラは着替えを手伝うレオノーラに一瞥すらせず服の袖に腕を通し、レオノーラも黙々とイスラの身の回りの世話をする。  レオノーラは慣れた様子である。こうしてイスラの身の回りの世話をするのは、イスラが幼い頃から変わらないものだった。  そう、初代勇者イスラとレオノーラの関係はイスラが幼少期から始まるものである。  イスラは人間の有力な部族の首長の子息として生まれた。しかし人間でありながら生まれながらに莫大な魔力を持っていたイスラを部族の仲間や、実の両親さえも恐れた。イスラの力は異質を感じさせるほど強大で、両親はイスラが赤ん坊の頃から疎んで遠ざけたのである。  こうして幼少期を孤独にすごしたイスラだが、そんなイスラに世話役として宛がわれたのがレオノーラだ。  レオノーラはイスラの部族が滅ぼした村の生き残りだった。子どもだったレオノーラは捕虜として保護されてイスラの世話役になったのだ。  イスラより三歳年上のレオノーラは献身的に仕えた。イスラが幼い頃は兄弟のように仲が良かった二人だが、しかしイスラが成長するにつれて邪険にするようになったのである。  レオノーラが着替えを手伝っていると、イスラが「ああそういえば」と何か思い出したように振り返る。 「レオノーラ、また子どもを拾ったそうだな」 「はい、森に子どもと赤ん坊の兄弟が捨てられていたのでフレーベ夫妻に預けました。今は里親になってくれる方を探しています」  そう話しながらレオノーラは拾った子どものことを思い出す。  つい先日、ゼロスとクロードという名の子どもと赤ん坊を拾った。親を純粋に信じている姿がひどく哀れで、レオノーラは同情して二人を村へ連れていったのだ。村に保護されれば、そこがどんな所であれとりあえず生きられるはずである。  しかしレオノーラの報告にイスラは嘲笑にも似た笑みを浮かべた。 「フレーベもいい迷惑だろうな。一度甘い顔をしたせいでお前なんかに面倒ごとを押し付けられる」 「それは……」  レオノーラは言葉を返せなかった。  イスラの言う通りなのだ。実際、フレーベ夫妻はレオノーラをとても迷惑そうに迎えた。  出会った頃はそうではなかったのである。レオノーラはフレーベ夫妻の命の恩人だ。山で盗賊に襲われていた夫妻をレオノーラが助け、感謝した夫妻はレオノーラの頼み事を引き受けてくれるようになったのだ。それが孤児の一時的な保護である。  最初の頃は子どもを預けても嫌な顔せず保護してくれていたのだが、徐々に疎ましく思われだし、今では厄介ごとという扱いだ。  残念に思うが、仕方ないことなのかもしれない。一度や二度ならともかく、今回のゼロスとクロードで何度目だろうか。この世界には不幸な子どもがたくさんいる。レオノーラはそれを見つけてしまうと、どうしても見て見ぬふりはできなかった。 「イスラ様、人間の住む近隣の村々を訪問していただけないでしょうか」 「そんな暇はない。必要ならお前がすればいい」 「いいえ、これは勇者であるイスラ様でなければ意味がありません。次の魔族との戦いは大規模になることが予想できますので、その前にどうかお願いします。皆はイスラ様の御姿を目にするだけで安心します」 「……分かった。手配しておけ」 「ありがとうございます」  レオノーラがほっと安堵した。  イスラは不機嫌になったが、人間を纏めるうえで大切なことだった。  勇者イスラは人間の王だ。イスラが幼少期の頃は強大な力が恐れられていたが、四界大戦が激化するにつれて今までイスラを恐れていた者たちが頼るようになったのだ。  そして数日後には人間対魔族の大規模な戦闘が始まる。  この一帯は肥沃の土地で、人間の村と魔族の村が点在している場所である。長年小規模な戦闘が繰り返されていたが、人間側も魔族側も次の戦いでは土地の支配権に決着をつけるつもりだった。 「次の戦いで魔王デルバートを殺すぞ」  ふとイスラが言った。  その言葉にレオノーラは内心動揺する。しかし内心の動揺を表情に出すことはない。  そんなレオノーラにイスラが淡々と続ける。 「おそらくデルバートは前線に出てくる。あれと対等に戦えるのは俺だけだ。俺が魔王を殺すか、あいつが俺を殺すか。二つに一つだ」  イスラはそう言うとレオノーラを見据えた。 「なにか問題でもあるか?」 「いいえ、魔王討伐は人間の悲願。イスラ様の手でこの地の人間に平穏を齎してください」  レオノーラの返事にイスラが喉奥で笑った。 「従者として完璧な返答だ。悪くない。――――だが」  イスラはそこで言葉を切ると、スゥッと目を細める。そして。 「俺はお前を信じない」 「っ…………」  続けられた言葉にレオノーラが顔を伏せた。  イスラは何ごともなかったように立ち去る。それをレオノーラは黙って見送ることしかできなかった……。  魔族対精霊族の戦闘が一時休戦してから、ジェノキスは精霊王リースベットと行動を共にしていた。もちろんジェノキスが十万年後の未来から転移してきたことは伏せられ、リースベットしか知らないことになっている。  ジェノキスは精霊王の軍で客人として扱われ、リースベットからこの時代の話しを聞くことができた。それは十万年後では神話や伝承だとされてきたものもあり、ジェノキスは思わぬ収穫に満足していた。もし当代精霊王フェルベオがここにいれば歓喜し、リースベットと夜を明かして語り合っていたことだろう。 「ジェノキス、そなたに見てもらいたいものがある」  ふとリースベットが言った。  いつものように話しをしていたが、いつにない様子のそれである。 「見せたいものですか?」 「そうじゃ。われに同行せよ」  ジェノキスは疑問に思うがリースベットは勝手に了承と受け取ると、側近のマルニクスに声を掛ける。

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