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第三章・冷たい雨が降る7
ゼロスとクロードがフレーベ夫妻に預けられて十日が経過していた。
今日はいつもの仕事に加えて牛舎の掃除も追加されたが、それが終わればいつものように森にブレイラを探しに行く。
早々に掃除を終わらせて森に行くゼロスにフレーベ夫人は顔をしかめていたが、ゼロスは構わずに森に行く。ブレイラはゼロスとクロードを探しているから、ゼロスとクロードもブレイラを探すのだ。
「うしさん、かわいかったね。モーモーだって」
「あいっ。あうー、……も、も」
「じょうずじょうず。モーモー」
「も、も」
ゼロスは森を歩きながら、おんぶしたクロードとおしゃべりしていた。
今の二人の話題は先ほどの牛舎掃除である。
ゼロスが牛舎の床をゴシゴシ掃除していると、おんぶしていたクロードが『あぶー、あー』とたくさんおしゃべりしてきた。あちこち指差ししながらおしゃべりする姿はまるで指図しているようで、『もう、クロードはうるさいんだから!』とちょっとケンカしたのである。
しかし牛舎の牛がモーモー鳴いて、なんだかおかしくなって笑ってしまった。
するとプンプンしていたクロードの眉間の皺も薄くなり、『あーあー』と牛に話しかけていた。
こうして二人は一緒に掃除をしていたのだ。掃除中はクロードを物置小屋で留守番させても良かったのだけれど、それは出来なかった。
どうしてだろう、ゼロスははなれちゃダメだと思ったのだ。
はなれちゃダメ、そんなことを今までこんなに強く思ったことはない。魔界の城にはみんながいたから、そんなこと考えたこともない。でも二人ですごすようになってから日に日にその思いが強くなっている。
今、側にいるゼロスの家族はクロードだけ。そしてクロードもゼロスだけ。
「あのうしさん、ミルクでるのかなあ」
「あぶっ、あーあー」
「クロード、のみたいの? あかちゃんのミルクって、うしさんのミルクとおなじかなあ」
「うー……。あうー、あー」
「ヤギさんのミルクもあるんだって、しってた?」
「あいっ。あぶ、あーあー」
「ヤギさんのミルクもおいしそうだね」
「あいっ」
「うしさん、ごはんたべるときに、おくちむにゃむにゃしてたね」
「あいっ」
「クロードみたいだったね」
「あいっ。…………ばぶ? あぶっ、あー! あー!」
「わああっ、クロードがいきなりおこった! もう、どうしてプンプンするの? クロードのおこりんぼう!」
「あぶっ! あーあー!」
プンプンするクロードにゼロスは首を傾げた。
クロードはいきなり怒りだしてしまうのだ。訳が分からない。でもこのまま怒らせておくと後ろから髪を引っ張られてしまう。
仕方ないので機嫌を取ろう。ゼロスはカバンからハンカチを取り出すとクロードに渡した。
「はい、ハンカチ。いるでしょ?」
「あいっ。……むにゃむにゃむにゃ」
ハンカチを受け取ったクロードがおとなしくなった。
むにゃむにゃちゅっちゅっ、おんぶしているクロードがお気に入りのハンカチをむにゃむにゃしている。クロードはハンカチをしゃぶるのが大好きなのだ。
ハンカチは魔界のお城にいた時より薄汚れてしまったけれど、毎日ゼロスが井戸水で洗っているから大丈夫。赤ちゃんの身の回りは綺麗にしなければいけないのだ、ブレイラが言っていた。
こうして二人が森の小道を歩きながら牛舎掃除の話題でおしゃべりしていると、少しして川に差し掛かった。
「おさかないるかな~、みにいこっか。……ん?」
ゼロスは川に近付こうとしたが、ふと立ち止まった。
…………。
川辺に幾つもの大きな足跡がある。
大型動物や魔獣の足跡だろうか、今まで見たことがない形の足跡だ。
ゼロスは不思議に思ったが、大きな足跡を目で追うと村の方へ向かっていて、なんだか嫌な予感がこみあげる。胸が騒いで、ドキドキと鼓動が早くなった。
「クロード、これなんだとおもう? おっきなどうぶつさんかなあ……」
「あーあー、ばぶぶ」
「なんだろうね。うーん、うーん」
ゼロスが「うーん?」と首を傾げた。
その姿を見ていたクロードも「ん」と首をこてんっと横にする。
悩むゼロスだったが、ふと視界に映ったものに驚いた。
「わあっ、なにこれ!!」
木陰に食い荒らされた魔獣の死骸があったのだ。
獰猛な魔獣が無残な死骸になっている。しかも、ただ捕食されただけでなく惨殺されたかのような死骸だった。
そもそも魔獣は捕食側の生き物で、このように無残に捕食されることなど滅多にない。
もしこの得体のしれない生き物が村に入ったら……、想像してゼロスの背筋がゾッとした。ゼロスは三歳だけど魔獣や怪物と戦ったことがあるし、魔界のお城で戦闘のお稽古もがんばっている。だからこれがどんな危険な状態か分かる!
「クロード、むらにもどろ!」
「あぶ?」
「むらが、たいへんなことになるかもしれない!」
ゼロスはそう言うと踵を返して駆けだした。
急いで来た道を戻って、村に入ると大きな声で村人に危険を知らせる。
「たいへんたいへん! みんなにげて! ちかくに、へんなのがいる!!」
「いったいなんだ。へんなの? なんだそれ」
「気にするな、子どものいたずらだろ」
「たくっ、いい加減なこと言いやがって」
「ほんとだってば! はやくにげないと、へんなのくるのに!」
ゼロスは何度も訴えるが村人は信じない。
村人はいつものように農作業や家畜の世話を続けようとしたが。
ヒュ~~ッ、ヒュ~~~ッ!
頭上から何かが飛んでくる音がした。
村人たちはきょとんと空を見上げる。村の外から放物線を描いて何かが飛んでくるのだ。
「なんだあれ……?」
村人たちは不思議そうに目で追っていたが、みるみるうちに表情を引きつらせていく。
「う、牛だ!! 牛が飛んできたぞ!! どいうことだ!!」
ドオオオン!! ドドオオオン!! ドオオオオン!!
空から大きな牛の死骸が飛んできた。村の外から投げ込まれているのだ。
突然のことに村人が騒然となる中、村に血相を変えた男が逃げ込んできた。
「怪物だ!! 怪物が村に向かってくるぞ! オレの、オレの牛が殺されちまった……!!」
男は悲鳴のように声をあげた。
男は村で家畜を飼っており、今日も牛を連れて村の外へでていた。しかし、そこで遭遇したのはっ……。男は思い出して青褪める。
「突然現れたと思ったら、牛をたった一撃で殺したんだっ。あんなおぞましい怪物、今まで見たことがない! あれはこの世の生き物じゃないッ!! 老人と女や子どもを早く逃がせ、早くしろ!!」
男が村人たちに訴えた、その時。
オオオオオオオオオオオオッ!!!!
村中に地響きのような雄叫びが轟いた。
ビリビリと空気を震撼させるほどのそれに村人たちも事態を飲み込む。
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