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第三章・冷たい雨が降る8

「に、逃げろ!! 殺されるぞ、はやく逃げろ!!」 「男は武器を持って集まれ、村には絶対入れるな!!」 「兵士を呼んでこい!! 近くの森で陣営を張っているはずだ!!」  村はパニックに陥った。  男たちは斧や剣などの武器を持って駆けだし、老人や女性や子どもは逃げ惑う。  あちこちから怒声と悲鳴が響いて、混乱する村人の様子にゼロスとクロードはびっくりして目を丸めていた。 「こ、こないで、誰か……!!」  女性の張り詰めた声があがる。  ゼロスがハッとして振り向くと、そこには今まで見たことがない怪物がいた。 「なにあれっ……?」  ゼロスは驚愕する。  そこにいた怪物は豚と猪を掛け合わせたような顔、発達した筋肉と贅肉に覆われた重量級の体格。この醜悪な異形の怪物は四界の生き物とは考え難い。  しかもそれは一体だけではない。  突如、魔法陣が出現した。魔法陣の描かれた地面が闇色の沼になり、沼の奥底から何体もの怪物が這い上がってきたのだ。  村のあちこちに怪物が出現してゼロスは愕然とした。だが。 「キャアアアアアア!!」  女性の悲鳴があがって我に返る。今はぼんやりしている時じゃない。  ゼロスは素早く身を翻し、女性を襲おうとしている怪物の懐に入った。そして。  ドゴオオオオッ!!!! 「グアッ!!」  強烈な一撃に、怪物の巨体が吹っ飛んだ。  まだ三歳なのでゼロスの拳は小さいが、それでも破壊力は岩石を粉砕するほどのもの。 「はやくにげて!」 「は、はいっ……」  助けられた女性は唖然とゼロスを見つめたが慌てて逃げだした。  ゼロスは周囲を見回し、出現した怪物を次々に倒していく。  ほんとうは、ほんとうは、こうして村人を守ってあげるのはくやしい。だって、ここの村人やフレーベ夫妻のことはあまり好きじゃない。ゼロスとクロードを見ると嫌な顔をするし、いじわるなことを言ってくるから。森でブレイラを探していると怒った顔をして、ゼロスとクロードは捨てられたって言ってくるから。だから好きじゃない。好きじゃないから、えいってしたい。コラーッてして、えいえいってやっつけたい。  でも、でもここで怪物に村人が殺されるのは悲しいことだ。村人だけじゃない、ゼロスがお世話した牛もニワトリも殺されてしまう。それはとてもとても悲しいことだ。きっと涙がたくさんでてしまう。  いじわるされたから村人を守って戦うのは嫌だけど、ゼロスは悲しいのも好きじゃない。だから戦う! 「えいっ、えいえい!」  ゼロスは目の前の怪物を蹴りで吹っ飛ばし、村内にいた怪物をあらかた撃退した。  でもまだだ、村の外からも雄叫びが聞こえる。怪物は外からも迫っているのだ。  ゼロスは魔力を集中した。 「うしさんやニワトリさんをえいってしちゃダメでしょ!!」  防壁魔法発動!  ゼロスの足元に防壁魔法陣が出現して青く輝く。それは村全体をすっぽり覆うほどの巨大な魔法陣へと展開される。 「ええいっ、あっちいけ!!!!」  ゼロスが更なる魔力を発動した。  防壁魔法が爆発的に強化され、防御が攻撃と化す。  ゼロスの圧倒的な防壁魔法陣は衝撃波すら伴い、怪物は飲み込まれて消滅したのだった。  こうしてゼロスの活躍で凶悪な怪物は一掃された。村人は誰一人死ぬことなく、村も家畜も守られたのである。 「これでもうだいじょうぶ! クロードもだいじょうぶ?」 「あいっ」  おんぶしていたクロードがこくりと頷いた。  クロードの無事をたしかめてゼロスが防壁魔法陣を解除する。  魔法陣の輝きが収まり、ゼロスがほっとひと息ついたその時。 「ありがとうっ、ありがとう……!!」 「ありがとう!! 村を守ってくれて、本当にっ、本当にありがとう!!」 「なんて凄い子どもなんだ!! ありがとう!!」 「君のおかげで村が救われたんだ! なんて感謝すればいいかっ!」  歓喜した村人たちがワッと駆け寄ってきた。  興奮した村人たちがゼロスをもみくちゃにする。 「えっ、ええっ、なに!? なんなの!?」  ゼロスはびっくりした。  今までゼロスを邪険にしていた村人たちが今はありがとうと言っている。ありがとうとたくさん感謝して、ゼロスをすごいすごいと褒めている。  ゼロスにとって先ほどの戦闘は造作もないものだった。しかし村人は涙を流して感謝していた。その中にはフレーベ夫妻もいてゼロスは更にびっくりだ。  でも、胸がムズムズする。ずっと縮こまって硬くなっていた心が、少しだけ、ほんとうに少しだけ綻んだ気がする。 「……えへへ、どうも、どうも! ぼく、とってもつよいの。ぼくみっつだけど、おけいこがんばってるからできるの!」  えへへ、えへへ。照れてしまう。  おんぶしているクロードも「ばぶっ」とどこか誇らしげ。  この村に預けられてからゼロスは初めて嬉しい気持ちになれた。  こうしてゼロスはもみくちゃにされながら、照れ臭そうにはにかんだのだった。  その日の夜。 「クロード、きょうのごはんおいしいね~」 「あいっ」  ゼロスとクロードは今夜も狭い物置小屋で夕食を食べていた。  しかし今夜はいつもと違う。  まず並べた夕食の品数が違った。いつもは少しの主食とぴちゃぴちゃのスープだけだが、今日は具材たっぷりのスープや肉や燻製魚や野菜やチーズや大きなパン、他にもデザートにフルーツまであった。  いつもとちがう。ぜんぜんちがう。  それというのも、村を救ったゼロスに村人がたくさん料理を持ってきてくれたのだ。フレーベ夫人もとても喜んで、ゼロスとクロードに特別な料理を用意してくれたのである。

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