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第四章・木漏れ日の場所1
「ハウスト、イスラ、急ぎましょう! こっちです!」
私は地図を見ながら早足に森の小道を進んでいました。
息が切れて苦しくなるけれど、そんなことはどうでもいい。
だって、とうとうゼロスとクロードの手掛かりを掴んだのです!
それはつい先ほどまでいた村でのこと。
私の耳に村人の会話が飛び込んできたのです。
その内容は『村が恐ろしい怪物に襲われたが、赤ん坊をおぶった小さな子どもが怪物を倒して村を守った』というもの。
聞いた瞬間、ゼロスだと思いました。クロードだと思いました。
胸が張り裂けそうになって、苦しくなって、私は村人に迫る勢いで詳しい話しを聞きました。
聞けば聞くほどゼロスとクロードの面影が浮かんで、……ああまだ話しを聞いただけなのに、それなのに涙が込み上げる。
すぐ近くにいるのですね。こうして武勇を耳にするほど、すぐ近くにっ。
私たちはすぐに村を出発しました。
目的地はゼロスが怪物を倒したという村。怪物を倒した子どもは村で預かっていた子だと聞いたので、今も村で保護されているはずです。
一歩進むごとに胸の鼓動が強く打つ。会いたい気持ちに心が急いて、思考がうまく回らない。とにかく会いたくて、早く会いたくて、足だけがずんずん前へ進むのです。
一分でも、一秒でも早く会いたい。だってすぐ近くまで来ているのです。二人を迎えに行って、両腕でしっかりと抱き締めたい。もう二度と離れてしまわないように。
◆◆◆◆◆◆
ゼロスとクロードが村を出た翌朝。
ひと晩中走り続けたゼロスは山の中腹に洞窟を見つけた。
もっと、もっと村から離れたかったけれど、クロードが疲れてしまうかもしれない。ゼロスがずっとおんぶしているけれど、おんぶされてるだけでも疲れるのだとブレイラが言っていた。
「クロード、ここでやすもっか」
「あいっ」
二人は洞窟に入った。
ゼロスは洞窟内をぐるりと見回して…………。
「……んん?」
首を傾げた。
……以前、来たことがあるような……。不思議な既視感を覚えたのである。
でも気のせいだと思い直す。もし一度でもここへ来たことがあるなら覚えているはずだ。
「あうー、あー!」
「いたッ、かみひっぱっちゃダメでしょ」
「あぶぶっ、あーあー」
「わかったわかった。おろしてあげるから」
ゼロスの髪が引っ張られた。早く降ろせと急かしているのだ。
ゼロスは呆れながらも降ろしてあげる。
するとクロードは自由を満喫するようにハイハイで洞窟内をうろうろし始めた。
元気そうなクロードにゼロスは安心する。クロードは赤ちゃんなのでゼロスより疲れやすいのだ。
ゼロスも疲れているがクロードより大きいから大丈夫。それに昨夜戦った時のケガもひと晩で治ってしまった。もうどこも痛くない。でも、おしゃれさんじゃなくなってしまった……。
「……やぶれちゃった」
シャツの腕の部分が少し破れてしまった。
戦っている時に受け身を取ったから、どこかに引っかけて破けてしまったのだろう。
……。ゼロスは破れた部分をじっと見つめた。
ゼロスはおしゃれさんである。
いつものシャツも好きだし、ブレイラが用意してくれるフリルやレースがたっぷりのシャツも好き。襟につけるリボンを自分で選ぶと、ブレイラは『ゼロスはおしゃれさんですね』と優しく目を細めて微笑する。ゼロスはそれが嬉しかった。
でも、シャツが破れておしゃれじゃなくなった。…………。おしゃれさんじゃなくなったのは残念だけど、だいじょうぶ。まだだいじょうぶ。
ゼロスは気を取り直して洞窟内を見回した。
幸いにも洞窟は危険な形状のものではない。傾斜もほとんどなく奥行きが広い。奥はどこまで続いているか分からないが、洞窟の奥から小川がちょろちょろ流れていた。
洞窟の中には古い焚き火の跡もあるので、きっと旅人や狩人が休憩場所に利用していたこともあるのだろう。ここでなら少し休めるかもしれない。
パシャパシャ! ふと水の跳ねる音がして振り向く。
クロードが小川の水面を叩いて遊んでいた。
「クロード、なにしてんの? あかちゃんはひとりでみずあそびしちゃいけませんって、ブレイラがいってたのに」
「あぶー、あー!」
近づくと、クロードは遊んでいるわけではないようだった。
クロードが真剣な顔で水面を見つめ、パシャパシャと何かを取ろうとしている。
「あ、おさかなさん! ちっちゃいおさかなさんがいる!」
「あぶっ、あー」
「クロード、とりたいの?」
「あいっ」
「ちょっとまってて」
ゼロスは小川を覗き込んで狙いを定める。
標的はゼロスの手の平より小さな小魚。きっとまだ子どもの魚だ。小川の流れは緩やかなのですぐに取れるだろう。
ゼロスは魚を驚かせないように小川にそーっと両手をいれる。集中して捕まえようとするが。
「……あれ?」
ふと気付く。
もしかしたら、この魚は一人ぼっちなのかもしれない。
だって、この小川では数匹の群れで泳いでいる魚ばかりなのに、この小さな魚は一匹だけ。小川の隅っこで一匹だけで泳いでいたのだ。
「ねえ、ちちうえとははうえは? いないの?」
魚は答えない。当然だ。
でもゼロスは構わずに話しかける。
「あにうえは? おとうとは? ……おともだちもいないの?」
やっぱり魚は答えない。当然だ、魚はしゃべれない。
ゼロスはじーっと魚を見つめていたが、ゆっくりと手を引いた。
「クロード、このおさかなさん、ひとりぼっちみたい」
「ばぶ?」
「このおさかなさんと、おともだちになってあげよっか」
ゼロスの提案にクロードがきょとんとした。
クロードはゼロスと小川の魚を交互に見ると、「あいっ」とこくりと頷く。赤ちゃんなので意味は分かっていないがクロードも納得したようだ。
二人で小川を覗き込み、一匹で泳いでいる小さな魚を見つめる。
ゆらゆら泳ぐ小さな魚。ゼロスとクロードの視線を感じてか、魚が円を描くようにくるくる回る。なんだか遊んでいるみたいだ。
「こっちだよ~、こっちだよ~。アハハッ、おもしろい~!」
「あぶ~っ、あー!」
ゼロスとクロードは小川に手を入れて魚と遊んだ。
パシャパシャ水飛沫が跳ねてキラキラ光を弾く。。
小さな魚はびっくりしつつも二人から離れる様子はなく、なんだか先ほどより元気に円を描いて泳ぎだす。
ゼロスは楽しい気持ちになってきた。
「クロード、ここ、ぼくたちのおうちにしよっか!」
「あぶ?」
「よるはここでねるの。ここからブレイラたちをさがしにいくの。わかった?」
「あいっ」
「それじゃあ、いまからここがぼくとクロードのおうち!」
ゼロスにとって本当の『おうち』は父上とブレイラと兄上とクロードがいる場所。今ここにはクロードしかいないけど、まだ赤ちゃんのクロードのために帰る場所が必要だった。
本当はクロードのためなら村に戻った方がいいのかもしれない。薄暗い物置小屋の生活だったけれど、赤ちゃんは屋根と壁があるだけで安心できるようだったから。しかし戻れば離ればなれにされてしまう。それだけはダメなのだ。
でも、ここなら大丈夫かもしれない。
ここは洞窟なので雨風をしのぐ屋根と壁がある。湧水の小川まで流れていて、寝床にするには丁度いい。この洞窟のおうちを拠点にしてブレイラを探せばいいのだ。
この日からゼロスとクロードの洞窟生活が始まった。
朝、二人は洞窟の奥で目覚める。
ゼロスはクロードを抱っこ紐でおんぶすると、二人で狩りに出かける。朝食は新鮮な肉と木の実を食べるのだ。ハンカチの洗濯も忘れない、もちろんクロードにはミルクも作ってあげる。
朝食が終われば夕方までブレイラを探す。山や森を一日中探しまわり、途中で夕食の狩りもした。
夜は夕食が終わるとあとは眠るだけ。
眠れない夜もあるけれど、そんな夜は夜空のお月様を眺めていた。
こうして洞窟ですごしていると、時々、山の狼など獰猛な肉食獣が洞窟にきてしまうことがあった。でも大丈夫、ゼロスは強いのだ。
『コラーッ、ぼくとクロードのおうちにきちゃダメでしょ! あっちいけー!』
ゼロスが洞窟から飛びだして追い払う。
クロードもハイハイで飛びだして、『あうー! あー! あー!』とゼロスの隣で動物たちに怒っていた。
こうしてゼロスとクロードは二人でおうちを守った。
ゼロスとクロードは離れてしまわないように、どんな時も一緒にいたのだった。
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