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第四章・木漏れ日の場所2

 ゼロスとクロードの手掛かりを掴み、二日間歩き続けてようやく目的の村に到着しました。  夜も更け、夜空の月が輝きを強くする時間。  村は寝静まって明かり一つ灯っていません。でも、村に入ってすぐに家の戸を叩きました。 「ごめんください! ごめんください!」  コンコンコンッ。  本当なら夜明けを待つべきなのでしょう。でも一秒も待てません、今すぐゼロスとクロードに会いたいのです。  どこにゼロスとクロードがいるか分からないので、迷惑は承知でも見つかるまで村の全ての家の戸を叩くつもりでした。  少し待つと家に明かりが灯り、ゆっくりと戸が開く。 「……なんだ、こんな時間に」  出てきたのは屈強な男でした。  男は夜遅くに訪ねた私を警戒し、片手に武器を持っていました。 「夜分に申し訳ありません。人を探してこの村まで来ました」 「こんな夜更けに人探しだって? あんたみたいな美人が一人でとは、あやしいな……」  男が警戒しながらもじろじろ私を見ました。  無遠慮な視線は不快なものでしたが。 「夜分に悪いが、知っていることがあれば教えてもらいたい」  私の背後にハウストが姿を見せました。  その途端、男は緊張したように息を飲む。  更にイスラも姿を現わすと、男の反応はもっと分かりやすくなります。イスラが男の持っている武器をちらりと見ただけで、男は慌てて背後に隠してしまうほどでした。  私を前にした時とは違うそれ。私だけの時は明らかに舐めた態度だったというのに。  でも気を取り直して男に訊ねます。この村にゼロスとクロードがいるはずなのです。 「ゼロスとクロードを知りませんか? 黒髪の可愛い子どもと赤ん坊です。この村にいるはずなんです」 「ゼロス、クロード? ……そんなガキ、この村にいたか?」 「数日前、赤ん坊を連れた子どもが怪物を倒したと聞きました」 「ん? ああっ、もしかしてフレーベさんところが預かってるガキのことか!」  男は合点がいったように声をあげました。  フレーベという名は初めて聞きましたが、その方がゼロスとクロードを保護してくれているのでしょうか。 「フレーベさん……?」 「この村で親がいないガキを預かってる家だ。里親が見つかるまで保護してるって聞いてるぜ。……もしかして、そのゼロスとクロードってのはあんたらの?」 「そうです! ゼロスとクロードは私たちの子どもです!」 「そうか、あんたらがあの子の! すごかったぜ? 怪物を一撃で倒したんだ!」 「はい、ゼロスはとても強いんです!」  じわりと涙が浮かびました。  ゼロスとクロードが近くにいる。もうすぐ側にっ。 「ちょっと待ってろ。フレーベさんを呼んでくる」 「ありがとうございますっ、お願いします!」  男が村の奥へ走っていきました。  ようやくゼロスとクロードに会えるのですね。早く顔を見て、声を聞いて、力いっぱい抱き締めたい。  間もなくして男が二人の男女を連れて戻ってきました。  二人がフレーベ夫妻なのですね。私は一歩進み出て、深々とお辞儀します。 「初めまして、ブレイラと申します。夜分に申し訳ありません。フレーベさんが子どもを預かっていると伺いました。遅くなりましたが、ゼロスとクロードを迎えに来ました」 「…………。ほんとうに、あの子たちに迎えがっ……」  フレーベ夫人が私たちを見て複雑な顔をしました。  喜ぶでもなく、怒るでもない、神妙な顔つきで黙り込んでしまいます。 「あの、ゼロスとクロードはどこにいるのですか? 会わせてください」 「…………」  問いかけてもフレーベ夫人は黙り込んだままです。  どうして黙ってしまうのです。ゼロスとクロードはたしかにここにいる筈なのに、沈黙が怖い。 「あの、ゼロスとクロードは、どこにっ……?」  問いかける声が震えました。  そんな私に、フレーベ夫人が泣き崩れるように地面に手をついて顔を伏せます。 「二人は村を出て行きましたっ。……ごめんよっ、本当にごめんよ! あの子は村を守ってくれたのに、それなのにっ……」 「ど、どういうことですっ。どうしてゼロスとクロードが……」 「……まさか本当に親の迎えがくるとは思わなくて、あの子たちの里親を探していました。そのことを知ったゼロスはとても怒って、村を出て行ってしまったんですっ……」 「っ…………。そうでしたか……」  私は唇を噛みしめて、目を伏せる。  でも少ししてフレーベ夫人の前に膝をつきました。  地面に伏して縮こまるフレーベ夫人。私はその姿を見つめ、そっと彼女の肩に手を置きました。 「話してくれてありがとうございます。分かりました、今はゼロスとクロードを探しに行きます」 「ブレイラさん……」 「話しは後にしましょう」  私は立ち上がりました。  ハウストとイスラを振り向くと、二人も頷いてくれます。 「行くぞ、ブレイラ」 「クロードを連れているからそんなに遠くへ行っていないはずだ」  そう言ってハウストとイスラは、ゼロスとクロードが向かった山の方角を見据えました。  夜の森は闇一色に覆われます。暗闇を歩いているゼロスとクロードを思うと胸が締め付けられる。 『おてて、つなごっか』  お散歩の時はいつも手を繋いでいましたね。あの子は手を繋いで歩くのが大好きなのです。今すぐ手を繋いであげたい、暗闇の中で独りにならないように。 「はい、行きましょう」  夜明けを待たずに村を出ます。  今から出発しようとする私たちにフレーベ夫妻や村の男が驚いた顔になりました。 「今から行くのか?」 「はい、夜明けを待つことはできません」 「そうか、……それなら急いだ方がいいかもしれない。明日からこの一帯で人間と魔族の大規模な戦いが始まる。山にも兵士が潜伏して大掛かりな罠を仕掛けているらしい」 「分かりました。教えていただいてありがとうございます」  この村に着くまでにも武装した兵士を多く見かけました。  やはり大規模な戦闘が起こることは間違いないようです。ゼロスとクロードが巻き込まれる前に見つけなければ。 「待ってくださいっ……」  ふと声を掛けられました。フレーベ夫人です。  フレーベ夫人は小刻みに震えながら口を開く。 「あの二人は毎日森へ行ってあなた方を探していました。必ず迎えがくると信じていましたっ……! 私が言うのはおこがましいことですが、どうか二人を見つけてあげてくださいっ!」  フレーベ夫人が語ったゼロスとクロードの様子。  私が知らない二人の様子に、切なさで胸が張り裂けそう。  どんな気持ちで私たちを探しているのでしょうか。そして今も暗闇の中で私たちを探しているのです。 「もちろんです。ゼロスとクロードは私たちの家族ですから。それでは、また改めてご挨拶に伺います」  私は最後に一礼すると、ハウストとイスラとともに村を出ました。  今は一刻も早くゼロスとクロードを見つけなければいけません。  村を出て、目の前に迫る山を見上げました。夜空に溶け込むような闇夜の山。このどこかにゼロスとクロードがいるのです。  私たちは暗闇に覆われた夜の山へ踏み出しました。 ◆◆◆◆◆◆  朝、洞窟の奥でゼロスとクロードが起床した。  お布団のハンカチを畳んで寝床の隅に置くと、さっそく朝食の狩りに出発だ。今日は朝から雲一つない晴天だ。  朝の狩りを終えた二人は朝食をとる。もちろんクロードのミルクを作ってあげるのも忘れない。 「クロード、おいしい? ねえねえ、おいしい?」 「ちゅちゅ、ちゅちゅ」 「きいてる? ミルク、おいしい? いっしょうけんめいつくったんだけど」 「ばぶー……、ちゅちゅ……」  ミルクを飲んでいるクロードの小さな眉間に皺が刻まれている。  おいしそうにミルクを飲んでいるのに無愛想な顔。ゼロスは首を傾げるが、クロードはいつもこんな感じだ。 「もう、クロードはいつもおこったかおしてるんだから。ぼく、ハンカチおせんたくしてくるね」  そう言ってゼロスは小川でハンカチを洗う。  どんなに洗ってもハンカチは薄汚れていくけれど、それでもゼロスは毎日お洗濯をがんばった。クロードはハンカチをむにゃむにゃしゃぶるのが好きだから、綺麗にしておかなければならないのだ。  川辺の岩にハンカチを広げて置いた。干す場所がないので広げて置いておくのだ。  こうして朝の用事を終えるとブレイラたちを探しに行く。ブレイラは絶対にゼロスとクロードを探している。見つからなくて泣いているかもしれないから、ゼロスとクロードもブレイラを探すのだ。 「クロード~、そろそろいこっか。……クロード、あそんでるの?」  ゼロスは抱っこ紐を用意して呼ぶが、クロードの様子に目を瞬いた。  クロードは川辺にちょこんとおすわりし、なにやら気難しい顔をしてお友達の魚に話しかけている。側には空になった哺乳瓶が置いてあるのでミルクを飲み終わって遊んでいるのだろう。 「あぶー、あー、あうー、ばぶっ」  ……遊んでいるというより、まるで教官が講義しているかのようだ。  気難しくて無愛想な顔をしているのはいつものことだが、もしかしたら自分より下ができたと思っているのかもしれない。  心なしかいつもよりはしゃいでいるように見えて、ゼロスはもうしばらく遊ばせておくことにする。  持っていた抱っこ紐を置くと、洞窟の前に実っている木の実を採りにいくことにした。今日のおやつにするのだ。  こうしてゼロスはクロードを一人で残し、洞窟の前で木の実を採るのだった。

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