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第四章・木漏れ日の場所6

 私たちが爆心地に来て最初に目にしたのは爆破された渓谷でした。  大規模な特殊工作魔法陣の爆破によって渓谷は崩落し、辺り一帯を岩石が埋め尽くしました。この美しい渓谷は大掛かりな罠が仕掛けられた戦場だったのです。  私たちが渓谷に駆けつけて二時間。崩落した岩石の撤去作業が今も続いていました。  ハウストが武力によって渓谷一帯を制圧し、魔族と人間の戦いを一時停戦させたのです。兵士には強制的に武装解除させ、崩落した岩石の撤去作業をさせていました。  これは私たちが四界大戦に介入したことを意味します。でも今はそんなことどうでもいい。一刻も早くゼロスとクロードを助けなければいけません。 「ゼロス! クロード! どこですかっ、返事をしてください!! ゼロス! クロード!!」  私はシャベルで土砂を掘りながら何度も名を呼びました。  この渓谷にゼロスとクロードがいるのです。崩落した岩石の下で、私が見つけるのを待っている!  私は無我夢中で二人を探し続けました。  渓谷の崩落から五時間が経過しました。  陽は沈み、夜空に月が昇る。今夜は満月でした。  満月の光の下、今も休むことなくゼロスとクロードを探し続けます。  岩石の撤去作業は順調に進み、残り半分まで進みました。  本当なら魔力を発動して一気に吹き飛ばしてしまえば手間はかかりません。しかしそれでは駄目なのです。崩落に巻き込まれたゼロスとクロードがどんな状態か分からないのに、周囲を吹き飛ばす荒業はできません。  そんな中、撤去作業をしている兵士たちが苛立ち混じりに会話する。 「たくっ、いつまでこんなことさせるんだ。いい加減、諦めろっての」 「ほんとだぜ。これの下敷きになったんだから、どう考えたって死んでるだろ」 「ッ、黙りなさい! 私のゼロスとクロードは生きています! 必ず生きてます! 今もこの下で私を待っています!!」  カッとして怒鳴りました。  兵士たちは私に言い返そうと口を開きかけましたが、悔しげに舌打ちして立ち去ります。  私の背後にハウストとイスラが立ったのです。二人はトラブルを察知して来てくれたのでしょう。 「ハウスト、イスラ、すみません……。ありがとうございます」  私は礼を言うと、また土砂を掘る作業に戻ります。  本当は岩石を動かしたいけれど、魔力が使えない私は土砂を掘ることしかできません。 「……ブレイラ、少し休め。ずっと休んでないだろ」 「それはハウストやイスラも同じです。二人の方がたくさん作業しています」  ハウストとイスラは岩石を破壊したり、動かしたりしてくれています。私なんかよりずっと役立っていました。 「ブレイラは普通の人間だ。俺やイスラとは違う」  ハウストはそう言うと、制止するように私の手首を掴みました。  これでは土砂を掘ることができません。 「離してください。ゼロスとクロードが待っています」  私は振り払おうとするけれど、ハウストは離してくれません。  イスラを見ると首を横に振られました。  私は震えそうになる指先を握りしめる。どうしても感情が昂って、涙が溢れてしまう。 「っ、駄目なんですっ。はやく見つけないと、駄目なんですっ……。この世界は、あまりにも命の価値が低いっ……」  ここに来るまでに何人もの亡骸を目にしました。  心ある人に弔われたものもあれば、打ち捨てられたものも多くありました。多くの人がそれを目にしながら素通りしていくのです。  この世界でゼロスとクロードが彷徨っているのだと思うと胸が潰れてしまいそう。ゼロスとクロードはとても強いけれど、まだ幼い子どもと赤ちゃんで、なにも知らないのですっ。  私は約束しました。ゼロスやクロードが大きくなって、私の手を必要としなくなるまで側にいると。だからっ。 「今見つけないと、取り返しのつかないことになりそうでっ……!」 「ブレイラ……」 「……すみません、感情的になりました……。でも止めないでください」  私はもう片方の手で涙を拭うと、私の手首を掴んでいるハウストの手に手を重ねました。  するとハウストの手から力が抜ける。私はするりと引き抜くと、また土砂を掘ります。少しでもゼロスとクロードに近付きたかったのです。 「ゼロスっ、クロードっ。返事をしてください、ゼロス、クロード! うぅっ、ゼロス、クロード……!」  名を呼んで土砂を掘り続けました。  そして夜空の満月が輝きを増す頃。 「ブレイラ、これ以上は駄目だ。頼むから休んでくれ。あとは俺とイスラが続ける」 「俺ももう見過ごせない」  ハウストとイスラが言いました。  二人は先ほどより少し怖い顔をしています。  私はシャベルを握りしめました。見つかるまで休みたくありません。 「いやです、私も探しますっ……」 「ブレイラ!」 「いやです! ゼロスとクロードは今も私を探しています! 私は二人が見つかるまで諦めません!!」  私はハウストとイスラを振り切ると、無我夢中で土砂を掻きだします。  シャベルを力いっぱい振り下ろして、ガキンッ! 硬い岩石に弾かれました。 「うっ、うぅ~~っ、ゼロス、クロード……っ」  この硬い岩石の下にいるかもしれないのに。それなのに、私はこの岩石一つ砕くこともできないっ。  この下でゼロスとクロードが泣いているかもしれないのにっ。 「出てきてくださいっ、お願いですっ。ゼロスっ、クロード……!」  どうして出てきてくれないのですかっ。  私はふと、ゼロスとのかくれんぼ遊びを思いだしました。  三歳のゼロスは隠れるのがとても上手なのです。  私は一生懸命ゼロスを探すけれど見つけられない。でもそんな時、一つだけ見つける方法がありました。この方法を使うと、ゼロスはどこにいても元気にお返事をして飛びだしてくるのです。 「ステキな冥王さまっ……、どこですか? ステキな冥王さまは、どこですか!」  大きな声で呼びかけました。  返事はありません。  でも諦めません。何度でも呼びます、かくれんぼ遊びの時のように。 「ステキな冥王さま!! どこですか、ステキな冥王さま!!」  祈るように呼び続けました。  お願いです、いつものようにお返事をしてください。お願いですっ……! 「どこですか!? 強くてかっこいい、ステキなっ、ステキな冥王さま!!」 「――――  います。  ここ、です」 「えっ?」  微かに聞こえた声。  私は岩に飛びついて耳を当てる。 「――――ステキな、めいおうさま、  ここにいますっ」  声が、聞こえました。  耳を澄まさなければ聞こえない、小さな小さな声です。  でも私がこの声を聞き間違えるはずがありません! 「ッ、ゼロス、ゼロスなんですね! そこにいるんですね!! ハウスト、イスラ、ここです!! ゼロスとクロードがいます!! この下にいます!!」  私は声をあげて知らせました。  するとハウストとイスラも表情を変えて、すぐに積みあがった岩石を取り除きだします。  そして、ハウストによってひときわ大きな岩がどかされると、そこには穴のような形状の隙間がありました。大人一人が入れるくらいの隙間です。  私は急いで積みあがった岩石を登り、その隙間を覗き込む。……涙が、涙がこみあげてくる。だって、隙間の底にゼロスとクロードがいたのです。  二人はハイッとお返事するように手をあげて、狭い隙間の底から私を見上げている。 「ゼロス、クロードっ……! 見つけました、見つけましたよっ……!」  ああ、涙が止まらない。  私はこの時の、狭い隙間の底から私を見上げる二人の顔を生涯忘れることはないでしょう。この無垢でいじらしい、いたいけな幼い顔をっ。  早く抱き締めたくて手を伸ばしました。 「掴まってくださいっ。はやくっ、ゼロス、クロード!」 「ブレイラっ、ブレイラ~!」 「ゼロス、クロードっ……! っ、もう少し、もう少しっ……」  ゼロスとクロードが待っています。  早く引き上げて、お迎えして、抱き締めたい。  気持ちは焦るのに、でも二人は深いところにいて手が届かない。 「ブレイラ、どいてろっ」 「お願いします!」  ハウストがすぐに替わってくれました。  ハウストは隙間の深い位置まで上体を潜らせました。片手でゼロスの服を鷲掴み、ゆっくりと引き上げだす。 「あ、ちちうえだ! ちちうえ~、うえええええん!」 「分かったから、暴れるなっ」 「ちちうえぇ~、あいたかったの~っ。うっ、うっ」 「ああ、そうだな。……俺もだ」  ハウストとゼロスのやり取りが聞こえてきます。  聞こえてくる会話に涙が浮かぶ。  間もなくしてハウストがゼロスを地上に引き上げてくれました。それと交替で、次にイスラがすぐに隙間に潜ってクロードの救出に向かってくれます。 「イスラ、クロードをお願いしますっ」 「ああ、任せろ」  イスラはするすると潜っていきました。  それを見送って、私はゼロスを振り向きました。  ゼロスの大きな瞳がじわじわと潤みだす。小さな体がぷるぷる震えていて、ああはやく、はやく抱き締めたい。私は涙を浮かべて手を伸ばす。 「ゼロス、ゼロスっ……! 会いたかったですっ、あなたに会いたかった……!」 「うぅっ、う、ブレイラ~~!! うわあああああああああああああああああああああん!!!!」  私の広げた両腕にゼロスが飛び込んできました。  ぎゅっと抱き締めると、私の懐に甘い温もりと重みが落ちてくる。それはずっと、ずっと取り戻したかったもの。 「ああっ、よく無事でっ、よく生きていてくれました! ゼロスっ、ゼロス!!」 「うええええええん! あいたかったのっ、あいたかったの! ブレイラにあいたかったの~~!! うわあああああああん!!」 「ゼロス、お顔をよく見せてくださいっ。怪我はしていませんか? 痛いところは? 苦しいところは? ゼロスっ……」  私はゼロスの顔を見つめました。  ああ、とても可愛いお顔です。少し垂れた目尻の青い瞳も、丸い額も、指でなぞってたしかめる。  でも三歳の小さな体を見下ろして、真っ赤に染まった小さな手に胸が締め付けられる。 「ゼロス、手を見せてください」  私はゼロスの小さな手を両手でそっと包み込みました。  小さな指の肉が裂け、爪が割れています。堪らなくなって涙が込み上げる。 「痛かったですよね、ごめんなさいっ……。うぅ、ゼロスっ……」  ゼロスの血まみれの両手を包み、胸の前で抱き締めました。  もっと早く見つけてあげたかった。こんな怪我をさせてしまう前に、もっとはやく。 「っ、い、いたくない! ほんとに、いたくないの! だから、ブレイラはかなしいのないっ……!」 「ゼロス……」  私は驚いて目を丸めました。  だって、それは嘘です。痛くないはずないじゃないですか。痛くて痛くてたくさん泣いたはずです。だってこの子は泣き虫の甘えん坊。  でも今、ゼロスは私を見ていました。私が悲しんでしまったと思ったのです。  ……私は目を伏せる。そしてまたゼロスを見つめ、優しく微笑みかけました。 「そうですね、痛くありませんでしたね。あなたは頑張ったんですね。たくさん、たくさん頑張ってくれたんですね」 「うんっ、うん! ぼく、がんばったっ。いっぱい、いっぱいがんばったの!!」  ゼロスの顔がパァッと輝いて、また私に抱きついてきました。  私もぎゅっと抱きしめ返す。  いい子いい子とゼロスの頭を撫でていると、隙間からまた声が聞こえてきました。 「クロード、顔にしがみ付くな。前が見えないだろっ」 「あう~っ。あー! あー!」 「分かったから、泣くな。うわっ、頭に冷たいものが垂れてるぞ、鼻水じゃないだろうな」 「あい~っ、あ~!」  騒がしい声が地上に近付いてきます。  そして、ぴょこり、クロードの可愛い顔が見えました。そしてイスラの体が。  登ってきたイスラの顔面にクロードがぴたりとしがみ付いていたのです。 「クロード!!」 「あぶっ! うっ、うぅ、ああああああああああああああああああああん!!」  地上に出てきたクロードは私を見ると大きな声で泣きました。  顔面で泣かれたイスラは苦笑しながらも顔から引き剥がすと、私の元へとクロードを連れてきてくれる。 「クロードっ、クロード! よく無事でいてくれましたっ。こんなに大きな声で泣いてっ……」 「あああああああああああああん! あああああああああああああああん!!」  両手で受け取って、クロードをゼロスごと強く抱き締めます。  二人が戻ってきてくれた実感にまた涙が溢れてしまう。  でももう離したくないです。ずっとこのままでいたい。  私はゼロスとクロードに頬を寄せ、二人を泣きながら抱き締めていました。

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