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第四章・木漏れ日の場所7

 私たちはゼロスとクロードをお迎えし、ひとまず洞窟に戻りました。  本当はすぐにでも元の時代に帰りたいけれど、今はゼロスとクロードを治療して休ませることが最優先です。  それなのに。 「いやああああっ! だめッ、ブレイラだめだめ! あああああ、やめて~~!!」  洞窟にゼロスの悲鳴が響いていました。  その悲鳴に胸が痛くなるけれど、今は心を鬼にする時! 「ゼロス、少しですっ。少しで終わりますからっ……」 「だっていたいもんっ、それぜったいいたいもん!! うわああああん、ブレイラが~っ」 「さっきは痛くないって言ったじゃないですか」 「いたくないけど、いたいもん!」  ゼロスは涙目で逃げ出そうとしてしまう。  その様子に今すぐ抱き締めて慰めたくなるけれど、でもダメです。治療が終わるまでは。  そう、私は洞窟に戻ってからすぐにゼロスの治療に取り掛かりました。  まずイスラに湯を沸かしてもらい、持ってきていたリュックサックから傷薬や軟膏を取り出します。こんなこともあろうかと用意しておいて良かったです。  ハウストにはそれくらいの怪我なら放っておいても治るぞと言われましたが、それでは駄目なのです。治るかもしれませんが、手に触れてちゃんと治療してあげたい。  しかしゼロスときたら、薬を並べるにつれてみるみる青褪めていったのです。薬品の数をひとつふたつと数えてあわあわし、とうとう逃げ出しました。 「あにうえ、たすけて~!」  ゼロスがイスラの後ろに逃げました。  クロードのハンカチ遊びに付き合っていたイスラが面倒くさそうにゼロスを振り返ります。 「治療くらいで泣くな。さっさと終わらせてこい」 「うええぇぇんっ。あにうえがいじわるする~!」 「なにがいじわるだ……」  イスラは呆れた口調で言いましたが、それでもゼロスの頭にポンッと手を置きました。  ゼロスの短い髪をガシガシと撫でて、丸い額をツンツンと。ゼロスは「ツンツンしないで~」と両手で防御していますが、イスラはどこかほっとした顔をしていました。元気な弟たちの姿に安心しているのでしょう。 「ゼロス、逃げてはいけません。こちらに来てください」 「うっ、ブレイラ……」  顔を引きつらせるゼロス。  治療が嫌なのは分かりますが、あまり逃げられると、なんだか寂しくなってしまうではないですか……。  寂しくて思わず視線を下げてしまった私に、今度はゼロスが焦りだしました。 「あああ~っ、ブレイラ、そんなかおしないで~!」 「ゼロス……。優しいですね、では私の側に来てください」 「う、うん……」  ゼロスがおずおずと側に来てくれます。  少し警戒しているようですが、ゼロスの体を抱っこするように捕まえました。 「お願いです、ゼロス。治療をさせてください。あなたが心配なんです……」 「……ぼくが、しんぱいなの?」 「はい。とても心配です」 「ぼくが、だいすきだから?」 「そうです。あなたが大好きなんです。だから怪我を放っておきたくありません」  そう言うとゼロスの顔がパァッと輝きだします。  どうやら警戒は解けたよう。 「そっかあ。それなら、いいよ!」 「ありがとうございます! ゼロス、えらいですよ!」  ゼロスが覚悟を決めてくれました。  良かった、これで治療ができます。  私はゼロスの気が変わらないうちに手早く治療を開始しました。  小さな指に痛ましい傷。可愛らしい丸い爪は割れていて、はやく元通りに治ってほしいと願います。  ゼロスの傷口を丁寧に洗って、傷薬の軟膏を塗ってあげました。 「大丈夫ですか? 痛くありませんか?」 「うぅっ、だいじょうぶっ……」  ゼロスが下唇を噛んでぷるぷるしています。  沁みるような刺激のある薬は使っていませんが、緊張してしまっているのですね。  私は軟膏をたっぷり塗ると、フーフー、優しく息を吹きかけてあげました。すると。 「ふ、ふわああああああ~~~っ!!」  ゼロスの瞳がキラキラ輝きました。  興奮したようにフーフーされた指先を見ます。  緊張を解くためにしたのですが、どうやら『ふーふー』が気に入ったようですね。 「ブレイラ、フーフーして! もっとフーフーして!」 「ふふふ、いいですよ。フーフー」 「わあ~~っ!! フーフー!!」  ゼロスも真似してフーフーして楽しそう。  私は小さく笑ってゼロスの手に包帯を巻いてあげます。  でも少しして、ふと気付く。ゼロスがじっと私の横顔を見ていました。 「……どうしました? 包帯きついですか?」 「ううん。ブレイラのおかおみてた」  ブレイラがいる……、とゼロスが私を見つめて言いました。  照れ臭そうに、嬉しそうにはにかむゼロス。  胸がぎゅっと締め付けられる。この子は寂しがりやの甘えん坊です。どれだけ寂しい思いをさせたでしょうか。  私の視界がじわりと浮かぶ。でも目をパチパチさせて我慢しましたよ。ゼロスが笑っているのに、泣いてはいけないのです。  私はゼロスの小さな手に包帯を巻きながら約束します。 「あなたの側にいます。あなたが大きくなって私の手を必要としなくなるまで、ずっと側に。もう離してあげませんよ?」 「やった~! ブレイラといっしょ!!」 「ふふふ。はい、これで終わりです。よく頑張ってくれました」 「えへへ、まあね!」  ゼロスが誇らしげに胸を張りました。  いい子いい子と頭を撫でてあげると嬉しそう。  そうしていると、丁度ハウストが洞窟に戻ってきます。 「ブレイラ、準備できたぞ!」 「ありがとうございます!」  ハウストに呼ばれて私たちも洞窟の外に出ました。  そこには岩石を組み立てて作った岩風呂。そう、ハウストは岩風呂を作り、お風呂の用意をしてくれていたのです。  こういう時、魔力ってほんとうに便利ですよね。もちろんここまで自由に魔力を扱えるのは四界の王や限られた者だけですが、こうして恩恵を授かれるのは幸運なことです。 「さあ、ゼロス、クロード、みんなでお風呂に入りましょう。ピカピカに洗ってあげます」  そう言ってゼロスとクロードに笑いかけました。  ゼロスとクロードは全身砂埃をかぶって、シャツも薄汚れてところどころ破けてしまっています。それは、二人がとても頑張って生き抜いてくれたから。  だから、私の手で綺麗に洗ってあげたいのです。  今から家族でお風呂に入ります。  満月が浮かぶ夜空の下、みんなでお風呂に入れるなんて嬉しいことです。 「ゼロス、パンツ脱ぎながら走るな! 転ぶぞ!」 「ぼく、ころばないからだいじょうぶ! あぶっ!」 「……さっそく転ぶなよ」  イスラは呆れたようにため息をつくと、転んだゼロスをひょいっと起こしてあげます。  ついでにシャツを上から引き抜いて脱がせてあげていました。今のゼロスは手を怪我しているので手伝ってくれたのですね。ゼロスも嬉しそう。 「アハハッ、まえがみえない~!」 「それなら暴れるな。顔にシャツが引っ掛かるだろ」 「おばけさんみたい?」  今からお風呂なのに、これでは遊んでるみたいですね。  私は小さく笑うと、抱っこしているクロードをハウストに任せます。

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