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第四章・木漏れ日の場所9
「アハハッ、ブレイラくすぐったい」
「ふふふ。では、かゆいところはありませんか?」
「だいじょうぶ」
「沁みるところや痛いところは?」
「それもだいじょうぶ」
「では泡を流しますから、目をぎゅっとしてください」
「は~い」
私はゼロスの小さな体を洗い流しました。
この小さな体には小さな擦り傷や切り傷がいたるところにあります。でも先ほど洗ったクロードの体は無傷でした。ゼロスが守ってくれたのですね。ゼロスが傷だらけなのは、たくさん戦って守ってくれたから。
この傷はきっと数日で癒えて、跡形もなく治ってくれることでしょう。
だから、私はこの傷を目に焼き付ける。ゼロスが負った傷を決して忘れたりしないように。
「綺麗になりましたよ、ピカピカです。さあ、私たちもお風呂に入りに行きましょう」
「うん!」
私はゼロスを促してハウストたちがいる岩風呂に向かいます。
岩風呂は三人の大人が足を伸ばしてもゆったりできる大きさで、ゼロスも嬉しそうに入っていきます。
「クロード、あそんでんの?」
「あぶぶっ」
イスラに抱っこしてもらっていたクロードは湯にハンカチを浮かべて遊んでいました。
広げて浮かべたハンカチをパシャパシャ叩いて遊んでいます。
「おお~っ。クロード、ぼくも」
ゼロスも一緒にパシャパシャ叩きましたが、イスラの眉間に皺が刻まれていく。
赤ちゃんのパシャパシャは小さな飛沫でしたが、三歳のパシャパシャはさすがに大きいのです。
「……おいゼロス。俺に飛んでるぞ」
「ごめんね、もうちょっと」
「もうちょっとじゃないだろ。……そらっ」
ピュッ。突然イスラの手から水が飛びだしました。
ゼロスは「わあッ」と驚きながらも、瞳をキラキラ輝かせます。
「あにうえ、さっきのなに!? まりょくつかったの!?」
「魔力じゃない水鉄砲だ」
「なにそれ! おしえてっ、ぼくにもおしえて!」
ゼロスはお願いすると、さっそく教わって手の形を真似しています。
でも上手くできなくてイスラに何度も教わっていました。
二人の兄上に挟まれたクロードも真似をしているようで、小さな両手をにぎにぎしています。もちろん赤ちゃんの手なので水鉄砲はできませんが本人は満足そうですね。
私はそれを見守って、隣のハウストに笑いかけました。
「ハウスト、ありがとうございました」
「風呂くらい大したことはない。それより今度はもっと大きな風呂を作るぞ。騒がしすぎるからな」
そう言ってハウストは苦笑しながらも三人の息子を見ました。
今の岩風呂も充分な広さだと思うのですが、湯船にザブザブと波がたっていて彼の眉間に皺が刻まれていく。
「ふふふ。せっかくお風呂に入ってるんですから」
ハウストの眉間の皺をモミモミしてあげます。
するとハウストと目が合って、私は笑いかけました。
「それもありますが、それだけじゃないですよ。ゼロスとクロードを取り戻すことができました。あなたとイスラのお陰です。ありがとうございます」
「お前をゼロスとクロードのところへ連れていくと言ったからな」
ハウストはそう言うと私の手に手を重ね、ゆっくりと指を絡めてくれます。
湯の中で手を繋いで、このまま甘えてしまいたい気分になる。こうして穏やかな気持ちでくっつけるのは久しぶり。ゼロスとクロードが戻ってきたからですね。
さり気なく擦り寄ると、ハウストに肩を抱かれました。
目元に口付けられて、恥ずかしさに目を伏せる。すると今度は頬に口付けられました。
いけません、嬉しさに口元が緩んでしまう。ハウストの頬にお返しの口付けをすると、彼は破顔して目を細めてくれました。
このままもっと触れあいたくなって、近い距離で見つめあった、その時。
――――ピュッ、ビシャ! ポタポタ……。
「ハ、ハウスト……」
ハウストの顔からポタポタと雫が落ちる。ハウストの顔面に水鉄砲が直撃したのです。
見るとゼロスが水鉄砲のポーズのまま青褪めていました。
「……ち、ちち、ちちうえ……。あの、その、……じょうずに、できたでしょ?」
そう、ゼロスはとっても上手に水鉄砲ができるようになったようです。たっぷりの水量を飛ばせるほどに……。
教えたイスラはさり気なく目を逸らしました。逃げる気満々です。
クロードは自分も水鉄砲をしているつもりになって手をにぎにぎしています。一人だけ事態を分かってません、赤ちゃんですからね。
「…………ああ、うまくなったな」
ハウストの低い声。
言葉は褒めているのに、口調はちっとも褒めてません。
濡れた前髪を掻きあげて、三兄弟をじろりと見やりました。
「そんなに遊びたいならこれで遊んでろ」
水面に魔法陣が出現し、渦が発生しました。ゼロスの体がぐらぐら揺れながら浮き上がりだす。渦は一気に盛り上がり、ゼロスを乗せたまま水柱になりました!
「わあああああっ! ちちうえ、すごーい!! きゃあああああ~!!」
ゼロスから歓声があがりました。
そう、ハウストは岩風呂に水柱を発生させてゼロスの体を持ち上げたのです。
しかも水柱は高くなったり低くなったりして、水柱に乗ったゼロスはキャアキャアはしゃいで楽しそう。
「おもしろい~! ちちうえ、もっと! もっとたかくして!」
ゼロスがお願いすると水柱が更に高くなって、しかもくるくる回転して、おおはしゃぎするゼロスの歓声が大きくなります。
こうしてゼロスが水柱に乗って遊んでいる横で、もう一つ小さな水柱。小さな水柱にはイスラがクロードを乗せていました。
「あぶ、あー」
「そうだ。クロード、うまいぞ」
「ばぶぶっ」
水柱の上で上手にバランスをとるクロード。
クロードは手をパチパチ叩いて喜びます。落ちないように時々イスラが支えていて、なんだか可愛いですね。
こうして水柱で遊びだしたゼロスやクロードに、ハウストは面白くなさそうに目を細めました。
「……仕置きのつもりだったんだがな」
「ふふふ、そういうことにしておきます」
「…………なにが言いたい」
「あなたのそういうとこ好きですよ?」
そう言って小さく笑うと、ハウストにじろりと睨まれてしまう。
睨んでも怖くありません。だって私は嬉しいのです。
今のあなた、とても優しい顔をしている。穏やかな眼差しで三人の息子を見守っている。それはあなたと出会ってから今日まで、あなたに少しずつ増えた表情でした。
ゼロスとクロードがいなくなって見られなくなっていたけれど、またこうして目にすることが出来て嬉しいのです。
こうして、私たちは取り戻した家族の時間を楽しみました。
家族でお風呂に入った後は夕食を囲みました。
今夜の食事は持参していた保存食の燻製肉やチーズ、デザートは甘い焼き菓子です。
デザートの焼き菓子を並べるとゼロスとクロードの顔がパァッと輝きました。
「わああああっ、おやつだ~!! ぼくたべたかったの!!」
「あぶっ、あーあー!」
クロードもパチパチ手を叩いて喜んでくれました。
ゼロスは焼き菓子のケーキを、クロードは赤ちゃん用のクッキーを頬張ります。
とても美味しそうに食べる姿に目を細める。十万年前の世界にこういったお菓子はまだなかったはずなので食べさせてあげたかったのです。
食事が終わればあとは眠るだけ。
今日はいろんなことがあったので、早めの就寝で少しでも疲れを癒してほしい。
洞窟の奥に柔らかなラグを敷き、そこにクロードとゼロスを寝かせます。
「ゼロス、クロード、おやすみなさい。今日は疲れたでしょう」
「……もうねるの?」
ゼロスが少し不満そうに言いました。
夕食の時から何度もあくびをして眠そうだったのに、いざ眠るとなると拗ねた顔になってしまう。
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