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第四章・木漏れ日の場所10

「今夜はもう眠る時間です。眠らなければ元気がでませんよ?」 「そうだけど……。……ブレイラは? ブレイラもねる?」 「はい、今夜はもう寝ますよ」 「ちちうえとあにうえは?」 「父上と兄上も寝ますよ。今日はみんな疲れていますから早く寝るんです。ほら、父上と兄上も横になっているでしょう」  四界の王の体力は規格外ですが、それでも疲労がないわけではありません。  十万年前に時空転移し、ゼロスとクロードが見つかるまでハウストとイスラは常に神経を集中した状態でした。だから今夜はゆっくり眠ってほしいです。  そしてゼロスとクロードは体力的にも精神的にも疲弊しているはずでした。 「ほんとだ、ごろんってした……」  ゼロスは横になったハウストとイスラを見て渋々納得してくれました。  こうして私たちは洞窟の奥で横になる。イスラ、私、クロード、ゼロス、ハウストの並びです。  クロードはハンカチを二枚握りしめると、一枚をお腹の上に置いて、もう一枚をいつものようにむにゃむにゃしゃぶり始めました。  私はお腹の上のハンカチを手に取ります。 「クロード、これはどうしたんですか?」 「あ、それおふとんなの。おなかひやしちゃダメだから」  ゼロスが教えてくれました。ゼロスはクロードのお腹の上にハンカチを広げてくれます。  その姿に、私たちがいない間のゼロスとクロードの姿を垣間見る。そうやって二人で支え合ったのですね。 「そうですね、お腹を冷やしてはいけません。温かくして眠りましょう」  私はそう言うと、ゼロスとクロードのお腹にハンカチを置いて、その上から上掛け用の布団もかけてあげます。  私の懐に擦り寄るようにして丸くなるクロードと、その向こうにいるゼロスへと手を伸ばす。布団の上から二人をトントンしてあげました。 「あうー……、あー……、むにゃむにゃ……」  私とゼロスの真ん中にいるクロードがうとうとし始めます。  お気に入りのハンカチをむにゃむにゃしながらうとうと……。とても眠たかったのでしょうね、すぐに瞼が下りて眠っていきました。 「クロード、ねむっちゃったね」 「赤ちゃんですからね。疲れているとすぐに眠るんです」 「あかちゃんだから、しょうがないね」 「ふふふ、そうですね」  私は小さく笑うとゼロスの短い前髪を撫でてあげました。  そのまま子ども特有の丸い輪郭をなぞって、ゼロスをトントンしてあげます。 「ちちうえもあにうえも、ねちゃった?」 「はい、二人も疲れていますから」 「そっかあ。…………。……おやすみ、ブレイラ」 「おやすみなさい、ゼロス」  私がそう言うと、ゼロスはぎゅっと目を閉じました。  クロードもハウストもイスラも眠ったので、自分も眠ろうとしているのでしょう。  そんなに頑張らなくても、目を閉じればゼロスはすぐに眠っていきました。とても疲れていましたからね。  こうしてゼロスは眠ったけれど、でもね、私には一つ気になることがありました。  それはゼロスが眠ってしばらく経って、私も入眠の微睡みにいた頃です。  静寂の中、…………むくりっ。眠っていたはずのゼロスが起きあがりました。  その気配に、私は薄く目を開ける。  ゼロスが起きあがって、ハウスト、クロード、私、イスラの顔をじーっと見ていました。家族全員の顔を見ると安心した顔になって、また横になって目を閉じます。  それはまるで私たちがいることを確認しているようでした。  私は唇を噛みしめて、震えそうになる指先を握りしめる。私が気になっていたのは、これでした。だって、ゼロスはまだ三歳なのです。  しばらくすると、眠ったと思ったゼロスがまた起きました。そして私たちがいることを確認して安心すると、また眠ろうと目を閉じます。  でも眠りは浅くて、何度もごろごろ寝返りを打っている。  どんなに眠ろうとしても安心して眠れないのですね。今日が夢みたいに楽しくて、ほんとうに夢じゃないかと怖くなってしまうのですね。  この子は離れている間、何度も夢を見たのでしょう。何度も思い描いたのでしょう。でも朝になって目覚めると私たちはいなくて、そのたびに心に寂しさが降り積もっていったのでしょう。  何度も目を覚ましてしまうゼロスの姿に、私は堪らなくなりました。  涙が溢れそうになって、目を閉じてぐっと耐える。そして優しい声色で声を掛けます。 「――――ゼロス、どうしました。眠れませんか?」 「わっ、ブレイラ……。……おきてたの?」  ゼロスがびっくりした顔で私を振り返りました。  私はゆっくり体を起こし、ゼロスにそっと笑いかけます。 「眠れないなら、私とおしゃべりしませんか?」 「ブレイラと?」 「はい。私も眠れないので話し相手になってほしいのです」  そう言って手招きすると、ゼロスの顔がパァッと輝きました。  寝床から起きあがって嬉しそうに私のところにきてくれます。 「なる! ブレイラのはなしあいてなる! なんのおはなしする?」 「ふふふ。少し外の風にあたりに行きましょう。ここでおしゃべりすると、みんなが起きてしまいます」  そう言うとゼロスの顔がますます輝きました。  いたずらをする時のような笑顔になって、ワクワクした様子で私を見上げます。 「ぼくとブレイラでないしょのおはなし、たのしみだねっ」 「そうですね。二人で内緒話しです」  二人きりのおしゃべりなので、イタズラ気分になっているのですね。  私とゼロスは手を繋ぎ、こっそり洞窟の外へ出ました。  夜空に浮かんだ満月が地上を明るく照らしています。木々の間を夜風が吹き抜けて、私とゼロスを優しく撫でていきました。  洞窟の入口の脇にある岩に腰を下ろす。ゼロスも私の隣に腰を下ろそうとしましたが、その前に。 「どうぞ、きてください」  ポンポンッ、私は自分の膝を軽く叩く。  するとゼロスは満面の笑みを浮かべました。 「だっこしたいの!?」 「はい、あなたを抱っこしたいです」 「そっかあ! だっこ、どうぞ!」  ゼロスが嬉しそうに私の膝を跨ぎ、向かい合ってぎゅっと抱きついてきました。  膝に乗った甘い重みと両腕の温もり。私も両腕でしっかりと抱きしめます。  私がゼロスの頭に頬を寄せて髪に唇を寄せると、ゼロスも身を丸めて、肩にすりすりと頬をくっつけて、可愛いですね。ただただ愛おしいという感情でいっぱいになる。

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