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第四章・木漏れ日の場所11
「ゼロス」
「なあに?」
「あなたのペンダント、クロードにかしてあげたんですね。クロードの首にかけてありました」
「うん、クロードだけまだなかったから……。クロードはあかちゃんだし、いるかとおもって」
「そうですね、クロードのはまだなかったですから」
先ほどクロードの首にゼロスの祈り石のペンダントがかけてあるのを見ました。ゼロスがペンダントをかしてあげた意味を思うと胸が苦しくなる。それは二人の旅路がとても困難なものだったということなのです。
でもゼロスはハッとしたように私を見ます。
「……ダメだった? ブレイラ、おこっちゃった?」
「ふふふ。怒るわけないじゃないですか、嬉しかったくらいですよ」
「よかったあ~。ぼくも、ブレイラはいいよっていうとおもったの。ブレイラはぼくとクロードがだいすきだから」
ゼロスが嬉しそうに言いました。
いい子いい子と頭を撫でてあげます。
「ゼロス、ありがとうございます。赤ちゃんのクロードが無事に生きているのは、あなたのおかげです。あなたが守ってくれたからです」
「うん! クロードはぼくのおとうとだし、あかちゃんだし、まもってあげなきゃとおもったの。いっしょにブレイラのとこかえりたかったから」
誇らしげに言ったゼロスに目を細めます。
二人はずっと私たちを探していたと聞きました。胸が切なくなるけれど、今は優しく笑いかけます。
「その通りですよ。私はゼロスとクロードが大好きなんです。だからずっと探していました。ゼロスたちも探してくれていたんですね」
「うん、クロードといっぱいさがした」
「大変だったでしょう。たくさん頑張ったんですね」
「まあね! でもだいじょうぶ、ぼくつよいから。だからだいじょうぶだった」
「そうですか」
私は頷いて、ゼロスを抱き締める腕に力をこめました。
『だいじょうぶ』とあなたは言うけれど、眠れないじゃないですか。だいじょうぶなわけないじゃないですか。
でも、私がゼロスを慰める術は限られていて、どんなに願ってもあなたの辛い記憶を消すことはできない。
だからせめて聞かせてください、あなたのことを。
「ゼロス、聞かせてください。あなたの話しが聞きたいです」
「ぼくのおはなし?」
「はい、ゼロスがクロードとどうやってすごしてきたか。なにを食べ、なにをして、どこを歩き、誰と出会い、どこで休み、なにを思っていたか。楽しかったこと、悲しかったこと、辛かったこと、あなたが感じたこと。あなたが話したいことを話してください。私はあなたの話しが聞きたいです」
「ぼくのこと……。……うーん」
私が聞くとゼロスはむむっと難しい顔をしました。
「うーん、うーん」と悩んで考え込んでしまう。旅路の日々を頭の中で整理しているようです。
私はゼロスを抱きしめたまま、旅路の整理が終わるのを静かに待ちます。きっと今夜だけでは終わらないでしょう。それでも構いません、長い月日が必要になってもゼロスの中で整理が終わるまで寄り添います。
待っていると、ゼロスがぽつぽつと話しだしました。
「ぼくとクロード、ずっとおしろさがしてたの。ぼくたちのおうち」
「そうですか」
「うん。ちちうえと~、ブレイラと~、あにうえと~、ぼくと~、クロードのおうち!」
順番に指を立て、ごにん! と見せてくれます。
ゼロスにとっておうちとは、私たちがいる場所のことなのですね。
「おうちにかえりたかったけど、おうちなかったの。でもブレイラも、ぼくたちがいなくてかなしくなっちゃってるとおもったから、いっぱいさがしてた」
「はい、悲しかったです。ゼロスにはなんでもお見通しですね」
「まあね!」
それからもゼロスはたくさんのことを話してくれました。
クロードと二人で野営したことや、狩りをしたこと、クロードとのおしゃべり、村ではニワトリや牛の世話をしたことも教えてくれました。
つたないながらも思い出しながらたくさん話してくれます。辛そうな顔をしてしまうこともあったけれど、あんなこともあった、こんなこともあったと、楽しかったことも悲しかったことも話してくれました。
でも今話してくれているのは、きっとゼロスが体験したほんの一部分。一夜では語りきれないほど多くの経験が心に刻まれたことでしょう
「このどうくつね、ぼくとクロードのおうちにしたの。でもクロードはぼくがいなくなったとおもって、わああああんっていっぱいないた。はなみずもいっぱいでてるの。これくらい」
ゼロスが顎を指差して「こんなたくさん。びっくりした」と笑っています。
私も笑って聞きましたが、クロードが聞いたら怒ってしまうかもしれませんね。
「クロードね、ぼくのこと『にー』てよんだ」
「それは驚きました。クロードは『にー』と呼べるようになったんですね」
「うん。にーだって、あにうえなのにね」
そう言いながらもゼロスは嬉しそうに笑います。
その顔が可愛くて、目元に唇を寄せました。
「クロードはまだ赤ちゃんですから、『にー』って呼ぶんですね」
「ぼくもよんでた?」
「はい、まだ赤ちゃんの時はイスラのことを『にー』と呼んでましたよ」
「そっかあ」
ゼロスが照れ臭そうにはにかみます。
そのまま私の肩に擦り寄って、すりすりと。くすぐったい感触に私も小さく笑う。
「クロードの『にー』、私も聞いてみたいです」
「いいよ。クロードにおはなしして、ブレイラにもきかせてあげるね」
「ふふふ、お願いします」
そう約束すると、ふとゼロスの瞼が重くなっていることに気付きます。
眠くなってきたようですね。
「眠ってもいいですよ?」
「……ううん。ねむたくない……」
「こんなに眠そうなのに?」
瞼を指で撫でると、ゼロスがむずがるように首を横に振りました。
まるで逃げるような仕種に、ゼロスを抱きしめる腕に力をこめる。すると少しだけゼロスの体から力が抜けて、戸惑いながらも口を開きます。
「…………ねむたいけど、おきちゃうの」
「そうですか、おきちゃうんですか」
「うん……」
小さく頷いて、そのまま視線を落としてしまう。
私はゼロスの頬に手を添えると、そっと顔をあげさせました。
そのまま近い距離で見つめ合う。
そして、じっと見つめたままゼロスと約束します。
「それなら約束しましょう。あなたが眠るまでこうして抱っこしていてあげます。そして朝になって目覚めた時も、あなたの目に一番最初に映るのは私です」
「やくそく……?」
「はい。目を閉じるその時まで私を見ていてください。目覚めの時も、あなたが最初に目にするのは私です。そうでなければいけません」
怖いのなら、私を見ていればいいのです。私だけを見ていてください。
私をじっと見つめるゼロスの青い瞳。私も見つめ返して、優しく笑いかけてあげました。
私はゼロスを抱きしめ、いい子いい子と頭を撫でてあげます。
そうしているうちにゼロスの瞼がうとうと……重くなってきましたね。
「うー……、ブレイラ……」
「ちゃんといますよ」
「うん……。……スヤスヤ…………」
間もなくしてゼロスから寝息が聞こえてきます。
目を閉じるまで私を見ていてくれましたね。
私はゼロスの寝顔を見つめ、その額に口付ける。どうか悪夢など見ませんように。どうか優しく癒されますように。
こうしてゼロスを抱っこして夜風にあたっていると、洞窟からハウストが出てきました。
「ようやく寝たか」
「あなたも起きていましたか」
「あんなに見られたら誰でも起きる」
ハウストは呆れた口調で言いましたが、ゼロスを見つめる眼差しは優しい色をしていました。
「ゼロスとクロードが無事で良かったです」
「ああ、そうだな」
「辛い思いをたくさんさせてしまいました……」
私もハウストもやるせない思いでいっぱいになる。ゼロスとクロードが辛い思いをしている時に、助けることも、側にいることも出来なかったのですから。
少しの沈黙が落ちたあと、ハウストが眠っているゼロスの頭に手を置きました。
「ブレイラ、そろそろ休むぞ。貸せ」
「ありがとうございます。お願いします」
ハウストが眠っているゼロスを抱き上げてくれました。
移動してもゼロスは起きないので、どうやらぐっすり眠っているようです。それが少しだけ救いでした。
私はゼロスの寝顔を覗き込みます。
「可愛い寝顔ですね。さっきはたくさん話しを聞かせてくれました。クロードが『にー』と呼んだそうですよ」
「そうか」
「はい、旅の間いろいろあったようです。辛いことも、楽しいことも……」
先ほどのゼロスの話しを思い出すと胸が締め付けられました。
でも不意に、ハウストに抱き寄せられました。そして彼の大きな手が私の頭に置かれ、そのまま肩に伏せさせられます。
「ブレイラ」
「なんでしょうか」
「よく耐えたな」
「っ、はい……」
ゼロスの前では我慢していた涙がぽろぽろ溢れてきてしまう。
そんな私を慰めるように、ハウストが静かに髪を撫でてくれました。
しばらくして洞窟に戻ると、横になっていたイスラがむくりっと上体を起こします。
どうやらイスラも起きていたようですね。
イスラはハウストが抱っこしているゼロスを見ると、私に聞いてきます。
「寝たのか?」
「はい、寝ました」
「そうか。おやすみ」
イスラはそれだけ確認すると、寝床で横になって目を閉じました。
イスラも眠れないゼロスを心配していたのですね。
私は小さく笑うと、ハウストとともに寝床に入ります。
ハウストがゼロスを起こさないようにゆっくりと寝かせました。
するとゼロスはむにゃむにゃ口を動かして、小さな寝言。
「スースー……、ちちうえとあにうえ、…………へんなの~……、スヤスヤ……」
家族で遊んでいる夢を見ているのでしょうか。ニコニコした寝顔が可愛いです。
私は微笑ましい気持ちになりましたが。
ああ、いけません。寝言の内容にハウストが目を据わらせ、目を閉じているイスラの眉間もぴくりっと反応します。……二人ともがまんです。がまんですよ。今のゼロスは甘えたいのです。
こうしてなんだかんだありつつも、ぐっすり眠るゼロスとクロードの寝顔に私たちは安心しました。
翌朝、ゼロスの目覚めと同時に顔を覗き込んであげました。
するとゼロスは寝起きなのに瞳をまん丸にしてびっくり顔。
その顔がおかしくて笑いかけると、ゼロスもみるみる笑顔になっていく。
「おはようございます、ゼロス。よく眠れましたか?」
「ブレイラだっ、ブレイラだあ~~! おはよう!!」
ゼロスは飛び起きて挨拶すると、元気にぎゅっと抱きついてきました。
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