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第五章・初代四界の王VS当代四界の王(※家族五人)1
ゼロスとクロードを見つけた翌日。
私たちは朝から賑やかな時間をすごしていました。
保存食の朝食は城の朝食よりも質素ですが、それに負けないくらい美味しく感じているのはきっと家族全員が揃っているからですね。
今も朝食を囲みながら楽しいおしゃべりです。
「あっちのやまに、おいしいくだものあったの。こっちにもあった!」
「あぶ、あー。……ちゅちゅ。あうー、あー」
ゼロスが洞窟周辺になにがあるか教えてくれます。クロードもミルクを飲みながらなにやらおしゃべり。これはクロードも会話に参加しているつもりになっていますね。
二人にとって今回のことは辛い経験も多かったですが、こうして少しずつおしゃべりしてくれます。おしゃべりすることで気持ちの整理もつくのでしょう。
「そうですか、ゼロスとクロードはたくさん知っていますね。びっくりしました」
「まあね。クロードとたくさんあるいたから。でも……」
話している途中でゼロスが拗ねた顔になりました。
プンプンした顔でミルクを飲んでいるクロードを見ます。
「クロードおんぶすると、うしろがつめたくなるの。ここ」
そう言って指差したのはうなじの辺り。
……ああなるほど、察しましたよ。
話しを聞いていたハウストとイスラも無言で頷いています。二人も経験があるのです。もちろん私も。
「ぼくはダメっていったのに、クロードはハンカチむにゃむにゃしてるから」
「ふふふ、クロードはハンカチをおしゃぶりするのが大好きですからね」
私は笑うと、今度は膝抱っこしているクロードを覗き込みました。
クロードは両手で哺乳瓶を持って飲んでいます。以前よりずっと上手に一人で飲めるようになりましたね。
「クロードもたくさん教えてくれてありがとうございます。あなた、おしゃべりが上手になりましたね。『にー』と呼ぶようになったと聞きましたよ」
「あうーあー。……ちゅちゅ、ちゅちゅ。……あいっ」
「はい、ごちそうさまでした」
飲み終わった哺乳瓶を渡されました。
お腹いっぱいになったクロードは満足そうにお気に入りのハンカチで遊びだします。
くしゃくしゃと丸めたり広げたり……。クロードのハンカチ遊びは相変わらず謎が多いですが本人はとても楽しそう。私も見ているだけで楽しい気持ちになりますよ。
でも、ゼロスはクロードともっとおしゃべりしたいようです。
「クロード、ぼくのこと『にー』ってよぶんだよね! ブレイラもききたいんだって、いってみて!」
ゼロスがワクワクしながら話しかけました。
昨夜の約束を覚えていてくれたのですね。
ゼロスがクロードの正面まで来て顔を覗き込みます。
「クロード、いってみて。にー」
「…………」
しかしクロードはハンカチ遊びに夢中のようで、……ちらり。ゼロスを見たものの、またハンカチ遊びに集中し始めました。どうやら『にー』と呼ぶ気分ではないようです。
「ねえねえ、きいてる? ほら、にー」
なんとか呼ばせようとするゼロスと、それを無視してハンカチ遊びに夢中になるクロード。
……どうしましょう。止めた方がいいんでしょうか。ケンカになってしまうかもしれません。
私は困惑してしまいましたが。
「もう、クロードはしょうがないなあ~」
ゼロスが呆れた口調で言って、自分のズボンのポケットに手を突っ込んだかと思うと。
「あった~!」
取り出したのは朝食のビスケット。それは赤ちゃんもおいしく食べられるお菓子。ポケットに入れて残しておいたのですね。
気付いたクロードもハッと顔をあげます。しかも瞳をキラキラ輝かせて。
「クロード、これたべる?」
「にー!」
クロードが即座に答えました。
ゼロスは満足そうに頷いて、ポケットからもう一つ。
「もういっこあるんだけど」
「にー! にー!」
「じょうずじょうず。ね、にーってよんだでしょ?」
「た、たしかに呼びましたけど……」
同意を求められたけれど、この場合は……。悩みどころです。
でもクロードとゼロスはビスケットを半分こして、微笑ましい光景に絆されてしまう。
赤ちゃんにしてはクールなクロードが以前よりゼロスに甘えるようになったような、そうでないような……。とりあえずクロードも以前より成長したということですね。
「ゼロスとクロードは仲良しですね。以前ならケンカになっていたのに」
「そういう問題か? ……クロードは次の魔王なんだが」
ハウストが複雑な顔で言いました。
お菓子につられるのは赤ちゃんだから仕方ないと思うのですが、魔王的には複雑なようです。
「ふふふ、次代の魔王は三男ですから」
そう、次代の魔王は三男。勇者と冥王という二人の兄上がいます。
前代未聞なことですが、だからこそ楽しみではないですか。きっと誰も想像したことがないような、今までにない時代が訪れるでしょう。
朝食が終わると、私は湧水で洗った洗濯物を干していました。もちろんゼロスとクロードのハンカチも一緒に。
ハウストが木を倒して洗濯物を干せるように組み立ててくれたので助かります。ほんと四界の王ってなんでもできますよね。
「ゼロス、そっちのシャツも持ってきてください」
「は~い! どうぞ!」
「ありがとうございます。助かりました」
「どういたしまして! ほかには?」
「では、そこの洗ったばかりのハンカチを干してください。できますか?」
「できる!」
ゼロスは自信満々に言うと、さっそくハンカチを干してくれます。
私の側にはクロードがちょこんとお座りして、地面の小石をつついり、投げたりして遊んでいます。
他にハウストは狩りに行き、イスラは石を積み上げて釜土を作ってくれていました。洞窟の調理場です。
そう、私たちはしばらく洞窟で暮らすことになったのです。
朝食を食べ終わった後、これからのことを話し合いました。
ゼロスとクロードを取り戻した今、もうこの十万年前の世界に滞在する理由はありません。
今からでも元の時代に帰りたいけれど、ジェノキスが戻ってくるまで待たなければいけません。なにより元の世界に帰るには、禁書を作った初代精霊王の力添えも必要でした。
こうして私たちは話し合っていたわけですが、ふとゼロスがきょとんと見上げていました。
『ゼロス、どうしました?』
『おしろにかえんないのかなって』
なにげないゼロスの質問。
でもその質問に、私とハウストとイスラはハッとして顔を見合わせる。そう、ゼロスはここが十万年前の初代四界の王の時代だと知らないのです!
うっかりしていました。ゼロスとクロードは何も知らないまま時空転移されたのです。このままではよくありません。赤ちゃんのクロードはともかく、三歳のゼロスには話しておいた方がいいでしょう。
私はゼロスが理解できるように、易しい言葉を選んでここが昔の時代だということを説明しました。
ゼロスはうんうんと頷いて私の話しを聞いてくれます。これで大丈夫でしょう。
『――――というわけで、ここは私たちの世界じゃないんです。ここから元の時代に戻るには、初代精霊王様の禁書と時空転移魔法が必要なんですよ』
『ふ~ん、そうなんだあ』
お返事してくれました。
でも。…………ああ、よく分かってない時のお顔をしてますね。
イスラも腕を組み、あやしい……と言わんばかりの顔でゼロスを見下ろしています。
『お前、分かってないだろ』
『わかってるもん!』
『じゃあ言ってみろ』
『えっと、えっと……、まだおしろにかえんないってことでしょ?』
『それだけか。もっとちゃんと聞け』
『ああ、ツンツンしないで~っ』
イスラが少し呆れた顔になってゼロスの額をツンツンします。
ゼロスは両手で額を隠し、『ブレイラ、あにうえがツンツンするの!』と私の後ろに隠れてしまいました。
笑ってはいけないのに、二人のやり取りに笑ってしまいます。
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