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第五章・初代四界の王VS当代四界の王(※家族五人)11

「どうしました。イスラも行きますか?」  冗談めかして森の奥を指差すと、イスラが苦笑して首を横に振りました。 「俺はまだいい。それに行きたくなったら勝手に行くから」 「子どもの頃は必ず私を呼んでくれたのに」 「…………忘れた」 「ふふふ、いつでも思い出していいですからね。それでは、私になにか言いたいことでもありましたか?」  私が改めて聞くとイスラは少し困った顔になりました。  なにやら悩んで、でも少しして慎重な口調で聞いてきます。 「…………ブレイラ、欲しいものあるか? 人間界のものなら何でもいい」 「欲しいもの? ……特にありませんけど」  突然のことに目をぱちくりさせてしまいました。  いったいなんなんでしょうか……。でもイスラの奇妙な質問は続きます。 「それじゃあ、どこか行きたい所は? どこでも連れてくぞ」 「今は特にありませんが……」 「それなら食べたいものは? もうすぐおいしい茶葉の花が咲くようだ」 「おいしい茶葉は興味がありますが……、……イスラ?」  なにか企んでませんか? 私はじっとイスラを見つめました。  いつものイスラですがいつものイスラではありません。  じーっと見つめていると、イスラはまたしても困った顔になりましたが観念したように話しだします。 「……ブレイラが怒ってるんじゃないかって……」 「私が? …………あっ! もしかしてっ」  ハッとイスラを見つめました。  もしかしてこれはハウストの言っていたイスラのご機嫌伺い!?  どうしましょうっ。ニヤニヤしてしまいます。  頬が緩んでしまって……、ああいけません、イスラが不貞腐れた顔で私を見ています。 「…………笑うなよ」 「怒らないでください。なんだかいい気分で」 「いい気分ってどういう意味だ」  怒られたけれどクスクス笑ってしまう。  でもこれ以上笑ってはいけませんね。イスラが不機嫌になってしまいます。 「気を悪くしないでくださいね。少し嬉しい気持ちになったので」 「嬉しくなったのか? 俺は……勝手にいろいろ決めたから、ブレイラが怒ったり不安になったりしてるかと思ったんだ……。……してなかったか?」 「してたかもしれませんが、してませんでしたよ?」 「どっちだよ」  呆れた顔になったイスラに笑いかけました。  さっきまで悩んでいたのに、今イスラが目の前にいて私を見ている。それだけで充分な気持ちになります。 「あなたが歴代最強の勇者になろうとしている時、私を思い出してくれました。思い出してくれたからといって思い止まってくれたわけではありませんが、なんだかそれが嬉しかったんです」  私はそう言うとイスラの手を両手で優しく包みました。  そしてゆっくりと手を持ち上げて、イスラを真っすぐ見つめます。 「あなたは人間の王。剣を握った時から負けることは許されません。たとえ相手が初代勇者であろうと戦うからには勝ってください。いいですね?」 「ああ、俺は負けない。俺は歴代最強の勇者になる。それはブレイラが誇るに相応しい男ということだ」 「信じています」  私はイスラを見つめて頷きました。  私を見つめる紫の瞳は勇者の瞳。イスラがこういう瞳をする時、後ろを振り向かずに歩むとき。  ほんとうはね、不安がないといえば嘘になります。でもそれはハウストに打ち明けました。だから私はイスラの背中をそっと押すだけ。優しく笑いかけます。 「頑張ってください、応援しています。それと、私は今のままでもあなたを充分誇ってますからね」 「もっとだ」 「欲張りですね」 「王とはそういうものだろ」  イスラが冗談めかして言いました。  おかしくなってクスクス笑っていると、森の奥からハウストとゼロスが戻ってきます。 「おまたせ~」  スッキリ顔のゼロスがハンカチで手をふきふきしながら歩いてきます。  ハウストが手も洗わせてくれたようです。  のん気なゼロスにイスラが「……別に待ってないぞ」とぼそり……。それはゼロスの耳に届いていたようで、「まってるもん!」とイスラの足にしがみ付いて言い返しました。  どうやらゼロスは無事に間に合ったようですね、ハウストに礼を言います。 「ありがとうございました。大変だったでしょう」 「あいつギリギリだったぞ。あと少しで漏らされるところだった」  ハウストがそう教えてくれましたが、これも聞こえていたようで「ちちうえーっ、いっちゃダメでしょ!」とゼロスがイスラにしがみ付いたまま声をあげました。本当にぎりぎりだったようですね。  私はゼロスにじゃれつかれるイスラを見つめます。イスラはゼロスを軽くいなしながらも構ってあげている。優しい兄上ですね。強くて優しい、私の子どもです。

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