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第五章・初代四界の王VS当代四界の王(※家族五人)13
翌日、私たちは朝食を終えるとさっそく散策に出かけました。
今日は朝から青空が広がっていて散策日和というものです。
私は抱っこ紐でクロードを抱っこし、隣を歩いているハウストの腕に手を掛けています。少し前を歩くのはイスラとゼロス。特にゼロスは張り切って先導してくれていました。
「あっちにかわがあって、こっちにおっきなきがあるの。むこうはおっきいどうぶつさんのおうちがあった」
ゼロスが教えながら歩いてくれます。
それを聞いているクロードも私に抱っこされながら小さな指をあちこち差して、「あー」とか「うー」とかおしゃべりします。きっとゼロスと一緒になって教えてくれているのでしょう。
「ハウスト、見てください。あそこに果実が実っています」
「あれはこの時代から変わってなかったのか」
「そのようですね。味も変わらないのでしょうか」
見上げた樹木に赤い果実が実っていました。それは私たちの時代の魔界でもよく見かける果実でした。
「ぼくがとってきてあげる!」
ゼロスはそう言うと身軽にするする樹に登りました。
樹の下にはイスラが待ち構えています。
「ゼロス、落としていいぞ! ちゃんと選べよ?」
「はーい!」
ゼロスが枝から果実を五つ落とします。ポイポイッ。もちろんイスラが全部受け止めてくれました。
最後にゼロスが枝から飛び降りて、イスラから果実を受け取ると私に差し出してくれます。
「ブレイラ、どうぞ」
「ありがとうございます。よく実った果実です」
どれもおいしそうに実った果実ばかり。
手のひらサイズの果実をひとつ受け取ると、抱っこしているクロードにも見せてあげます。
「クロード、兄上たちが採ってくれました。おいしそうですね」
「あいっ。あーあー!」
「ふふふ、食べたいんですね」
「あそこで少し休むか。そろそろ疲れただろ」
ハウストが指した先にはぽっかり開いた日溜りがありました。休憩するには打ってつけの場所です。
「そうですね、ありがとうございます」
私たちは日溜りの明るい場所へ行きました。
ここは山中にあっても傾斜が緩やかで、私は木陰の岩に腰を下ろすように促されます。
「ここで休んでろ」
「はい。ではさっそくいただきましょう。ゼロスとクロードのは食べやすく切ってあげますね。イスラ、短剣を貸してください」
「気を付けろよ?」
「私を誰だと思ってるんですか」
イスラから短剣を受け取り、ゼロスとクロードの果実を切ってあげます。もちろんクロードの分は更に薄く小さく切ってあげました。
「どうぞ、食べてください」
「わあっ、ブレイラありがとう~! いただきまーす!」
「あぶっ。あーん、モグモグ、ちゅっちゅっ……」
さっそく齧りついたゼロス。それを見たクロードもあーんとお口に入れてモグモグします。
ハウストとイスラは大きな口で丸ごと齧りついてあっという間に食べてしまいました。
おやつの果物を食べると、どうやらハウストとイスラは今から鍛錬を始めるようです。
「行くぞ、イスラ」
「分かった」
ハウストとイスラは剣を構えて対峙します。
でもいつもの手合わせのように剣を打ちあうことはなく、剣技や体術の型の確認や、魔力の制御など、地味ながら集中力を必要とする基本動作の鍛錬を始めました。
生まれながらに規格外の力と才覚を持っている四界の王ですが、だからといってハウストとイスラは決して基礎鍛錬を怠ったりしません。イスラなどは一時隻腕になっていた時も鍛錬を続けていました。
「イスラ、以前より可動域が広がったな。腕力も上がっている」
「ああ、だが速さが少し落ちたような気がするんだ」
「こればかりは仕方ない。俺の大剣も破壊力を優先して速さを殺すものだ」
そう言ってハウストが大剣をひと振りします。
ビュッと空を切る音。私には凄まじい豪速に見えましたがハウストは少し面白くなさそうです。
ハウストとイスラは私には理解できない領域の話しをします。それは私の知らないハウストとイスラということ。イスラがまだ幼い子どもだった頃、ハウストはこうして戦い方を教えていったのですね。
こうして二人を眺めていると、ふとイスラがこちらを振り向きます。
「ゼロス、お前も来い! ついでに見てやる!」
「えっ、ぼくも!?」
ビクリッ、ゼロスの小さな肩が跳ねました。
ゼロスは私の隣で果実を食べながら見ていました。まさか自分も呼ばれるとは思っていなかったよう。
「きょうは、ちちうえとあにうえだけじゃないの!?」
「そんなわけないだろっ。剣の素振り毎日三千回してるだろうな!」
「し、してる……」
「よし、見てやる」
「うぅ、わかった……」
自由奔放なゼロスも兄上には逆らえないようです。
以前は一日五百回だった剣の素振りが三千回に増えていました。ゼロスの成長に合わせてイスラが鍛錬メニューの調整をしているのでしょう。イスラがハウストを師として強くなったなら、ゼロスはイスラを師として強くなっていくのでしょうね。
ゼロスは残っていた果実を急いで食べると立ち上がりました。でも気分は乗り気でないようで元気がありません。この子はまだ甘えたい気持ちが強い子ですから。
「ブレイラ、いってきます……」
「いってらっしゃい。……あ、ちょっと待ってください」
私はゼロスを手招きすると、ハンカチで口の周りを拭いてあげます。
果物の果汁で真っ赤になっていたのです。今から鍛錬だというのに、これじゃあ気合いが入りませんね。
「きれいになった?」
「はい、綺麗です。鍛錬、頑張ってくださいね。応援しています」
「うんっ。ちちうえとあにうえ、おまたせ~!」
ゼロスが元気に駆けだしました。
やる気になってくれたようで良かったです。
私は抱っこしているクロードに笑いかけます。
「クロード、あなたももう少し大きくなったら兄上たちの仲間入りをするんでしょうか」
「あぶぶっ。むにゃむにゃ……」
クロードがハンカチをむにゃむにゃしています。お腹いっぱいになって上機嫌のようですね。
私は三人の鍛錬を見学しながらクロードを構っていましたが、ふとなにげなく空を見上げます。
「あれは……?」
青空に眩しい太陽。燦々とした光のなかに小さな黒い影が見えて、目を眇めます。なんでしょうか、何かが空から落ちて……。
そう気付いたのと、ハウストとイスラの様子が変わったのは同時。
「イスラ、ブレイラとクロードを守れ!!」
「任せろ!」
イスラが私の周囲に防壁魔法を発動した、次の瞬間。
――――ガキイイイイイイイイィィィン!!!!!! 衝突した大剣と大剣。
凄まじい轟音と衝撃波が広がり、私は驚愕に目を見開きました。
「オルクヘルム様っ……!?」
そこにいたのは幻想王オルクヘルム。
そう、オルクヘルムが大剣を振り下ろして空から突っ込んできたのです。
咄嗟にハウストが地上から大剣で受け止めたものの、衝撃波が周囲の木々をなぎ倒す。イスラの防壁魔法が間に合わなければ私など吹き飛ばされていたでしょう。
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