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第五章・初代四界の王VS当代四界の王(※家族五人)17
「立派に教育してるじゃねぇか、完璧だぞ?」
「……ゼロスとクロードは純粋で素直ないい子なんです」
「そんないい子の前で、まさか俺を放りだしたりしねぇよな?」
「暗くなるにはまだ早い時間です。今ならまだ明るいうちに帰れますよ」
「おいおい、腹を空かせた男を放りだすなんて教育に悪すぎだろ」
「くっ、ああ言えばこう言うっ……」
悔しさにギリリッとしてしまう。
ニヤニヤしているオルクヘルムが憎たらしい。
でもここで無理やり追い返せば、私は危険な夜の森に空腹の男を放りだした極悪人みたいな……。
悔しいけれど、たしかに教育上よくないかもしれませんっ……。
「ブレイラ、まさか純粋なガキどもの前で俺に帰れなんて言わないよな?」
「っ、……仕方ないですね。今晩だけですからねっ」
こうして渋々と了承することになり、今夜はオルクヘルムも私たちと過ごすことになるのでした……。
その日の昼下がり、私とハウストは山の麓の村へ向かっていました。
急遽、オルクヘルムが私たちの暮らす洞窟に一泊することになったので夕食の材料を揃えなければならなくなったのです。
その為、私とハウストが村へ食材の調達へ、イスラとゼロスとクロードとオルクヘルムの四人が狩りに行ってくれました。
ゼロスとクロードはまだ幼いので心配ですがイスラとオルクヘルムが一緒なので大丈夫、……いえこの場合、オルクヘルムがいるから心配といえば心配です。
「ハウスト、あの四人は大丈夫でしょうか。オルクヘルム様とゼロスが戦い始めたりしませんよね」
一応、オルクヘルムとゼロスの戦いも初代イスラとイスラが一騎打ちする同日ということになっていますが、オルクヘルムは戦いに関して血気盛んになるようなので心配です。幼いゼロスも簡単に挑発に乗ってしまうでしょう。
しかし心配しているのは私だけで、ハウストは特に気にしている様子はありません。
「大丈夫だろ、オルクヘルムはああ見えて分別のある男と見受ける」
「……そうでしたか?」
「ああ、そうでなくては幻想王など務まらない。それにイスラも一緒だ」
「…………。分かりました、あなたがそう言うなら」
オルクヘルムのことはよく分かりませんが、四人はもう狩りに出かけてしまいました。今は信じるしかありません。
ああ、でもやっぱり心配でぐるぐる考え込んでしまいます。
うんうん悩んでいましたが、ふと視線を感じて顔をあげました。
「どうしました。なにかありましたか?」
ハウストが面白くなさそうに私を見ていました。
首を傾げるとハウストが少し不機嫌に言います。
「……お前、気付かないか?」
「どういう意味です?」
まったく意味が分かりません。
でもハウストは神妙な顔で続けます。
「ほんとに気付いてないのか? 今、俺たちは――――二人きりだ」
「!! あっ、あああ!!」
二人きり!
そう、私たちは二人きり!!
気付いてしまった状況に衝撃が走りました。
だってハウストと二人きりなんて久しぶりなんです。しかも一番の心配事だったゼロスとクロードを無事に発見し、落ち着いた状況で二人きり!!
ああダメですっ、意識すると先ほどまでの悩みが嘘のように消えて浮かれた気分になってしまう。みるみる頬が緩んでいく私に、ハウストが「そうだ、そういう状況だ」とゆっくりと頷きました。
「ハウスト、どうしましょう。……私、今とても恥ずかしい顔をしています」
「それはぜひ見たいな」
「ダメです。きっと変な顔をしています」
意識した途端、顔が熱くなっていきます。耳まで熱くなって、きっと私は恥ずかしい顔をしています。
口元までニヤニヤ緩んできてしまって、慌てて両手で顔を覆いました。
「おい、隠すなよ」
「も、もうちょっと待ってください。元に戻るまで」
「なんだ、ニヤニヤしてるのか」
「……そんなはっきり言わないでください」
やはりバレてしまっていますね。
顔を覆った指の間からハウストを見ると目が合いました。
ハウストは嬉しそうに目を細めて私の指に口付けます。
手首を掴まれ、何度も指に口付けを落とされる。そうされているうちに私の手から力が抜けていきました。
「やっと顔を見せたな」
「あなたのせいです」
「そうだ、俺のせいだ」
俺のせいだと言いながらハウストが私の唇に口付けました。
口付け一つに私の心も浮き立って、ハウストの広い背中に両腕を回して抱きつきます。
「ん、……う、ハウスト」
そっと名を呼ぶとハウストが私を抱きしめてくれる。
力強い腕にすっぽりと抱きしめられると、全身からほっと力が抜けるような安らぎを覚えました。
十万年後の世界に来てからずっと緊張していたのでしょうね。でもゼロスとクロードを見つけて、こうして落ち着いた中で抱きしめられて安堵したのかもしれません。
「二人で出掛けるなんて久しぶりですね。まさかこの時代に来て、こんな時間がもてるなんて思いませんでした」
「ああ、ずっと落ち着かなかったからな」
そう言ってハウストが私の目元に口付けてくれます。
触れあうような口付けを交わしながら言葉を交わし、目が合うとどちらかともなく笑いあいました。
「デート、ですね」
「デート、だな」
『デート』という言葉が甘くくすぐったい。
本当は食料調達をしなければいけないんですが、少しくらいデート気分を楽しんでもいいですよね。
私とハウストの立場上、デートを実行するのは簡単なようでとても難しいことなのです。でも十万年前のこの世界なら誰の目も気にすることなくデートができます。
「ハウスト、行きましょう。日が暮れる前に帰らなければいけませんから」
「ああ、せっかくだ。ぎりぎりまで楽しむか」
「ふふふ、嬉しいです」
私は小さく笑うとハウストの腕に手を掛けました。
こうして私たちは寄り添って山の小道を歩きます。
いけませんね、わざとゆっくり歩いてしまう。でもハウストは気付かない振りをして歩調を合わせてくれました。
山の麓までくると黄色い小花がたくさん咲いています。まるで黄色い絨毯を敷いたようですね。
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