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第五章・初代四界の王VS当代四界の王(※家族五人)25

「そうか、お前の弟か。ハハハッ、そりゃそうだ、心配しないわけねぇよなっ」  オルクヘルムはひとしきり笑ったが、ふいに真剣な顔になる。そして。 「だが、王だろ」 『王』その言葉にイスラは黙ったままオルクヘルムを見た。  それはオルクヘルムが続ける言葉がどんなものか、どんな意味か分かるからだ。 「王が王である限り俺は容赦しない。たとえそれが未熟な王であろうと、まだ三歳のチビガキだろうとな。俺は幻想界の幻想王だ」  ゼロスが冥界の冥王であるように、オルクヘルムは幻想界の幻想王である。十万年後の四界のこととはいえ幻想王が冥王の存在を認めることは出来ない。 「チビガキが冥王である限り排除する。冥王の存在は認められない」 「ゼロスに冥王をやめさせるのが目的か」 「ああ、当然だろ? 俺は幻想界の幻想王だからな」 「そうか……」  イスラはそれ以上なにも言えなかった。  オルクヘルムとゼロスの戦いは、王の矜持を守るためのものなのだ。勇者のイスラも人間の王として理解できないものではなかった。  オルクヘルムとゼロスの一騎打ちは避けられない。それがゼロスにとって生まれて初めて死闘を覚悟しなければならない厳しい戦いであったとしてもだ。  イスラは黙り込んだが、今度はオルクヘルムがイスラに聞く。 「お前こそ勝算はあるのか?」 「なんのことだ」 「あのクソガキ勇者と戦うんだろ」 「初代勇者のことか。俺が勝つに決まってるだろ」  あっさり答えたイスラにオルクヘルムがニヤリと笑う。 「それならいい。絶対勝てよ? なんなら遠慮なく殺せ」 「…………。……は?」  イスラは目を瞬いて振り返った。  まさか応援されるとは思っていなかったのだ。 「……俺が初代勇者を倒したら、人間界に攻め込むのが簡単になるってことか?」 「ハハハッ、それもある、だがそれだけじゃねぇよ」  オルクヘルムは軽い調子で言ったが、そこに少しの哀愁を滲ませていた。  それをイスラは訝しむがオルクヘルムが話しだす。 「十万年後の勇者から見て、この世界はどう映る。きっとお前たちの時代に比べれば文化も秩序も未熟だ。野蛮に映ってるところもあるだろ」 「ああ、命の価値が低い。野蛮だ。その辺に死体が転がってるのもなんとかしろ」 「おい、あっさり答えるなよっ。少しくらい否定しろ、しかも文句言いやがって」 「俺は嘘をつかない」 「お前、嫌なガキだな~!」  憎たらしいガキだと言いながらもオルクヘルムは鷹揚に笑った。  ひとしきり笑うとまた話しだす。 「この時代では四つの勢力が均衡している。平和的な均衡とはいえねぇが、一触即発ながらもギリギリのところを保っている」 「均衡? これは膠着だろ。マシな言い方するな」 「……お前、ほんとに嫌なガキだな」 「言っただろ、俺は嘘をつかない」 「たくっ、ここの勇者といいお前といい、勇者ってのはクソなガキしかなれねぇのか」  オルクヘルムは心底嫌そうに言ったが、ふっと笑った。  そしてどこか穏やかな目をして言葉を続ける。 「いいんだよ、均衡ってことにしとけ。絶妙なバランスってやつだ。それに俺はな、……最近になってこの中途半端な均衡状態も悪くないんじゃねぇかって思ってる。良くも悪くも均衡状態は抑止力になるからな」 「そういうことか」  イスラは納得して頷いた。  均衡した停戦は問題の先送りでしかないが、複雑に入り組んだ戦局では仕方がないことなのかもしれない。 「そういうことだ、長引く戦争に民衆の疲弊が濃くなってる。だから、このまま均衡状態が続いて大規模な戦争が起きずにいれば、民が無駄に死ぬこともないだろ? 少しずつ暮らしを建て直すことだってできる。俺は同胞を守りたいんだよ。おそらく魔王デルバートと精霊王リースベットも俺と似た考えを持っているはずだ。だがな、あいつだけは違う。もし均衡が崩されるとしたら原因はあのクソガキ勇者だ。クソガキ勇者が世界の覇権をとれば人間すら滅びることになるぞ」 「なぜ人間まで滅びるんだ。勇者は人間の王だろ」 「あいつにとってそんなものは関係ない。この時代の勇者はお前とは違って自分の強さ以外を信じていない。同じ戦場で戦っている同胞の兵士も、人間の民も、レオノーラすら信じていない。あいつは同胞を殺すことも、無駄死にさせることも躊躇いを覚えない。それは俺やデルバートやリースベットには出来ないことだ」  この時代の均衡は王の強大すぎる力と、各勢力の軍隊によって保たれている。  しかし規格外の力を持つ王にとって、本当なら軍隊は足枷のようなものだった。王の力が軍隊を凌ぐものだからだ。  しかしそれでも王たちは同胞を愛し、仲間とともに戦うことを選び、軍隊を組織した。  なぜなら、どれほど強大な力を持っていても孤独では生きられないからだ。そう、力が強大であればあるほど孤独は王を狂わせるのだから。  王たちが同胞を愛するのは、自分の心を守るのと同じ意味である。  オルクヘルムはイスラを見てニヤリと笑う。 「足枷がない男は強いぞ? 身軽すぎてなんでも出来る。それに比べてお前はどうだ、とびきり重そうだ。面倒くせぇほど重いものを抱えて、それが鎖になって手足に絡まっている。身動き一つとるのも大変そうだ」 「俺は、重そうなのか……」  イスラは自分の手の平をじっと見つめる。  まだ幼い頃、この手はブレイラと繋がっていた。どんな時も手を繋いで歩いていたのだ。  成長してからは手を繋いで歩くことはなくなったが、戦いに赴くときに『ご武運を』と祈られるようになった。剣を握る手が両手でそっと包まれるのだ。 「……ブレイラは俺が一人旅してる時も、ほぼ毎日手紙を送ってくるんだ」 「そりゃ重てぇな、重たすぎる。しかも面倒くせぇ」 「自慢なんだが」 「…………自慢なのか」 「自慢だ」  イスラはきっぱり答えるとまた考える。  ブレイラだけじゃない。甘えん坊のゼロスは『あにうえ、おててつなごっか!』と手を繋いでほしがるし、調子に乗ってぶら下がってくることもある。もう一人の弟はまだ赤ん坊なのでよく抱っこしている。二人ともおとなしくしていないのでたしかに重い。  これだけでもイスラの手は忙しいのに、手の酷使はまだ終わらない。ハウストと手合わせをした時の酷使ぶりは尋常じゃない。ハウストの怪力から振り下ろされる大剣は重すぎて、剣で受け止める度に手がビリビリする。はっきりいって重すぎる。  そう、イスラの手は忙しい。常に重たいものを抱えている。

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