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第五章・初代四界の王VS当代四界の王(※家族五人)28
「なるほど、魔力ゼロの人間が勇者のために手紙を……。それにしても人間はごく稀に魔力ゼロで生まれる者もいるが、その類いか?」
「はい。俺たち十万年後の世界でも一部の人間は魔力ゼロです。それはこの時代からでしたか」
「ああ、初代勇者の従者レオノーラもそうだと聞いている。この世界で魔力ゼロの人間が生きていくのは苦労も多いじゃろうな」
「そうでしょうね。魔族や精霊族や幻想族は生まれながらに強い魔力を持っていますし、人間も個人差はあっても魔力を持っている者がほとんどだ」
ジェノキスは改めてリースベットを見た。
「リースベット様、俺からもよろしく頼みます。あなた様には頼み事ばかりで申し訳なく思いますが」
「まったくじゃ、祖先だと思って無理難題ばかり寄越しおって……」
リースベットはため息をついて苦笑した。
無理難題。それは十万年後へ帰還するための初代精霊王の禁書作成である。
元の時代に帰還するためには禁書と時空転移魔法が必要なのだ。時空転移魔法はともかく、禁書だけはリースベットが作成しなければならないものだった。
「まあいい、その仲裁役を受けてやろう。そうすれば恩も売れるし、見返りも期待できるじゃろう?」
「もちろんです。クラーケンや他の怪物の件については俺の時代の魔王様や勇者様にも見解と協力を求めた方がいいですよ。あの二人も直接戦ったことがありますから」
「それは楽しみじゃ。この時代の魔王や勇者や幻想王にわれから訊ねるのは癪でなあ」
リースベットは肩を竦めて笑った。
現在、各地に正体不明の怪物が出没している。本来なら四人の王で情報交換するべき状況だが、四界大戦の真っただ中ということもあって不可能に近い。
「今から返事を書こう。ジェノキス、お前も怪物の件について聞いておいてくれ」
「承知しました。向こうも怪物に遭遇している可能性もあるでしょうし、そのことも聞いておきましょう」
こうして精霊王リースベットとジェノキスは返事を書き、ハウストの使役する魔鳥の鷹に手紙を託した。
鷹は飛び立ち、大きな翼を広げて高速で空を飛ぶ。
鷹は真っすぐに主人であるハウストを目指していたが、ふいに進行方向に黒い霧が広がっていた。だがそれはすぐに霧ではないことに気付く。そう、何千羽、何万羽とも思われる大型猛禽類の大群だったのだ。
そしてそれは瞬く間にハウストの鷹に襲いかかり、激しい戦闘が繰り広げられる。
だが、強い魔力を持った魔鳥の鷹とはいえ多勢に無勢であった。
「ピイイィィィィィィィィィ!!!!」
空に甲高い鳥の鳴き声が響き、地上へと落下していく。
こうしてハウストが使役する鷹は獰猛な大型猛禽類の大群に襲われ、消息を絶ったのだった……。
そして、その光景を地上から見ている黒衣の人間がいた。
フードを目深に被り、鷹が地上へ落下したのを確認して口元に薄い笑みを刻む。
「悪いが、その情報をまだ十万年後の者たちに渡されるわけにはいかんのでな」
そう言うと、深い森に消えるように姿を消したのだった。
◆◆◆◆◆◆
翌日。
私たちはオルクヘルムを見送ると山で散策を楽しんでいました。
散策といってもそれを楽しんでいるのは私とクロードだけで、ハウストとイスラは鍛錬をしています。
ゼロスも真面目に鍛錬をしていますが、時々甘えたい気持ちになるようで私やクロードのところに来ていました。
そう、明日はいよいよ初代勇者と初代幻想王との決戦の日なのです。
「明日は決戦の日だというのに、ゼロスは大丈夫でしょうか……」
「あいつについては、5283、どう考えても大丈夫とは思えないが、5284、なんとかなるんじゃないか? 5285」
ハウストが数を数えながら答えてくれました。
数える度に私とクロードが上下しているのは、腕立て伏せをしているハウストの背中に乗っているから。しかもそれは片腕の腕立て伏せで、その回数も五千を超えています。普通の人間の私からしたらこの時点で規格外なのですが、四界の王にとっては当たり前のことのようで息も上がっていません。
こうして今、私とクロードはハウストの鍛錬に付き合い、イスラとゼロスは剣の手合わせをしていました。
「なんとかなると言いますが、そもそもゼロスに自覚があるかどうか……。今朝だって幻想王様をお見送りした時、『またね~!』と元気に手を振っていましたよ」
今朝のことを思い出してため息をついてしまいます。
昨夜洞窟に泊まっていったオルクヘルムは朝食を食べてから帰っていきました。
『あかるくなったから、もうだいじょうぶだね!』
『ガハハッ、助かったぜ! 明るくなったから大丈夫だ!』
なにが危険だったのか問い詰めたかったですがゼロスとクロードの前なので我慢しましたよ。私のゼロスとクロードは純粋なんです。
『それじゃあ、またね~!』
『またな~!』
大きく手を振って立ち去っていったオルクヘルム。
…………のん気すぎます。また会う時は決戦の日なのですが分かっているのでしょうか。しかも明日なんですが……。殺伐としろとは言いませんが、もう少し緊張感があるものと思っていたのに。
私はハウストの背中に乗ったまま考え込んでしまう。抱っこしているクロードはちらりと私を見ましたが、むにゃむにゃむにゃ……、お気に入りのハンカチをしゃぶっていました。
「お前が心配するのもわかるが、5305、しばらく見守ってやれ。5306、さっき俺とイスラに作戦会議したいと言ってきたぞ。5307、もしかしたら、5308、あいつなりになにか考えてるのかもしれない、5309」
「ゼロスが作戦会議をっ。そうでしたか、ゼロスが」
感心しました。まだ三歳なので事態を飲み込めていないと思っていましたが、ハウストの言う通りゼロスもゼロスなりに考えているのですね。少し安心しました。
「ああ、作戦会議だそうだ。5310、そんなことをしてる暇は」
「参加してあげてくださいね、作戦会議」
「なに?」
ピタリ、ハウストの腕立て伏せが止まりました。
停止した状態のままハウストがおそるおそる私を振り返ります。
「……冗談だろ。俺にゼロスの作戦会議に参加しろというのか」
「冗談ではありません。ゼロスは本気です。だからあなたもイスラも本気で作戦会議に参加してほしいんです。お願いしますね」
「…………」
「ハウスト、腕立て伏せが止まっているようですが」
「…………5311、……5312」
ハウストの腕立て伏せが再開しました。
やっぱり鍛錬中のあなたはステキですね。どれだけ見ていても飽きません。しかもハウストの広い背中と鍛えられた背筋は安定感があるのでとても乗り心地がいいのですよ。
こうしてハウストの鍛錬に付き合っていると、手合わせを終えたイスラとゼロスが戻ってきました。
イスラに特訓されていたゼロスは全身泥だらけの満身創痍でしたが、私たちを見て大きな声をあげます。
「あああ~っ! ちちうえばっかりずるい~!! ぼくも、ぼくもおなじことしたい! ブレイラをよいしょっよいしょってするの!!」
「ええっ……」
困りました。ゼロスはハウストと同じことをしたいというのです。
しかもする気満々のようで、「ほらっ、ほらっ、じょうずでしょ!?」と小さな体で腕立て伏せをしてみせてくれました。
はっきりいって上手です。イスラが作ったゼロスの鍛錬メニューに毎日腕立て伏せ三千回があるので、三歳ながらとっても上手で力強い腕立て伏せができるのです。実際のところ私が乗ってもまったく問題ないのでしょう。……しかし、しかしゼロスの小さな背中に私が乗っかるというのはさすがにちょっと……。
分かりやすく困ってしまった私に、見ていたイスラが呆れたようなため息をつきました。
そして私が抱っこしていたクロードをひょいっと抱き上げると、ゼロスの小さな背中にちょこんと乗せます。
「ゼロス、今はこれで我慢しろ。ブレイラはもう少し大きくなってからだ」
「もう、しかたないな~。クロード、よだれたらさないでね」
ゼロスの小さな背中に赤ちゃんのクロードが乗っかります。
ゼロスは少し不満そうでしたが腕立て伏せをしているうちに楽しくなってきたようで、クロードときゃあきゃあはしゃぎながら楽しんでいました。二人の可愛らしい光景に私も楽しくなりましたよ。
こうして私たちは日暮れまで特訓や鍛錬を行ない、いよいよ決戦の日を迎えるのでした。
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