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第六章・発動のトリガー1
翌日の朝。
私は朝早くからたっぷりの朝食を作りました。
ハウストとイスラとゼロスは山へ早朝特訓に赴いています。そう、今日はいよいよ決戦の日。私はイスラとゼロスが存分に戦えるように朝から腕を揮ってたくさん料理を作りました。
朝食を作り終わると洞窟の奥の寝床に向かいます。
「クロード、まだ眠ってますか? ……起きていたみたいですね」
そこにはクロードが眠っているはずでしたが姿がありません。どうやら目を覚まして一人でラグを出たようでした。
私は洞窟内を探してすぐに赤ちゃんの姿を見つけます。そんなところにいたんですね、洞窟の隅っこにちょこんっと座ってなにやら一人でおしゃべりしていました。
「あぶぅ、あーあー、ばぶぶっ。あうー、あー」
「一人でなにしてるんですか? ああ、一人ではありませんでしたね」
そう言って私はクロードを覗き込む。
クロードの前にはちょろちょろ流れる細い小川がありました。小川には一匹の小魚が泳いでいます。
この小魚はずっと前から洞窟の小川を棲家にしていたようで、ゼロスとクロードはすっかりお友達気分なのです。小魚の方も逃げる様子はないので、もしかしたら本当にお友達なのかもしれませんね。
「お友達と遊んでいたんですか?」
「あいっ」
クロードは私を見上げて頷いて、また小魚に向かってなにやらおしゃべりを始めます。
小魚はおしゃべりするクロードの前でゆらゆら泳いでいます。それはまるで静かにお話しを聞いているようで、なんだかクロードはとても得意気な顔をしています。
ゼロスを相手におしゃべりする時は『なに? なんなの? もう、クロードはあかちゃんなんだから~』と言われてしまって、クロードは途中からプンプン怒っていることが多いのです。
「なんのお話しをしてるんですか? 私にも教えてください」
私はクロードを抱っこして一緒に小川の小魚を覗きこみました。
水中をひらひら泳ぐ小さな魚。この小魚はゼロスとクロードの大切なお友達です。
「ゼロスとクロードのお友達になってくれて、どうもありがとうございます」
ゼロスとクロードはたくさん寂しい思いをしていた中で、この小さな魚の存在は救いになったことでしょう。今でも二人で小川を覗き込んだり話しかけたりして遊んでいます。
でも小魚を見つめていて、ふと気付く。
よく見ると魚の黒い瞳の淵に琥珀色の筋があったのです。それは見覚えのある特徴でした。
「…………。……そんなはずないですよね」
この特徴を目にするのは二度目です。しかしそんな筈はないと首を横に振り、何度も考えを打ち消しました。
偶然にしては妙に気になってしまいましたが、そうしている間にもハウストたちが帰ってきます。
私とクロードは小魚と遊ぶのを切り上げて出迎え、皆で決戦前の朝食を食べたのでした。
朝食を終えた私たちは、洞窟から少し離れた場所にある荒野に来ていました。
見上げるほど高い崖に囲まれ、荒野はがらんとした広い空間。そこは逃げることも隠れることもできない場所でした。
そして今、荒野に広がっている光景に息を飲みます。
「壮観ですねっ……」
荒野の空間を囲むようにして、魔族、人間、幻想族の軍隊が整列していました。万を超えるほどの兵士たちはそれぞれ軍旗を掲げ、荒野は異様な緊張感に張り詰めています。
しかも、……見られていますっ。
私たちが姿を現わすと全軍の兵士たちは殺気立ち、今にも射殺さんばかりの視線を向けてきたのです。特に人間と魔族の軍勢からは殺意がむき出しでした。
でも、それも当然かもしれません。
人間対魔族の戦闘を中断させ、あげくに宣戦布告したのですから。それは初代勇者と初代魔王にケンカを売ったも同然でした。
そして今回、その一件を収める為にも初代勇者イスラと当代勇者イスラが一騎打ちすることになったのです。
「なんだか今にも殺されてしまいそうですねっ……」
分かっていても万軍の兵士に睨まれるというのは落ち着きません。
でもそれは私だけのようでハウストとイスラは平然としていますし、ゼロスは興奮した顔できょろきょろし、クロードはいつもどおりハンカチをむにゃむにゃしています。
「わああっ、いっぱいいる~! あっ、あそこにおじさんいた! お~いっ、お~い!」
ゼロスが離れた場所にいたオルクヘルムを見つけて大きく手を振ります。
すると軍隊を従えたオルクヘルムも気付いて、こちらに向かって軽く手をあげてくれました。
対戦相手だというのにゼロスはなんだかすっかり懐いてしまいましたね。
続いてゼロスは初代イスラを見つけました。側にはレオノーラも控えています。
ゼロスは「お~い!」と手を振りましたが、レオノーラが会釈してくれるだけで初代イスラには無視されてしまいました。
そして最後にデルバートを見ました。「……あいつ、つよいやつだ」とゼロスは初めて目にしたデルバートに驚いています。さすが三歳でも冥王ですね、この中で注意すべき力を持った存在に気付いています。
「あの方はデルバート様といって、この時代の魔王様ですよ」
私はゼロスにそう教えると、勢揃いした軍隊や掲げられた軍旗を見回しました。
でも見つけたい姿はなくて肩を落としてしまう。
「……ハウスト、精霊王様の姿が見えませんね。ジェノキスも来ていません」
「ああ、俺の鷹もまだ戻ってきていない。手紙が間に合っていないだけか、それともなにかあったのか。気になるな……」
そう、ハウストの使役する鷹がまだ帰ってきていませんでした。もちろん精霊王の返事も届いていないので手紙が届いているのかも不明です。
あの鷹が迷子になっているとは思えないので、なにかあったのではないかと心配です。間に合っていないだけなら良いのですが……。
「今は心配しても仕方がない。それより始まるぞ」
見ると、それぞれの軍隊から初代イスラ、デルバート、オルクヘルムが荒野の中心に進み出ました。
それに合わせて私たち家族五人も中心に向かいます。
私はなんともいえない緊張感を覚えました。
ここにいるのは初代時代の王たち。この時代には世界を四つに分かつ結界がないので、ここにいる三人は敵対関係にある王たちです。
こうして対峙しているだけでも、この谷に集結している軍隊からはぴりぴりした一触即発の空気が漂っていました。
そんな中、オルクヘルムが軽い調子で口を開きます。
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