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第六章・発動のトリガー3
「おまたせ~!」
「父上と兄上との作戦会議は終わりましたか?」
「おわった!」
「では次は私の番ですね」
「ブレイラのばん?」
「はい」
私は抱っこしていたクロードをハウストに預けました。
そして膝をついてゼロスと目線を合わせます。
「ゼロス、手を見せてください」
「どうぞ」
小さな両手が差しだされました。
私はゼロスの両手を自分の手の平に乗せます。
数日前までひどい怪我をしていたのに今は跡形もなく治っています。普通の人間なら完治するのに一ヶ月以上かかるはずなのに、神格の存在である四界の王は自然治癒力も規格外ですね。怪我の治りが早いのは嬉しいことだけど……。
「手の怪我は大丈夫のようですね」
「うん、もういたくない」
「治って良かったです。あなたが怪我をしてしまうと悲しくなってしまうので」
「かなしくなっちゃう?」
「はい」
「そっかあ……」
ゼロスは少しだけ困った顔をしてしまいました。
ごめんなさい、これから幻想王オルクヘルムと戦うというのに困らせてしまいましたね。あなたを惑わせるつもりはありませんでしたが、どうしても伝えたいことの一つでした。
私はゼロスに優しく笑いかけると、ゼロスの両手を包むように握りしめました。そしてゼロスを真っすぐに見つめて言葉を紡ぐ。
「あなたは冥界の王、冥王です。冥王として剣を握ると決めたなら、あなたは勝たねばなりません。できますか?」
「できる!!」
ゼロスが勢いよく返事をしてくれます。
私は目を細め、ゼロスの小さな指先に唇を寄せました。
「ご武運を」
「ご、ごぶうん! ごぶうん、できる!!」
ゼロスの顔がパァッと輝いて、興奮したように言いました。
私の手をぎゅっぎゅっと握り返してくれて、「わああ~っ! ぼく、ちちうえとあにうえみたい!」とおおはしゃぎです。
無邪気なゼロスにまた笑いかけて立ち上がりました。
「ゼロス、見ていますからね」
「うん、ぼくつよいからだいじょうぶ!」
私は頷くとゼロスの手をそっと離しました。ずっと握っていたいけれど、ここからは私の立ち入れぬ領域です。
私はゼロスを残し、ハウストとイスラとともに戦闘の邪魔にならない場所まで下がりました。
ハウストからクロードを受け取り、荒野の中心にいる冥王ゼロスと幻想王オルクヘルムに目を向ける。オルクヘルムはゼロスを見下ろして警告しています。
「おいチビガキ、最後の忠告だ。さっさと冥界の存在を否定しろ。お前は冥王でもなんでもない、ただの三歳のチビガキだ」
「ちがう! ぼくがめいおうだって、いってるでしょ!」
「たくっ、頑固なガキだな……」
オルクヘルムが呆れた顔で頭をかきました。
これから決戦だというのに軽い調子でゼロスをあしらっています。それは一緒に食事を囲んだ時のような気安さで、私は少しだけ安堵してしまう。
もしオルクヘルムにゼロスへの情が生まれているなら、ゼロスがひどく痛めつけられることはないのではないかと。
荒野の中心でゼロスとオルクヘルムが対峙して緊張感が高まります。
「いよいよ始まるんですね」
「ああ、始まるぞ。だがブレイラ、お前は見ない方がいいかもしれない」
ふとハウストに言われました。
思わぬ言葉に聞き返そうとしましたが、その前にオルクヘルムとゼロスの戦闘が始まって、――――バキイイイイイイィィィィィィィッ!!!!!!
いきなりゼロスが吹っ飛びました。聳える崖に激突し、そのまま地面に落下してぴくりとも動かない。
戦闘開始と同時にオルクヘルムの強大な拳に殴り飛ばされたのです。
「あ、ああっ……、ゼロス、ゼロスっ……」
全身の血の気が引きました。でもそんな私にハウストが戦闘を見据えたまま険しい顔で言葉を続けます。
「――――今から始まるのは、決闘という名の一方的な暴力だからだ」
「い、一方的な、……」
愕然としました。
その言葉の意味に全身の血の気が引いていく。だって、だってそれは勝負にもならないということ。ゼロスは決してオルクヘルムに勝てないということ。それどころか、一方的なっ……。
私は思い知らされる。オルクヘルムに情が生まれてくれたんじゃないかと思ってしまった自分の甘さを。
「待ってください! ゼロスは四界の王で、あなたやイスラのような大きな力を持っている子じゃないですか、だからそんな簡単にっ……」
「ああ、ゼロスは強い。だがオルクヘルムも四界の王の一人、幻想王だ。ゼロスとは力も魔力も経験も比べものにはならない」
「っ……」
突きつけられた事実に言葉を失いました。
……でも、でもゼロスは自分の勝利を信じていました。力の差を知りながらも諦めていませんでした。
それならば私は倒れたゼロスから目を逸らしません。ゼロスの元に駆けだしたくなる衝動を抑え、戦う姿を真っすぐに見つめます。
「ゼロスっ、ゼロス!! ゼロス!!」
大きな声でゼロスの名を呼びました。
ゼロスの耳に届くように、何度も何度も。
するとゼロスの指がぴくりっと動きました。そして意識を取り戻し、膝をついて立ち上がる。起き上がるとキッとオルクヘルムを睨みました。
「コラーッ、いきなりなぐっちゃびっくりするでしょー!」
「寸前で身を引いたか、悪くない反射神経だ」
勇ましく文句を言ったゼロスにオルクヘルムがニヤリと笑いました。
そう、ゼロスは開始直後の一撃を食らいながらも致命傷を逃れたのです。
「ゼロス、良かった……」
少しだけ安堵しました。
殴られた頬は青くなっているけれど意識を戻して立ち上がってくれました。
でも隣のイスラは険しい顔をします。
「……まずいな。さっきの一撃は回避するべき攻撃だった」
「でも掠っただけですよね!?」
「オルクヘルムのパワーはハウストに匹敵するものだ。掠っただけでも破壊力は凄まじい。見ろ、立ち上がってもふらついてるだろ」
見るとゼロスの膝が僅かに震えていました。立ち上がれたものの殴られた衝撃に力が入らないのです。
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