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第六章・発動のトリガー4
「掠っただけなのに、これほどなんてっ……」
ごくりと息を飲みました。
ゼロスが戦っている相手は初代幻想王。この戦いは子犬が巨象に挑むような絶望的なものなのです。
オルクヘルムが大剣を出現させ、その切っ先をゼロスに向けました。
「どうした、かかってこいよ。冥王ってのはその程度か」
「ちがう! ぼくはステキなめいおうさまだから、つよいの!」
ゼロスはそう答えると、自分の膝をトントントントントントンッ! 猛烈に叩く。刺激を与えて震えを止めたのです。
「よしっ、とまった! おじさんをえいってしちゃうから!」
ゼロスはそう宣言すると冥王の剣を出現させました。
そしてオルクヘルムに向かって駆けだし、攻撃範囲に入る寸前で素早く方向転換します。
身軽なゼロスは目にも留まらぬ速さで動き回り、急な方向転換を繰り返すことでオルクヘルムを翻弄し続けました。そして隙を窺い、死角から一気に攻撃を仕掛けます。
「えいっ!」
ガキイイィンッ!!
ゼロスの攻撃が大剣で弾かれました。
「っ、もういっかい! えいえいっ!」」
ゼロスはまた距離をとってオルクヘルムの周囲を駆け回ります。攻撃を塞がれても諦めず何度も仕掛けていました。
ゼロスからの積極的な攻撃は優位なものに思えましたが、戦闘を見守るハウストとイスラの顔は険しいままです。
「ゼロスの方が早さは上回っていると思えるんですが、……違いましたか?」
ハウストに聞いてみました。
ゼロスは魔界の城でお稽古をしていますし、魔王ハウストや勇者イスラの特訓も受けています。
「そうだ、速さだけならゼロスが上だ。イスラに特訓されているゼロスは、イスラの動きに付いていくことで速さだけならしっかり鍛えられている。だが、速さへの反応はいずれ慣れるものだ」
「それじゃあゼロスはっ……」
「ああ、掴まるのは時間の問題ということだ」
ハウストがそう答えた次の瞬間、ガシリッ! 駆けまわっていたゼロスの足がオルクヘルムに掴まりました。
「わあああっ! つかまっちゃった~!!」
「ちょろちょろしやがって、ちっとは落ち着けよっ!」
ドゴオオオオオッ!!!!
オルクヘルムがゼロスを勢いよく地面に叩きつけました。
衝撃に砂埃が舞い上がりましたが、ふいに砂埃の中から黒い影が飛びだします。
「ええいっ!!」
「不意打ちか、だが甘い!!」
キイィィンッ!!
剣がぶつかる鋭い音が響きました。
寸前で防がれましたがゼロスが不意打ちを狙って剣で貫こうとしたのです。
「チビガキ、次は俺から行くぞ!」
「ッ、うわあああ!!」
反撃をゼロスは咄嗟に剣で受け止めましたが、正面から受けた衝撃に吹き飛ばされてしまう。
しかもオルクヘルムは更に追ってきて大剣を振り下ろす。
「オラアアッ!!」
「くッ……!」
ガキイイン!!!!
凄まじい一振りに衝撃波が広がります。でもそれは一度だけで終わらない。
ガキンッ、ガキンッ、ガキンッ、ガキンッ、ガキンッ!!!!
剛腕から何度も大剣を振り下ろされ、受け止めるゼロスの小さな両手がぷるぷる震えだしました。怒涛の攻撃に防戦一方になっているのです。
そしてひと際勢いよく振り下ろされる。
ガキイイイイイン!!!!
「ッ、わあああっ!」
ゼロスの手から剣が弾かれました。
無防備になったゼロスにまたも大剣が襲いかかります。
「ゼロス!!!!」
私は堪らずにゼロスの名を叫びました。
するとゼロスは咄嗟に横転して大剣を回避する。そのまま剣を拾いに行こうと駆けだしましたが、それを見越していたようにオルクヘルムが回り込みます。
「誰が逃げていいと言ったあああ!!」――――ドゴオオオオオッ!! オルクヘルムの強烈な膝蹴りがゼロスの腹にめり込みました。
「カハッ……!」
ゼロスの体が崩れ落ちます。
しかし畳みかけるようにゼロスの体が蹴り飛ばされました。
「あううっ! ……うぅっ」
ゴロゴロ転がりそのまま倒れこんでしまう。
私は全身の血の気が引いていく。このままではゼロスが殺されてしまう!
「ハウスト、も、もう終わらせてくださいっ。このままだとゼロスがっ……!」
「ゼロスは冥王として戦っている。戦うと決めたのはゼロス自身だ」
「それは分かっています! でも死んでしまったらっ、ぅっ……」
言葉が続けられませんでした。
想像したくもない絶望に背筋がゾッとする。でも不意にイスラが口を開きます。
「ブレイラ、まだ終わっていない」
「……え?」
その言葉に私はゼロスを振り返りました。
倒れていたゼロスがよろけながらもゆっくり起き上がります。
猛烈な攻撃を受けて全身傷だらけ。でも立ち上がって、オルクヘルムを真っすぐ見つめていました。
歴然とした力の差があるのに怯えてしまうことはなく、それどころか瞳には強い光を宿している。まだまだ甘えん坊で泣き虫なのに、ゼロスは諦めていないのです。
そんなゼロスにオルクヘルムが目を細めます。
「寝ててもいいんだぜ?」
「ぼく、きょうはおひるねしないのっ!」
「無理するなよ。ガキはガキらしくブレイラの添い寝で眠ってろ」
「それはあとで!」
「…………するのか、あとで」
「する! トントンもしてもらうの! ブレイラにトントンしてもらうとすぐねむっちゃう! いいでしょ!」
ゼロスが自慢しました。
戦況は絶望的だというのに、自慢する時はとても嬉しそうなゼロス。
「…………やべぇ、嫌味が通じねぇ。トントンまで追加かよ」
「でも、トントンもあとで! だって、みんなとおともだちになったから!」
「ともだち? ……さっぱり意味が分からん」
唐突の『ともだち』発言にオルクヘルムが怪訝な顔になりました。
聞いていた私も首を傾げてしまいますが、その時。
……ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ。
不意に地響きがしました。荒野全体を震わす低い地響き。
そしてゼロスの周囲からまばゆい光が放たれる。その光は数えきれないほどの召喚魔法陣!
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