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第六章・発動のトリガー8
「ゼロスっ、ゼロス……!!」
私はゼロスの名を叫ぶように呼びました。
今すぐゼロスの元へ駆け寄りたい。
オルクヘルムの手からゼロスを奪って、そのままゼロスを連れて遠くまで走って逃げてしまいたい。
「ハウスト、ゼロスがっ……」
「オルクヘルムはゼロスの限界が近いことを見越していた。ゼロスは短期決戦を狙って動き回っていたが……、それが通じるほど初代幻想王は甘くない」
「ゼロスが負けるということですか!? ゼロスでは幻想王に勝てないとっ……。ならば助けてあげてください! これ以上はもうっ……!」
「幻想王と冥王の戦いだ。立ち入ることはできない」
ハウストは厳しい口調で言いました。
突き放すようなそれに私はハウストを振り返りました。
でも彼の横顔に言葉が詰まる。だって彼の目は据わっていて、足元からは殺気混じりの闘気が立ち昇っていたのです。それは抑えがたい憤怒。そう、窮地に陥ったゼロスを救いたいのはハウストも同じでした。
「ハウスト、ごめんなさい……」
「気にしていない。お前にそれを許しているのは俺だ」
ハウストが宥めるように言いました。
許してくれる彼に胸がいっぱいになります。
そしてそんな私にイスラが苦笑して口を開きます。
「心配するなブレイラ。もしもの時は俺が行く」
「イスラ、でも……」
「元々今回の戦いは俺と初代勇者のものだったんだ。早く戦いたいところを我慢させられてるんだぞ、邪魔されたって文句は言えないだろ」
「そんなことをしてはここにいる方々を怒らせますよ」
「そうなったら全員倒せばいい。そしたら文句を言う奴はいなくなる」
「なるほど、名案だ」
ハウストが同意しました。
それは冗談のように聞こえましたが二人の顔は本気のもの。
「ハウストまで……。でも二人ともありがとうございます」
私は二人にそう言うとゼロスを見つめました。
まだゼロスの戦いが終わったわけではないのです。
オルクヘルムはゼロスの首根っこを掴んだまま問いました。
「ここまでだな、チビガキ。どうだ、認める気になったか? 冥界は存在しないと。俺がこうして優しく聞いてやれるのもここまでだ」
「ぼくのめいかいは、ある! ぼくは、ステキなめいおうさまのゼロスだもん!」
「そうか、そりゃ残念だ。オラアアッ!」
ドゴオオオオッ!!
ゼロスが殴られて吹っ飛びました。
「まだだ! こんなもんじゃねぇぞ!!」
「ッ!?」
オルクヘルムが高く跳躍したかと思うと、倒れているゼロスを狙って着地しようとする。
ドオオオオオン!!!!
着地と同時に凄まじい震動と土埃があがりました。
でもゼロスは踏み潰される寸前で転がり回避します。
「まだ転がる体力は残っていたか。だがそれだけでなにができる。冥王とはこれほど脆弱か!!」
「くっ、……ぜいじゃく? なにそれ! でもぼくが、めいおうのゼロスですっ……!!」
ゼロスは仰向けに倒れていながらも、オルクヘルムを見上げてきっぱり言い放ちました。
それはゼロスの冥王の矜持。冥王は絶対に負けないという意志でした。
オルクヘルムは不快そうに舌打ちし、今度はゼロスの頭を片手で鷲掴みして持ち上げます。
「今すぐ冥界を否定しろっ。十万年後に冥界はない! あるのは俺が作る悠久の世界、幻想界だ!!」
「ちがう! めいかいはある! ぼくがめいかいのおうさま、めいおうだから!!」
「ッ、貴様あああぁっ……!」
ギリリッ……、オルクヘルムがカッとして手に力を入れました。
オルクヘルムの鋼鉄をも粉砕する握力に、ゼロスが顔を歪ませます。
「あぐぐっ、うぅ……!」
「否定しろ! 冥界なんて存在しねぇっ、あるのは幻想界だ!!!!」
「ちがうっ、ちがうちがうちがう!! め・い・か・い!! ぼくのめ、ッ、ぐあああああっ!!!!」
ゼロスが悲鳴をあげました。
頭が軋むほどに強く握られてもがきます。
「お前を殺したくないっ、冥王をやめると言えっ!!」
「いわない! ぜったいいわない!!」
「言え!! 言え言え言え言え言え言え言え言え言えええええええ!!!!」
「やだ!! やだやだやだやだやだやだやだやだやだあああああああああ!!!! あぐぐっ……」
ゼロスは激痛に顔を歪めながらも断固拒否しました。
するとオルクヘルムが激昂し、更に力を入れてゼロスを追い詰めます。
「言え!! 死にてぇのか!!」
「ッ、いわない!!!! だって、だってぼくがまもってあげないとっ……!!」
ゼロスはもがきながらも、オルクヘルムを強く見据えて言葉を続けます。
「……めいかいは、まだうまれたばっかりで、なにもない、よわっちいあかちゃんだからっ。だから、ぼくがまもってあげるのっ……!!」
オルクヘルムがスゥッと目を細めました。
そして淡々と言葉が紡がれます。
「ならば死ね。貴様が冥王であるように、俺は幻想界の幻想王だ。俺が幻想王である限り冥界の存在は認めねぇ」
それは幻想王の警告であり、宣告でした。
しかしゼロスは拒絶します。
「やだっ、ぜったいやだ!! ぼくは、ステキなめいおうさまのゼロスだから!!!!」
「馬鹿野郎おおおお!!!!」
オルクヘルムが殺気を爆発させました。
凄まじい闘気と殺気で衝撃波が広がり、オルクヘルムの怪力がゼロスを握り潰そうとする。致命傷になる寸前にハウストとイスラは一歩踏み出そうとしましたが。
「……ッ、クッソオオオオオオオオオオオ!! なんだてめぇっ、ふざけんなよクソが!!!!」
突如、オルクヘルムが咆哮をあげるように怒鳴りました。
しかもなぜか自分の足元に向かって。
頭を鷲掴まれているゼロスも目だけでオルクヘルムの足元を見て、……うぅっと涙ぐみました。
私や荒野にいた者たちもオルクヘルムの足元を見ました。そこにはなにもないように思えましたが、でも目を凝らして……います! なにかいます! 点々とした小さな黒い影が動いています!
「あれはっ……、あれはダンゴムシですっ……!!」
そう、目を凝らして見えたのはぞろぞろ行進するダンゴムシでした。
すべての召喚獣は強制的に還されたはずなのに、その弱さゆえに存在に気付かれずに戦場に残っていたのです。
ダンゴムシが小さな召喚魔法陣からぞろぞろ一列行進で出現し、オルクヘルムに向かって丸まって体当たり攻撃をしていました。
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