80 / 262

第六章・発動のトリガー9

 ぞろぞろぞろぞろ、クルッ、コロコロコロコロ、コツンッ。  ぞろぞろぞろぞろ、クルッ、コロコロコロコロ、コツンッ。  ぞろぞろぞろぞろ、クルッ、コロコロコロコロ、コツンッ。  何度も何度も繰り返されるダンゴムシのアタック攻撃。  攻撃といってもダンゴムシの体当たりがオルクヘルムにダメージを与えられるはずがなく、それどころか踏み潰されてもおかしくありません。  でもダンゴムシはアタック後も列の最後尾に回って並び、また転がって体当たりしていました。役目を終えて還ってもいいのに、何度も何度も繰り返し体当たりしてゼロスを守ろうと戦っている。 「邪魔するなっ、踏み潰すぞ!!!!!!」  オルクヘルムは片足を勢いよく上げて踏み潰そうとしましたが。 「くッ、うぅっ……!」  寸前で足を止めました。  オルクヘルムは激昂しながら激しく葛藤しています。そして。 「ぐうぅぅっ、クッソォ……! ――――ブレイラ!!!!」 「えっ、ええっ!? わあああっ、ゼロス!!」  急に呼ばれてびっくりしました。だってゼロスが私に向かって勢いよく飛んできます。  そう、オルクヘルムは突然方向転換してゼロスを投げてきたのです。  私はハッとして受けとめたけれど衝撃に飛ばされてしまう。 「ブレイラっ!」 「っ、ありがとうございますっ……」  ハウストが素早く背後に回って私をゼロスごと受け止めてくれました。  私は傷だらけのゼロスを腕の中に抱きしめます。 「ゼロスっ、ゼロス!」 「うぅ、ブレイラ……?」  ゼロスが弱々しい声で名を呼んでくれました。  疲弊してぐったりしているけれど、ちゃんと生きています。呼吸をして、私の名を呼んでくれました。  腕の中のぬくもりと重み、……ああ、視界が涙で滲んでいく。堪らない気持ちがこみあげて、ゼロスの小さな体を懐に隠すように強く抱きしめました。 「うぅっ、ゼロスっ、ゼロス……! よかった、生きていますねっ。よく無事でいてくれましたっ……!」 「ぅっ……、……どうして? まだ、おわってないのに……」  ゼロスが不思議そうに私を見上げました。  私はゼロスの頬を指でひと撫でし、安心させるように笑いかけます。  ゼロスを抱きしめたまま顔をあげてオルクヘルムを見つめました。 「オルクヘルム様、これはいったいどういう事でしょうか……」  問うとオルクヘルムはじろりと私とゼロスを睨みました。  少し忌々しそうにしながらも答えます。 「しらけた」 「し、しらけた……?」  思わぬ返答に目をぱちくりさせてしまう。  オルクヘルムは不機嫌そうな顔をしながらも続けます。 「興醒めだ。……ダンゴムシ踏んだら可哀想だろ」 「……えっ」  耳を疑いました。  でも聞いていたゼロスは「わかる~……」とぐったりしながらも同意しています。  そんなオルクヘルムとゼロスの様子に私は驚きましたが、でもなんだか心がじわりと温かくなっていく。  だって、嘘。オルクヘルムはとても下手な嘘を、でも優しい嘘をついている。  オルクヘルムは王としての優しさと厳しさを持った方です。たしかに小さな生き物を踏んでしまうのは可哀想だけれど、真剣勝負前では躊躇うことをしないでしょう。実際オルクヘルムの殺気は本物でした。  でも、その強い殺気を凌駕するほどに心を動かされたのですね。それは私も同じです。 「オルクヘルム様、それはゼロスを認めてくれたということでいいのでしょうか」 「冥界の存在は認めねぇ。……だが、冥王の存在は認めてやる」 「充分ですっ。ありがとうございます!」  胸がいっぱいになる。それは冥王ゼロスが勝利したということ。  私はオルクヘルムに向かって深々と頭を下げました。  初代幻想王が冥王を認めるということは、創世した冥界の初代冥王ゼロスにとって大きな意味があることです。 「ゼロス、よく頑張りました。終わったんですよ。あなたは冥界の王、冥王です」  私は腕の中のゼロスにそう話しかけました。  ゼロスは少し驚いた顔で目を瞬く。まだ実感はないようです。 「……それって、ぼくがかったってゆうこと?」 「そうですよ」 「それじゃあ、あのおじさんは、ぼくよりよわいってゆうこと?」 「おいコラッ、ぶっ飛ばすぞ!!」  すかさずオルクヘルムが否定しました。  今回の決戦はオルクヘルムが途中で戦闘放棄したものなので、ゼロスより弱いということではありません。子どもの発言でも断固認めたくないようです。  私は小さく笑うと、ゼロスのおでこをいい子いい子と撫でてあげました。

ともだちにシェアしよう!