81 / 262

第六章・発動のトリガー10

「良かったですね、お疲れさまでした」 「うん! ぼく、ステキなめいおうさまだから、めいかいをまもってあげなきゃっておもったの。めいかい、まだなんにもないあかちゃんだから」 「はい、冥界も喜んでいますよ。たくさんのお友達も喜んでいます。あなたの小さなお友達も頑張って戦っていました」 「ダンゴムシさん、かわいかったね」 「可愛かったですね」  あなたは冥界のために戦ったのですね。冥界を守るために。  初めて冥王の玉座に座ったのはまだ赤ちゃんでしたね。あなたは泣いて嫌がって、冥界も玉座も拒絶しました。しかし今ではそんなあなたが命懸けで冥界を守っている。まだあなたは幼いので不安も心配もたくさんありますが、今は誇りに思います。  私はゼロスに笑いかけ、可愛いおでこやほっぺたや鼻先をなでなでしてあげました。形とぬくもりをたしかめるように何度もなでなでと。  そうしていると、ふとオルクヘルムに声を掛けられます。 「ブレイラ」 「オルクヘルム様?」  顔をあげるとオルクヘルムが思いがけないほど真剣な顔で私とゼロスを見ていました。  その眼差しに切なさを覚えました。  哀愁とでもいうのでしょうか。ゼロスを見つめるオルクヘルムは困ったような、尊ぶような、悔しそうな、微かに笑っているような、そんな複雑な顔をしていたのです。  そして少しの躊躇いのあと私に向かって口を開きます。 「ブレイラ、教えろ」 「なんでしょうか」 「十万年後の世界で幻想界は、………………やっぱりいい。忘れてくれ」  訊ねようとして、オルクヘルムは続けませんでした。  ほんとうはなにを聞きたかったのでしょうか。十万年後の世界で幻想界はどうなっているのか、そう聞くつもりだったのでしょうか。  でも、答えを知るのが怖いのですね。 「分かりました、忘れます。でもこれだけはお伝えしますね。この時代で見上げる青空も、十万年後で見上げる青空も一緒だということを。十万年という途方もない年月を超えても空の美しさは変わりません」 「そうか……」  オルクヘルムは静かに頷くと冥界の冥王ゼロスを見つめます。  この決戦は、ゼロスにとっては冥界を守るための戦いでしたが、オルクヘルムにとっては幻想界の未来を受け止めるためのものだったのでしょう。  オルクヘルムはゼロスの存在に幻想界の終焉を見ているのですから。  どうか願わくば、新しい冥界の冥王ゼロスの存在がオルクヘルムにとって救いになることを。  オルクヘルムは十万年後の四界の王である冥王ゼロス、勇者イスラ、魔王ハウストを順に見ましたが。 「…………おい、一人めちゃくちゃ怒ってるのがいるぞ」 「え? っ、わああっ、クロード!?」  見るとハウストの小脇に抱えられたクロードが赤ちゃんとは思えぬ形相になっていました。眉間に皺どころか鼻の上にまで小さな皺を刻んでいます。 「あうーっ、あー! あー! あぶぶっ!」  クロードは短い手足を振り回して、……怒っています。猛烈にプンプンです。  クロードはゼロスが投げられた時に咄嗟にハウストの元へ移っていました。無事でしたが攻撃されたと思ったのかもしれません。 「あぶっ、あうー! あー! あー!」  オルクヘルムに向かって強気で文句を言っています。  といってもハウストに小脇に抱えられているので迫力などありませんが、本人は相手が幻想王だろうと強気にプンプンです。  でも。 「俺に文句でもあんのか?」 「あぶっ!?」  オルクヘルムにじろりっと見られて、クロードはびっくり顔になりました。  クロードはうぐっと涙ぐんで、ハウストの腕に顔を伏せてしまいます。  あわや初代幻想王対次代の魔王の勃発かと思いましたが、そういうことはないですね。やっぱり幻想王は怖いようです。  クロードはハウストの腕に突っ伏したままぷるぷるしています。 「あう~……」 「おい、クロード」  ハウストが小脇に抱えたクロードを覗き込む。  すると顔をあげてなにやらハウストに訴えます。 「あぶっ、あー。あう~、ばぶぶっ」  おしゃべりしながらオルクヘルムを指差すクロード。  それはまるで『あいつ、あいつ』と訴えているよう。……私は分かりましたよ、あれはハウストに倒してほしいとお願いしていますね。  でもハウストは首を傾げます。大人に赤ちゃんの言葉は難しいですから。 「…………お前はなにを言ってるんだ」 「あう~……」  通じなくてクロードは小さな下唇を噛みました。なんだか悔しそう。  次はイスラを振り返って訴えたけれど……。 「……腹減ってるのか?」 「あぶっ!? あぶーっ、あー!」  ああいけません。またプンプンし始めました。  そんなクロードにゼロスが声を掛けます。 「もう~、クロードはおこりんぼうさんなんだから~」 「あぶっ、あーあー! ばぶっ!」 「クロード、プンプンしなくてもだいじょうぶ」 「あう?」 「あのおじさん、ぼくよりよわいみたいなの。あとでえいってしといてあげる。だからだいじょうぶ。わかった?」 「あいっ」  こくりと頷くクロード。納得してくれたようです。  しかしオルクヘルムは顔を引きつらせていました。 「聞こえてるぞっ。ブレイラ、お前はガキどもにどんな教育してんだ!」 「失礼ですね、もちろん厳しく育てていますよ。イスラもゼロスもクロードも立派な王になる子たちですから」  きっぱり答えてやりました。  私は三人の息子を甘やかしたいのをぐっと我慢し、立派な王に育てるべく厳しくしているのです。間違いないです。  それなのにオルクヘルムはハウストに確かめます。 「おい、こんなこと言ってるぞ」 「……ブレイラは厳しく育てていると言っている。ならば厳しいんだろ。……たぶん」 「たぶんってなんですか!」  私はすかさず言い返しました。  こうした家族のやり取りにオルクヘルムが大きな声で笑います。  ひとしきり笑うと改めて私たちを見ました。

ともだちにシェアしよう!