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第六章・発動のトリガー12

「イスラ」  名を呼ぶとイスラが振り返ってくれます。  私は応援したくて笑いかけてみたけれど、少し失敗したのかもしれません。イスラが少し困った顔で私を見ました。 「ブレイラ、そんな顔するな。俺が強いのは知ってるだろ」 「すみません、しっかり応援するつもりだったんですが……」  先ほどのゼロスとオルクヘルムの戦いは凄まじいものでした。それを見たばかりなので心が落ち着かないのです。  そんな私にイスラがからかうようにニヤリと笑います。 「気にするな。これはこれで気分が良い」 「……気分がいいなんて意地悪ですよ」  ムッとして言い返しました。  私は本気で心配しているというのに、それなのにイスラは嬉しそうに目を細めます。 「俺の特権だ。そうだろ?」 「ふふふ、そうですよ」  思わず小さく笑ってしまいました。  だってそう言ったイスラがとても自信満々に勝ち誇るから。まるですでに勝利しているかのようではないですか。  真剣な顔で見送りたかったのに、これでは台無しです。  私は笑いかけて両手を伸ばします。イスラの手を両手で包み、私の胸の前にそっと持ち上げました。 「イスラ、勝ってください。あなたは人間の王、勇者です。勇者として剣を握ると決めたならどんな時も勝たねばなりません」  私はイスラを真っすぐ見つめて言葉を紡ぎました。  そしてイスラの指先に口付けます。 「ご武運を」 「見てろ、俺が歴代最強だ。ブレイラがいるから俺は歴代最強の勇者になれる」 「ふふふ、嬉しいことを。あなたは私の誇りです。勝ってくださいね、私の王様」  そう言って笑いかけるとイスラが少し照れ臭そうな顔になりました。  イスラは優しく目を細めて、私の肩に手を置いて頬に口付けてくれます。  近い距離で目が合うと今度は目元に。凛とした面差しに大人びた雰囲気も混じって、もう子ども扱いができなくなってきましたね。私の中ではいつまでも可愛いイスラなのですが。  イスラは私からそっと離れると次はハウストを振り返りました。そこにはゼロスとクロードもいます。 「あにうえ、がんばってね! あいつ、えいってして!」 「ああ、任せろ」 「ばぶっ、あぶぶっ!」 「分かってる。俺が勝つぞ」 「あいっ!」  二人の弟の激励にイスラが答えます。  イスラがゼロスとクロードの頭にぽんっと手を置くと、二人の瞳がキラキラします。まさに憧憬の眼差しですね。  最後にイスラはハウストを見ました。  ハウストは少し呆れた顔になっています。 「……お前、磨きがかかったな」  そう言ってハウストがちらりと私を見ました。  その眼差しはなんですか。どういう意味ですか。  私は問い詰めたくなったけれど、イスラが当然のように答えます。 「俺は自分に嘘をつかないだけだ」  当然のように答えたイスラ。  さすがイスラです。きっぱり答えてくれたイスラの隣に私も立って、胸を張ってハウストを見ました。フフンッ、誇らしい気分。  そんな私にハウストは苦笑するとイスラに声を掛けます。 「行ってこい」 「ああ、行ってくる」  二人が交わした言葉はこれだけでした。  ハウストとイスラの視線が交差して離れていく。交差は一瞬の短いものでしたが二人には充分なもののようでした。  イスラは最後に私を見ると踵を返し、荒野の真ん中に向かって歩いていきます。  真ん中を挟んだ向こう側には初代イスラとレオノーラの姿がありました。  二人は特に言葉を交わした様子はなく、初代イスラも陣営から離れて荒野の真ん中へ。  でも初代イスラを見送るレオノーラは複雑な表情をしていました。今、どんな気持ちで見送っているのでしょうか。レオノーラはとても従順な従者に見えるのですが、初代イスラは歯牙にもかけないどころか嫌悪しているようにも見えるのです。  二人の関係は気になるところですが、私は視線をイスラに戻しました。  相手は初代勇者で、十万年後の私たちにとって伝説上の方。イスラと同じ名前なのも、ハウストが名づける際にイスラに初代の名を贈ったからでした。  十万年の時を経ても名が残っているということは、今までの勇者がその偉業を超えることができなかったということ。そんな初代勇者を倒すことができたなら、イスラは歴代最強を冠するに相応しいということです。 「ハウスト、いよいよですね。私はイスラが歴代最強だと信じます」  私は震えそうになる指先を握りしめて言いました。  以前ハウストはイスラと初代イスラは力が拮抗していると言いました。その状態を打破する方法は相手を殺す気で戦えるか否かだと。 「ああ、信じてやれ。それがイスラを守り、力になるだろう」 「はい」 「ブレイラ、だいじょうぶ。あにうえはつよいから。あいつをえいってするの」 「あぶ、あー、ばぶぶっ」  ゼロスとクロードも言葉を掛けてくれました。  まるで励ますようなそれに目を細めます。 「ふふふ、ありがとうございます。そうですね、イスラはとても強いですからね」  私は頷くと、二人を抱っこしてくれているハウストに手を伸ばします。 「ハウスト、二人をありがとうございます。どちらか渡してください」 「それじゃあぼくが」  ゼロスがいそいそと私のところへ身を乗り出しました。  でもその前に。 「お前は俺でいい。ブレイラ、クロードを頼む」 「はい」  私はクロードを受け取って抱っこします。  でもゼロスは納得できなかったよう。 「ちちうえ、どうしてそういうこというの! ダメでしょ!」 「お前の方が重いだろ」 「おもくないもん! ぼく、まだみっつだし!」 「ステキな冥王なんだろ。我慢しろ」 「うっ、……わかった」  ステキな冥王と言われれば我慢するしかないようです。  こうしてハウストと私はそれぞれゼロスとクロードを抱っこし、荒野の真ん中で対峙するイスラと初代イスラを見つめました。

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