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第六章・発動のトリガー15

「ここまでか。命拾いしたな」  初代イスラが嘲笑とともに言いました。  地震の前、初代イスラの剣がイスラの首を刎ねる寸前だったのです。  イスラが拳を握りしめて目を据わらせる。 「まだだ。俺を殺しそこなっただろ」 「そんなに死にたいか」 「それがお前の勝利条件だ」  イスラは真っすぐ見返したまま言いました。  その面差しに初代イスラは不愉快そうに目を細めます。 「減らず口を。次はないぞ」  初代イスラはそれだけを言うと自軍へ踵を返しました。  それを見送るとイスラも私たちの所に戻ってきます。 「イスラ!」  私はイスラに駆け寄りました。  無事に戻ってきてくれたことが嬉しくて、手を伸ばしてイスラの頬にそっと触れます。 「良かった、無事でしたね」  頬を撫でるとイスラに手を掴まれました。  イスラが私の手を握りしめます。 「心配かけたな」 「はい、心配しました。でも今あなたが私の目の前にいて、私の手に触れている。これ以上の喜びはありません」  そう言ってイスラに笑いかけました。  背筋がひやりとすることもありましたが、こうして戻ってきてくれたことが嬉しいのです。 「それに、まだ終わったわけではないんでしょう?」  イスラは一度心に決めたことは必ず成し遂げる子です。子どもの時からそうでした。  じっと見つめる私をイスラも真っすぐ見つめ返してくれます。 「そうだ、まだ終わったわけじゃない」 「はい、勝ってください。あなたは人間の王、必ず勝たねばなりません。たとえ相手が初代勇者であったとしても」 「ああ」  イスラはゆっくりと頷きました。  イスラの紫の瞳は強さを帯びて、その輝きが損なわれることはありません。どんな死闘のなかでも決して折れることはないのです。 「でもブレイラ、今はちょっとそれどころじゃなくなった。どう見ても異常事態だ」 「はい」  イスラは私を庇うようにして前に出ました。  そして剣を一閃し、襲いかかってきた蜘蛛を倒してくれます。  私はクロードを守るように抱っこし、ハウストとゼロスは周辺の蜘蛛を一気に蹴散らしてくれました。  荒野を見回して息を飲む。  数えきれないほどの狂暴な蜘蛛。怒号と悲鳴が響き、兵士たちが蜘蛛の大群と戦っています。デルバートやオルクヘルムや初代イスラやレオノーラもそれぞれ応戦していました。  しかしどれだけ倒しても次から次へと蜘蛛が出現する。まるで無限に生み出されているかのように。 「ハウスト、どこかに発生源があるはずです! この蜘蛛の怪物が私たちの時代にも出現した異形のものなら、どこかに魔法陣が!」 「ああ、魔法陣を探す。イスラ、上からいけるか?」 「任せろ」  イスラはそう言うと崖を飛び蹴って身軽に上がっていきました。高所から荒野全体を見渡して目を見開く。イスラがそこで目にしたもの、それはっ。 「ハウスト、足元だ! 俺たちは巨大な魔法陣の中にいる!!!!」 「なんだと!?」  衝撃が走りました。  そして。 「――――ようやく気付いたか、憎き王どもよ」  しわがれた低い声が聞こえました。  振り向くと、崖の上に黒衣の男が立っています。男はフードを目深に被り、その隙間から満足そうに私たちを見下ろしている。  その異様な姿に緊張が走りました。 「魔力を感じない。あれは人間か……」  ハウストが男を見据えながら言いました。  その言葉に納得します。この場所には四界の王がいたのに、不審な男の存在に誰一人気付かなかったのです。  でも相手が魔力無しなら納得できることです。 「これほどの魔法陣をどうして……。魔力を持っていないのにそんなことができるんですか?」 「分からん。だがこれはあの男が仕掛けたもので間違いないようだ」  ハウストの緊張が高まります。  あまりにも予想外の展開でした。  崖の上の男がゆっくりフードを取る。そこにいたのはどこにでもいるような痩せた老人でした。でも窪んだ目は爛々として、異様な妄執を感じさせるもの。  男は私たちを見下ろして恭しく一礼しました。 「十万年後の王よ。お初にお目に掛かります。私の名はゲオルク。力無き人間の一人でございます」 「どうして私たちのことをっ……」  警戒が高まります。  私たちが十万年後から時空転移してきたことは、この時代ではごく一部の者たちにしか知らせていないはず。それなのにゲオルクと名乗った男は私たちのことを知っているようでした。  ゲオルクは騒然とする荒野の光景を見渡しました。異形の蜘蛛の怪物が兵士たちを襲っている光景にじわじわと感極まっていく。 「どうですっ、この醜悪な異形の怪物!! 十万年後の者どもがこれを知っているということは、私の望みが叶ったという証明!!」  ゲオルクは感激の涙を浮かべて言いました。  そして今度は魔王デルバート、幻想王オルクヘルム、そして最後に初代勇者イスラを睨みつけます。  それは深い憎悪を帯びた暗い瞳。ゲオルクは憎悪のままに初代王たちに告げる。 「これは貴様ら王どもへの復讐っ……! 特に初代勇者よ、人間の王たる者よ、貴様が侮る力無き人間の憎悪によって終焉を迎えるがいい!!!!」  そう言ったと同時に数えきれないほどの蜘蛛が初代王の三人に襲いかかります。  初代王たちは撃退するも、魔法陣によって蜘蛛が無限に湧き出てくる。特に初代イスラに対する攻撃は凄まじいもので、従者レオノーラも剣を振るって戦っていました。 「くっ、数が多すぎるっ……!」 「イスラ様、加勢いたします!」 「邪魔だっ、どけ!」 「申し訳ありませんっ……」  レオノーラは申し訳なさそうにしながらも彼の側で戦っています。  しかしそんなレオノーラにゲオルクは気付くと意外そうな顔になりました。 「貴様は……。なるほど、勇者の元に貴様のような人間がいるとは、なんと哀れな……」  ゲオルクはそう言うと、次に私を見ました。  レオノーラを目にした時と同様に哀れみの面差し。  私は困惑してしまう。ゲオルクは王たちに憎悪を向けながらも、私とレオノーラを哀れんでいるのです。

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