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第六章・発動のトリガー16
「来なさい、力無き人間よ。私がお前たちに力を与えてやろう。復讐する力をっ……!」
ゲオルクはそう言うと私とレオノーラに向かって手を差し出しました。
なにがなんだか分かりません。ゲオルクがなにを言っているのか、どういうつもりで私たちに手を差し伸べるのか。
異様な妄執を感じて私は後ずさってしまう。
「な、なんのつもりですっ! 復讐とはどういうことです!?」
「可哀想に、身柄ばかりか心まで囚われたか……」
拒絶した私にゲオルクは更に哀れみを深めたようでした。
目に涙を浮かべて私に同情したかと思うと、荒野にいた蜘蛛が私に向かって糸を噴き出しました。
「ブレイラ、下がれ!」
「はいっ!」
寸前でハウストの大剣が糸を断ち切ってくれます。
それに合わせてイスラが崖上のゲオルクに向かって一気に距離を詰めました。
巨大蜘蛛がイスラを妨害しようとするも、たちどころに切り伏せて突破していきます。
「どこのどいつか知らないが、ここまでだ!!!!」
イスラは剣を一閃させましたが、ガキンッ!! 剣が弾かれました。
ゲオルクが防壁魔法を発動させたのです。
イスラは更に攻撃を加えて防壁を破壊しようとする。その動きに合わせ、シャランッ……、祈り石のペンダントがシャツから覗きました。イスラは肌身離さず身に着けてくれているのです。
それは戦闘中に起こる偶然の出来事でしたが、それを目にしたゲオルクが目を見開きました。
「き、きき貴様あああああっ! 勇者のくせに、なぜっ、なぜその石を持っている!?!!」
「うわッ!」
突如激昂したゲオルクの魔法陣が更に力を増しました。
衝撃にイスラが弾かれ、空中でくるりと回転して荒野に着地します。
でも祈り石を目にしたゲオルクは激しく憤怒し、目を剥いて私たちを睨み下ろす。そしてハウストの指に祈り石の指輪を見つけると愕然としました。
「ま、ま、まさかお前たちもっ……! ああ、なんてことだっ、憎き王たちが我々の祈り石を!! その石は力無き人間が魔力に対抗するためのものだというのに!!」
狂ったように苦悶するゲオルク。
その不気味な様子にゼロスが「クロード、ぼくのペンダントかくしてかくして!」と慌てて祈り石のペンダントを隠すように駆け寄ってきました。
しかし苦悶と悲憤に嘆いたゲオルクはギロリと私たちを睨みつけます。
「許されんっ、それを王が持つことは許されんのだ!!!!」
ゲオルクが外套の懐から琥珀色の小石をとりだしました。
その石は私たちがよく知っているもの、祈り石。
祈り石からまばゆい光が放たれ、そして、――――パリーーン!!!!
「そ、そんなっ……」
私は驚愕に目を見開きました。
キラキラと砂塵が舞い散る。ハウストの指輪、イスラとゼロスのペンダント、そう三人の祈り石が砕け散ったのです。
砕けた祈り石にハウストとイスラとゼロスが愕然としました。
「ブレイラの指輪がっ……」
「俺のペンダントもだ!」
「あああっ、ぼくのたからものなのに~っ!」
ゼロスはクロードに貸していたペンダントをチェックして嘆きました。
無残に砕けた祈り石。それは以前もハウスト、イスラ、ゼロスを守って砕けたことがあるけれど、三人は修復して大切に持ってくれていました。
しかし今回、修復が不可能なほどに粉々に破壊されました。しかも今までとは経緯が違い、故意に破壊されたのです。
ハウストは呆然と指輪の残骸を見ていましたが、ゆっくりと顔をあげる。そしてゲオルクを鋭い目で睨み据えました。
「貴様、何をしたか分かっているのか」
地を這うような低い声。
ハウストの足元から凍てつくような闘気が立ち上がり、――――ドンッ! 闘気の衝撃波によって周囲一帯の巨大蜘蛛が一瞬にして塵となりました。
ハウストの凄まじい闘気にゲオルクは怯むも、憎悪のままに声を荒げます。
「王どもが不相応な祈り石を持つことは、幾百年っ、幾千年にもおよぶ我々の祈りへの冒涜っ……! それは断じて許されない!!!!」
「許そうと許すまいと関係ないっ。貴様は死ね!」
ハウストは大剣を出現させ、一瞬でゲオルクに接近しました。
ゲオルクは咄嗟に防壁魔法を発動するも、それよりも早くハウストの大剣が閃きます。
「グアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
ゲオルクから悲鳴があがりました。
ハウストの大剣に切りつけられ、胸から血飛沫が上がります。致命傷の傷にゲオルクが膝をつく。
このまま絶命するかと思われましたが、ゲオルクの瞳は生気を失っていない。それどころか不気味に輝きます。それは憎悪の灯。
「おのれっ、おのれえええええええ!! 祈り石よっ、我を守りたまえ! 我を復活させたまえ! 我の祈りを聞き届けたまええええ!!!!」
ゲオルクの祈り石が光を放ちました。
すると致命傷の傷がみるみる塞がっていきます。
「ゲオルクの傷が治っていきますっ……」
息を飲みました。
驚愕する私たちにゲオルクの口角がニヤリと吊り上がります。
「星と繋がった私の祈りが妨げられることはない!!!! 王どもよ、あまたの憎悪を受けとめよ!! 背負った大罪にのたうち、悔いてこの場で死ぬがよい!!!!」
――――カッ!!!!
地面から強い光が放たれました。
蜘蛛の怪物を出現させた巨大魔法陣の光です。
ゴゴゴゴゴゴゴッ……!
足元に闇の沼が広がって、地鳴りとともに巨大な影が這い上がってきます。
そして姿を見せたのは、山のように巨大な蜘蛛の怪物でした。
今までの蜘蛛とは比べものにならない大きさに目を見開く。
「な、なんて大きさの怪物っ……!」
私はクロードを抱きしめる腕に力を込めました。
クロードもぴたりと私にしがみ付いて隠れるように顔を伏せます。
「クロード、大丈夫ですからね」
「あう~」
安心させるように伏せた頭を撫でてあげました。
そう、大丈夫。ここにはハウストとイスラもいるのです。初代王たちも超巨大蜘蛛の怪物と戦いだしたのですから。
「ゼロス、お前はブレイラとクロードから離れるな! 必ず守れ! イスラは蜘蛛を始末しろ、俺はゲオルクを追う!!」
ハウストはそう指示するとゲオルクを追って駆けだしました。
指示されたゼロスも私のところに来てくれます。
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