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第六章・発動のトリガー21

「十万年後に出現している怪物は、この時代と同じものと考えてもいいということじゃな。もしくは、ゲオルクによってこの時代で作られたと」  深刻な口調でリースベットが言いました。  他の王たちも真剣な顔で頷きます。同じく三歳児のお絵描きに付き合ってしまった事実などなかったかのように。 「クラーケンは俺の時代にも出現したが、それ以外の時代でも確認されている。他の異形の怪物も同様だ。伝承に残っている不可解な怪物も同じだと考えてもいいだろう」  ハウストも真剣な顔で答えました。  イスラも真剣な顔で今後のことを話します。 「十万年後に戻ったら各地の伝承を調査してみる必要があるな」 「ならばこの時代では目撃情報を集める必要があるってことだ」  オルクヘルムもいつにない真剣さですね。  大人たちは深刻に真剣な様子。  そしてそんな大人たちを三歳児が見上げています。 「ねえねえ、ぼくじょうずにおえかきしたんだけど。ほらあそこ」  ゼロスが大人たちを見上げて言いました。  大人たちは真剣な顔でやりすごそうとしましたが、……あっ、デルバート様がうっかり目を合わせてしまいます。  もちろんゼロスは逃がしません。 「みたいの!? いいよっ、こっち! かいぶつ、じょうずにかいたの! これみたことある? ぼく、はじめてでびっくりしたんだけど、がんばってえいってした!」 「…………」  困っています。三歳児に絡まれて初代魔王がとても困っています。  デルバートが三歳児のゼロスを黙って見下ろす姿はなんだか怖いけれど、……あれは困惑していますね。とても分かりにくいですが、たまにハウストも似たような反応をする時があるので分かりますよ。  魔界の城でもゼロスはハウストに構ってほしくなると、 『ちちうえ~、ぼくのおはなしききたい~?』 『……どうして俺が聞きたがってるのが前提なんだ』  そうやってよく絡みに行っています。  今でこそハウストは慣れましたが最初は対応に苦慮していました。そして今、もちろんデルバートは初心者です。  デルバートは困惑した末に、……あ、私を見ました。目が合うと訴えてきます。この子どもをなんとかしろと。  ……ずるいですね、ハウストと似た面差しでお願いされては断れないじゃないですか。 「ゼロス、私にも教えてください。これが村で遭遇した怪物なんですね」  私が声をかけると、デルバートに絡んでいたゼロスがパッと顔を輝かせます。  ぴゅーっとこちらへやって来るゼロス。デルバートがどこかほっとした顔をしていました。 「そうなの! おかおがこんなで、あしはこんなの!」 「上手にお絵描きできましたね。よく描けているので分かりやすいです」 「えへへ、まあね。ブタさんとイノシシさんをまぜまぜしたみたいで、こんなおっきかった」 「え……?」  なにげなく告げられたそれに目を見張りました。  ブタとイノシシを混ぜ合わせたような巨体の怪物……。それは私にも覚えがあるものでした。  ハウストを見ると彼が険しい顔で頷きます。 「オークだ。決定的だな……」  人間の村に出現したのはオークでした。  それは十万年後でも出現したもので、クラーケンに続いて決定的なものになりました。やはり十万年後の異形の怪物はこの時代からのものだと考えていいようです。 「どうやら、われらの時代から始まっているようじゃな……」 「怪物が目撃されるようになったのが最近ならそう考えるのが妥当かと思います。十万年後では、異形の怪物が出現する時は世界が不安定になった時だという伝承がありましたから」 「この時代に始まった出来事が伝承となったか……」  リースベットはそう言うとレオノーラを見ました。  異形の怪物とゲオルクは無関係ではありません。むしろ怪物を生み出したのはゲオルクだと考えてもいいでしょう。  そしてそのゲオルクの発言には幾つか引っ掛かる点がありました。なかでもレオノーラに対して他とは違った反応を見せたのです。 「レオノーラ、お前の子どもの頃の話しをせよ。どんな村で生まれ、どのような暮らしをしていたか。覚えていることだけでよい」 「…………」  問われたレオノーラは視線を落としました。  レオノーラの村は初代イスラの親が滅ぼしたと言っていたのです。しかし今のレオノーラは初代イスラに仕えているので話し難いのでしょう。  でも少ししてゆっくりと口を開く。黙っていられる事態ではないことも理解しているのです。 「……私の村は深い山奥にありました。私たちが村を出ることはほとんどなく、また村外の人間と交流することもありませんでした。でもそれは同じ人間からも隠れる必要があったからです」 「同じ人間からも隠れるのですか?」  私が聞くとレオノーラが振り向きます。  私を見つめるレオノーラの眼差しは労わりと哀れみを帯びている。そして。 「ブレイラ様、十万年後の世界では魔力を持たない人間はどのような扱いを受けていますか? 他の人間と同様の暮らしを許されていますか? 虐げられたり迫害されたりしていませんか?」 「え……?」  思わぬ質問に驚きました。  そしてその質問の意味に胸が痛くなる。だってそれは十万年前のこの時代、私のような魔力のない人間は同じ人間からも迫害を受けていたということです。  動揺した私にレオノーラはほっと安心したように微笑しました。 「良かった。十万年後は私やあなたのように魔力を持っていない人間でも、他の人間のように平穏に暮らせているんですね」  そう言って微笑むレオノーラ。  私は初めてレオノーラの微笑みを目にした気がしました。

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