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第六章・発動のトリガー22
「レオノーラ様……」
かける言葉が見つかりませんでした。
この四界では魔族と精霊族と幻想族と人間が存在し、持って生まれた大きさは違ってもすべての種族に魔力があります。しかし人間だけは極まれに魔力を持たない者もいました。私もその一人。私は生まれた時から魔力がありませんから。
でも私の時代にレオノーラが憂える迫害はありません。人間界にあるのは厳しい貧富の差だけで、それは魔力の有無によって発生するものではありませんでした。
人間にとって魔力は異種族に対抗するための力でしたが、私たちの時代には世界を隔てる結界があるので大規模な軍事衝突が起こることはありません。結界によって異種族との関りは薄く、人間にとって魔力が暮らしを守るために絶対必要なものというわけではなかったのです。
しかしこの時代は違いました。長い大戦が続く中で、魔力を持たない人間は同じ人間からも侮られ、迫害されているのでしょう。この時代は無力であることそのものが許されないということでした。
レオノーラはゆっくりと村の話しを続けます。
「私の村は迫害を受けた魔力無しの人間が集まってできた村でした。私たちの村以外にも、各地にこういう村がありました。私たちは外とは一切繋がりを持ちませんが一つだけ例外があったのを覚えています。それが先ほどの紋章の教会でした」
レオノーラはそう言うとハウストからブローチを受け取ります。
ブローチに刻まれた紋章を見つめて切なげに目を細めました。
「この紋章は各地に点在する魔力無しの人間を一つにするものです。普段は村の外に出ることすらしませんが、月に一度だけ魔力無しの人間が教会に集まって祈りを捧げていました。私は子どもだったので教会がなにを崇めて、なにを祈っているのか分かりませんでしたが、大人たちが一心不乱に祈っていたのを見たことがあります」
「ゲオルクは魔力無しの人間、ということはゲオルクも教会の信者と考えてもいいじゃろう。レオノーラとブレイラに他とは違った反応をしたのも仲間意識からかもしれんな。それにしてもその教会とやら、気になるな……。探してみるか」
ふむとリースベットが腕を組む。
もちろん捜索に異を唱える者はいません。
でもふいに、今まで黙っていた初代イスラが口を開きます。
「探しても無駄だ、すでに教会はない。その教会を壊滅させたのは俺の部族だからな」
「なんじゃとっ?」
全員が驚愕して初代イスラを振り返りました。
でも初代イスラは気にすることなく言葉を続けます。
「俺の部族は人間界の覇権を取るために勢力を拡大してきた。レオノーラの村も教会もその一つに過ぎない。従属するなら受け入れるが、歯向かうなら滅ぼす。おそらくゲオルクはどこかで滅ぼした村の生き残りだ。ならば俺に恨みを持っていることも頷ける」
恨まれることを意に介した様子もなく、当然のように初代イスラは言いました。
その口調は淡々として、私は少し切ない気持ちになってしまう。だってそれに対して初代王たちもレオノーラも平然としたままです。それはこの時代では当たり前の価値観だということなのですから。
「とはいえ面倒なことになったものじゃ。無力な相手からとはいえ復讐の感情ほど厄介なものはないぞ? まあ、先ほどのゲオルクを無力と扱うのは些か疑問ではあるがな……。あのゲオルクの力、魔力ではなかったな。あの妙な石を祈り石と言っていたが」
リースベットは忌々しげに言いました。
本来魔力無しの人間であるゲオルクに魔法陣を扱うことは不可能です。
しかしゲオルクは強力な魔法陣を発動させたり、自在に異形の怪物を出現させたりしました。それを可能にしているもの、それが祈り石であることは間違いないでしょう。
でも祈り石は私たち家族にとって大切な石です。
「祈り石は悪しき石ではありませんっ。たしかにゲオルクは祈り石を使っていましたが、私たちは祈り石に何度も守られましたっ……!」
私は堪らなくなって声をあげました。
悪しき石として扱われたくありません。
それにゲオルクは私たちの祈り石を粉々に破壊したのです。絶対に許せないことでした。
そんな私にリースベットは苦笑します。
「そうか、それは悪かった。では聞こう。十万年後では祈り石とはどういう物として扱われている? ゲオルクはそなた達が祈り石を持っていることに激昂していたようじゃが」
「ゲオルクの事情は分かりませんが、私たちの時代でも祈り石については分かっていないことの方が多いです。ただ、この石は魔石とは違うと聞きました。祈り手の祈りによって力を持つのだと」
これは以前ドミニクから聞いたことでした。
創世期の頃から存在するという祈り石ですが、私たちの時代でもいにしえの魔王によって洞窟が細工されているので手に入れるのが難しい石でした。
「この世界にそんなものがあったとは……。知っていたか?」
リースベットが他の初代王にたしかめましたが、どうやら知らないことだったようです。もちろんデルバートも。
そもそもこの時代のどこに祈り石があるのかも分かっていません。
「これ以上、話していても無駄だな」
ふと初代イスラが言いました。
これ以上用はないとばかりに帰ろうとしましたが、その時。
「ああっ! どうしようっ、たいへん!!」
突然ゼロスが大きな声をあげました。
話の途中から暇になって地面にお絵描きしていたゼロスですが、なにやら大変な事態に気付いたようです。
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