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第六章・発動のトリガー24
「デルバート様、話しの続きは食事の後にしましょう。今夜はぜひ泊まっていってください」
デルバートにもお願いしました。
幻想王と精霊王も泊まっていきますし、交わす言葉が多ければ他にも多くのことが分かるかもしれませんから。
「私は人間ですが十万年後の魔界で王妃として暮らしています。この時代の魔界のこと、デルバート様のこと、お話しいただければ嬉しく思います。ですから、ぜひ」
そう言って笑いかけると、デルバートの顔が少しだけ穏やかなものになりました。
近寄りがたい雰囲気だったので、今のは了承ということでよいでしょう。
「嬉しいです。ありがとうございます」
「ああ……」
頷いてくれたデルバートに目を細めました。
やっぱりハウストに面影が重なりますね。顔がそっくりというわけではありませんが、ふとした時に見せる表情や雰囲気が重なるのです。
「…………おい、ブレイラ」
ふとハウストに声を掛けられます。
なんでしょうかと振り向くと、ハウストが少し不機嫌な顔で私を見ていました。
「お前、あの男に甘くないか?」
「そんなつもりは……」
言い返そうとしてハッとします。
じわじわと頬が熱くなっていく。だってこれは嫉妬しているということですよね!
私がデルバートにときめいているのではないかと不機嫌になってっ……。ふふふ、私はあなただけなのに。
緩んでしまいそうな頬を片手で押さえ、ハウストにこそこそ耳打ちします。
「私、あなたに一番甘いですよ?」
私は悪い王妃です。嫉妬させてしまって嬉しいと思っているのですから。
もしかしたらハウストも私が嫉妬すると嬉しいと思ったりするのでしょうか。
私の言葉に機嫌を浮上させてくれたのか、ハウストが眉を上げて僅かに顔を緩ませます。
「俺が一番か」
「当たり前じゃないですか。あなただけです」
「そうか、そうか」
「そうですよ」
こそこそ内緒話しました。
たったこれだけなのに楽しくて浮かれた気分。あなたとなら、こんな他愛ない内緒話も私にとっては特別なものになるのです。
私とハウストはこそこそいちゃついていましたが、そんな私たちをリースベットが複雑な顔で見ていました。
「妙な気分になるな……」
呟いたリースベットにオルクヘルムも「そうだろそうだろ」とうんうん頷きます。
二人はからかうでもなく、なんとも信じ難いものでも見るような顔をしていました。
そんな真剣な反応をされると私も反応に困りますね。からかわれた方がまだ分かりやすいです。
「あ、あのすみません。こんな時に……」
「いや気にするな。感心しておるのじゃ」
なんとなく謝ってみたものの、リースベットは首を横に振る。なんだか恐縮です。
「十万年後の魔王と普通の人間の男が婚姻関係にあることは知っておったが、こうして睦まじい姿を見ると不思議な気分になってな……」
「俺も慣れるのに苦労したぜ」
「しかも子どもまでおる」
「ああ、親子だ。嘘みたいな話しだろ」
オルクヘルムとリースベットは神妙な顔で私たち家族を見ました。
私の隣には魔王ハウストがいて、側には勇者イスラと冥王ゼロス、抱っこしているのは次代の魔王クロード。しかも精霊族のジェノキスとも懇意にしています。
こうして感心されるとなにも言えなくなってしまいますね。
だってそれは、この時代では魔王と人間が結ばれるという事が、それほどにあり得ないことだということだから。
十万年前の方々から見て、私たち親子や人間関係は不思議なものに見えている事でしょう。
でも不思議な関係に見えても、私たちの四界では受け入れられた関係です。それは簡単なことではなかったけれど、多くの方々に助けられて私たちは今に至りました。
「私たちも最初から上手くいっていたわけじゃないんです。関係がすぐに受け入れられたわけではありませんし、ハウストですら出会ったばかりの頃は人間の私を疎ましく思うことがありましたから」
私たちの十万年後は今でこそ四界が少しずつ親交を深めている関係ですが、そうなる前は断絶状態が長く続いて殺伐としていました。結界があるので領土拡大の大規模な四界大戦はなくても、敵対関係であることに変わりはなかったのです。
「私は孤児だったので大人になってからずっと山奥で一人暮らしでした。でも最初にイスラが私の家族になってくれて、ハウストと結ばれて、ゼロスが私の元で誕生してくれて、クロードを三人目の子どもとして迎えることができました。血の繋がりはなくても、同じ種族でなくても、それでも今では五人家族です。すべてが最初から上手くいったわけではありませんが、たくさんの方々に助けてもらって今があります」
そう言って私はハウストを、イスラを、ゼロスを、クロードを順に見つめました。
一言で語ることは難しいですが、これだけははっきりしています。
「私はハウストと結婚して、イスラとゼロスとクロードを子どもに迎えることができて、とても、とても幸せなんです」
幸せなのだと伝えました。
私たちの関係は不可能ではなく、可能なのだと伝えたくなったのです。決してあり得ないことではないと。
「そうか……。われらにとっては夢のようなものじゃが、悪くない」
そう言ってリースベットが優しく目を細めてくれました。
オルクヘルムも感心したように腕を組んで頷いてくれます。
どうしてでしょうね。今こうして羨むように褒めてくれているのに、ここにいる初代王たちは夢物語を聞くような顔をしています。
優しく頷いてくれているけれど、自分の世界の話しではないと割り切っているようでした。
そんな様子に切なさを覚えて、夢ではないと、不可能ではないと、そう言いたかった。でも。
「レオノーラ様……?」
ふとレオノーラの様子に気付いてしまう。
いつも穏やかなレオノーラが、私が話している間ずっと目を伏せていたのです。なにかを押し殺すように、耐えようとするように、ずっと。
声を掛けた私にレオノーラがゆっくり顔をあげました。
目が合うと優しく目を細めます。
「十万年後のお話しをありがとうございます。まるで御伽噺を聞いているような、楽しい気持ちになりました」
レオノーラの言葉に私はなにも返せませんでした。
だってレオノーラの言葉は拒絶のそれ。穏やかだからこそ強い拒絶を感じたのです。
レオノーラは優しく笑むと、初代イスラを振り返ります。
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