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第六章・発動のトリガー25
「イスラ様、いかがなさいますか?」
「俺は帰る」
「承知しました。ブレイラ様、私たちは」
「帰るのは俺だけだ。レオノーラはここに残れ」
「えっ?」
レオノーラは驚いて初代イスラを振り返りました。
一緒に帰るつもりだったのに残れと命じられて驚いたようです。
「お待ちくださいっ、イスラ様がお帰りになるなら私も一緒に」
「馬鹿か。異形の怪物は人間の村にも出現している。話しはお前が聞いておけ」
「イスラ様……」
レオノーラが困惑しています。
しかし初代イスラは構わずに洞窟を出て帰ろうとする。私はそれを黙って見送ろうと思ったんです。レオノーラが残ってくれるなら十万年前の人間の話しを聞けるので特に問題はありませんから。
でもね、でも、あなたはあまりにも……。
「――――待ちなさい、イスラ」
私は思わず呼び止めました。
初代イスラが立ち止まって、私を煩わしそうに振り返ります。
不機嫌な顔をしていますね。睨んでくるけれど怖くありませんよ。だって、あなたはあまりにも私のイスラに似ているのです。
「イスラ」
私の大切なイスラと同じ名前。その名を呼びながら初代イスラに足を向けました。
そして初代イスラにそっと手を伸ばし、その手を取る。そうすると初代イスラは少し強張ってしまって、それを宥めるように両手で包みます。
「私、あなたのことが知りたいです」
「……なに?」
「知りたいです。あなたのこと」
「知ってどうする。説教でもするつもりか?」
皮肉たっぷりに言い返されました。
生意気ですね。でもいいです、許してあげます。
「それもいいですね。あなたが望むならいくらでも」
「ふざけるなっ!」
「ふざけていませんよ。あなたを教えてください」
初代イスラを真っすぐ見つめて笑いかけました。
初代イスラが目を見張ります。
綺麗な紫ですね。それは勇者の瞳。だから呼び止めてしまったのかもしれません。
勇者は孤独になってはいけないのです。余計なお世話かもしれないけれど、私には初代イスラが独りぼっちに見えてしまったのです。
こうして私と初代イスラが見つめ合う。でも、……パシンッ、手が振り払われてしまいました。
「触るな」
「寂しいことを言いますね」
少し恨みがましげに見つめてやりました。
でもそんな私を無視して初代イスラが背を向けます。
今度は引き止めません。きっとまた会うこともあるでしょう。
遠ざかる背中を見送っていると、ゼロスが心配そうに呼びかけます。
「かえっちゃうの!? くらいけどだいじょうぶ!? ここに、とまっていきなよー!! おいしいおりょうりもあるよー!!」
大きな声は届いているはずですが、初代イスラは振り返りもせずに立ち去ってしまいました。
その姿が見えなくなって、ゼロスの眉が八の字になってしまう。
「いっちゃったね……。あぶなくないのかな? だいじょうぶかな? ちゃんとおうちにかえれるかな?」
相手は初代勇者なのでその心配はいらないのですが、とても残念そうなゼロス。
今まで『あいつ、えいってして!』とイスラにお願いしたりしてずっとやっつけたい相手だったはずなのに、初代イスラにも一緒に泊まっていってほしかったのですね。
「残念でしたね」
「うん……」
「今回は断られてしまいましたが、また誘ってあげてください。もういいやと思ってしまわずに、何度も誘ってあげてください。あのイスラはきっと上手にお返事できないだけなんです」
「そうなんだあ~。いいよ、またどうぞってする! いっぱいどうぞってするの!」
「はい、お願いしますね」
「うん、いっぱいする!」
初代イスラの不器用さと頑なさは私にも覚えがあるものです。
そんな相手を何度も誘うことは誰もができることではありません。何度も断られていると悲しくなって、寂しくなって、もういいやと投げやりな気持ちになってしまうもの。でもゼロスにとっては容易いことなのですね。強くて柔軟で、ほんとうにあなたはステキな冥王さまです。
私はゼロスに笑いかけると、レオノーラに向かってお辞儀しました。
「レオノーラ様、今夜はゆっくりお過ごしください」
「ありがとうございます。お世話になります」
レオノーラは困惑しながらもお辞儀してくれます。
初代イスラは帰ってしまったけれど、まさかのお客さま達に今夜は賑やかになりそうでした。
その日の夜。
私たちは焚き火を囲ってたくさんのお話しをしました。
内容はほとんど十万年後と十万年前の情報交換のようなものでしたが、なかには他愛ない雑談もあったりして楽しい時間を過ごすことができました。
たくさんのもてなしの料理を作るのは大変でしたが、これも大丈夫、皆が手伝ってくれました。特にゼロスが張り切ってくれて忙しそうにくるくる動き回っていましたよ。クロードの応援もあったので百人力ですね。
夕食では十万年後の料理を初代王たちやレオノーラに満足してもらえてよかったです。
こうして賑やかな夕食が終わると、今からゲオルクや異形の怪物についての話し合いの時間でした。
でもその前に、私にはしなくてはならないことが。
「ゼロス、そろそろお休みする時間です」
「ええ~っ。ぼく、まだおきてる。みんなでおしゃべりするの」
「そう言わないでください。今日はあなたもクロードも疲れたでしょう」
クロードはミルク中も瞼がうとうとして眠ってしまいそうでした。今もハンカチをむにゃむにゃして、すぐにでも眠ってしまいそう。
そんなクロードにゼロスは上から目線です。
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