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第六章・発動のトリガー26
「クロードはあかちゃんだから、クロードだけねなさい!」
ビシッとした口調で言いました。
生意気ですね。どうやら大人の会話に混じりたいようです。
でもね、ゼロスはまだ三歳。今日のあなたはとても頑張ったのでとても眠いはず。
仕方ありません、ここは奥の手を使いましょう。
私は少し視線を落として物憂げな顔をつくってみせました。
「……一緒に眠ってくれないのですね。残念です、ゼロスをトントンしたかったのに……」
「ええっ、ぼくをトントンしたかったの!?」
ゼロスが大きく反応しました。
いい感じの反応です。ひと押ししてみましょう。
「今なら絵本を読みながらトントンだったのに……」
「ええええっ、ふたつも!? ふたつもいっしょに!?」
「はい、今日は特別に絵本とトントンも一緒です。私、ゼロスとクロードに読んであげようと思って絵本も持ってきたんです。ほらここに」
ごそごそとリュックを漁って絵本を取り出しました。
ゼロスとクロードがお気に入りの絵本です。添い寝してもなかなか寝付かない夜、絵本とトントンの同時攻撃をするとゼロスはいつもより早く眠ってくれるのです。
絵本を目にした瞬間、ゼロスの瞳がキラキラしました。
「おおおお~っ、ぼくのすきなえほんだ~~!」
「お~っ、お~っ」
抱っこしているクロードまで「お~っ」と興奮しています。
さあ最後のひと押し。
「今ならもう一冊読んであげます」
「いいよ! トントンしてもいいよ!」
即答でした。
ゼロスは満面笑顔で大人たちを振り返ります。
「もっとおしゃべりしたかったけど、ブレイラがトントンしたいっていうし、さきにおやすみするね。おやすみなさい」
皆にお休みのご挨拶ができるなんてえらいですね。
リースベットやオルクヘルムやジェノキスはおかしそうに笑いながらも「おやすみ」と返してくれました。
「ちちうえ、ごめんね、さきにおやすみするね。おやすみなさい」
「いいぞ、遠慮なく寝てこい。おやすみ」
「あにうえ、ブレイラがぼくをよんでるし、おやすみなさい」
「ああ、すみやかに寝てこい。おやすみ」
ゼロスは惜しみつつも全員にご挨拶して眠る準備万端です。
絵本を片手に手招きすると、ゼロスが寝床にクロードと並んで入ります。
上手くいきました。ここまでくればこっちのもの。
私は絵本を広げ、クロードを挟んでゼロスをトントンしてあげます。
トントントン。
「ブレイラのトントンとえほん……、ああ~……スヤァ……」
「えっ、もう!?」
ギョッとしました。
一瞬でスヤスヤ……。すでにスヤスヤです。クロードまでスヤスヤです。
見ていたオルクヘルムも盛大に呆れた顔をしていました。
「……即効で寝たな。一瞬じゃねぇか」
「ほんとに一瞬でした……。いつもはもう少し粘るんですが、とても疲れていたんでしょうね」
私も予想外すぎて驚きました。
トントン三回で夢の中。一文字も絵本を読んでないのに……。
でも穏やかな二人の寝顔に頬が緩む。安心した顔で眠ってくれる幼い二人がとても可愛いのです。
「また絵本を読んであげますね。おやすみなさい」
そう声をかけ、ゼロスとクロードの前髪を指で横に梳いてあげます。露わになった丸い額が可愛くて、順番に唇を寄せました。
もう一度「おやすみなさい」と声を掛け、私は静かに二人から離れました。
見守ってくれていたハウストに隣に来るように迎えられます。
「ブレイラ、ありがとう」
「いいえ、二人ともすぐに眠っていきました。今日はとても頑張りましたから」
「そうだな」
私はハウストに笑いかけると、広げられていた地図に目を向けます。
私が二人を寝かしつけている間、それぞれが遭遇した異形の怪物の出現地点を地図上にまとめてくれていました。
異形の怪物が初めて目撃されたのは半年ほど前から。それから世界各地で徐々に増えていき、村を襲撃するような複数の出現はゼロスが遭遇したものが初めてだったようです。
ゲオルクがなんらかの方法で異形の怪物を作りだし、半年ほど前から出現実験を行なっていたと考えるのが自然でしょう。そして今回、大規模な襲撃へと至ったのです。
「……ここに妙な動きがあるな」
ふと地図を見ていたイスラがなにかに気付きました。
イスラが出現点を順に差していきます。
「出現地点を時系列順にすると、ここから始まって同じ方向に向かっているように見える」
「たしかに……。異形の怪物が初めて目撃された場所は……これは孤島ですか?」
そこは広大な海の真ん中にぽつんとある孤島でした。
でもその孤島に首を傾げてしまいます。
「ハウスト、この孤島は私たちの時代にはない孤島ですよね?」
「そうだ、この辺りは十万年後では海だけで孤島は存在しない」
十万年の間に地殻変動で島が沈んだとも考えられますが、異形の怪物が初めて出現した場所だと思うと無関係とは思えません。
なにより十万年後で発見した禁書には、『十万年前に孤島が沈み、世界を四つに分かつ結界が張られた』とあるのです。
この孤島が禁書に書いてあった孤島かどうか謎ではありますが……。
疑問が生まれる中、イスラがまた地図を差しました。
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