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第六章・発動のトリガー27

「ブレイラ、それだけじゃない。孤島から始まった怪物の出現が同じ方向に向かっている」  散らばっていた出現点が海を渡り、陸地へ降りて、同じ方向へ向かっていきます。  その方向を辿って息を飲む。だって、そこはっ……。 「こ、この方向って……こ、『ここ』、ですよね……!?」  地図には洞窟が記されていました。  目的地がこの洞窟なのか別になにかあるのか分かりませんが、とりあえずこちらに向かっているということです。  その事実に血の気が引きました。 「ああ、ここだな」  ハウストが真剣な口調で肯定しました。  イスラも初代王たちも真剣な顔で、誰も冗談だと言ってくれません。 「それじゃあ、またいつ怪物が現われてもおかしくないということですか!?」  私は慌てて眠っているゼロスとクロードを振り返りました。  そんな私にハウストが少し呆れた顔になります。 「クロードはともかくゼロスは大丈夫だ。それより自分の心配をしろ」 「そ、そうですけど……」  それは分かっていますがゼロスとクロードはまだ幼い子どもと赤ちゃんです。心配になるのは当たり前です。 「そんなに心配するな、向かってきているだけで目的地がここだと決まったわけじゃない。だが用心は必要だ。お前とクロードは必ず俺かイスラかゼロスと一緒にいろ、いいな?」 「はい……。…………ん? ゼロスもあなたやイスラと同じなんですね」  ふと気付きました。  いつもゼロスも庇護対象にしているのに。  ハウストを見ると観念したような顔になっています。 「……あいつは子どもだが冥王だ。四界の王の一角を担うに相応しい、……と認めざるを得んだろう」  ハウストが苦笑しながらも言いました。  イスラも同様に頷いていて、ゼロスの今日の戦いは冥王を名乗るに相応しいものだったと、そういうことですね。 「ふふふ、ゼロスはステキな冥王さまですから」  これをゼロスが聞いたら喜ぶでしょうね。  ゼロスがもう少し大きくなったらいつか話してあげましょう。  こうして話し合いに区切りをつけて、今夜は私たちも洞窟で休むのでした。  その日の夜。  月が輝きを増す時間、ふっと眠りが途切れました。  眠っていた意識が浮上して目を開く。  視界に映った洞窟の天井。私の側ではクロードとゼロスがスヤスヤ眠っていて、二人を挟んでハウスト。少し離れた場所ではイスラが休んでいます。  他にもリースベットやオルクヘルムがいて、デルバートやレオノーラも……。 「いないっ!?」  私はきょろきょろ周囲を見回しました。  いません! デルバートとレオノーラの姿がありません! 「ハウストハウスト、起きてくださいっ」  私は小声でハウストを起こしました。  ハウストがうるさそうに眉間に皺を刻みます。疲れているのに起こしてしまってごめんなさい。でもダメです。 「起きてください。早くっ」 「…………なんだ」  ハウストが細く目を開けてくれました。  私は他の人を起こさないようにこそこそ話します。 「デルバート様とレオノーラ様がいないんです」 「……なんだそんなことか。放っとけ」  ハウストはあっさり答えて目を閉じようとしますが阻止します。 「ダメですよ。怪物に襲われていたらどうするんですかっ」 「どう考えても心配ないだろ」 「デルバート様はそうでもレオノーラ様は普通の人間です。せめてレオノーラ様の無事を確認しないと。一緒に探してください」 「…………分かった」  ハウストがため息をついて起き上がってくれました。  良かった。こんな夜更けに一人で人探しはさすがに怖いですから。  私とハウストは静かに洞窟を出ました。  ハウストと二人で森の小道を歩きます。  視界は闇夜に覆われて真っ暗ですがハウストが一緒なので問題ありません。  レオノーラがどこへ行ったのか分かりませんが、夜の森を一人でうろうろするのは危険です。いくら剣の使い手でも普通の人間であることに変わりはないのですから。 「レオノーラ様はどこへ行ったんでしょうか」 「さあな。もしここからどこかに行くなら……川辺の小屋くらいじゃないか?」 「あっ、あそこですね!」  そこはレオノーラが私とハウストに教えてくれた小屋でした。  そこなら洞窟からそれほど離れていませんし、少し出歩くなら丁度いい距離です。  さっそく私たちは小道を進んで川へと向かいました。  少し歩くと夜の静寂の中に川のせせらぎが聞こえてきます。  でもその時。 「――――レオノーラ、どういうことだ!」  ふと大きな声が聞こえました。  その声に私とハウストは顔を見合わせます。だってそれはデルバートの声。  木陰から声がした方を覗くとデルバートとレオノーラがいました。  しかも二人はただならぬ様子です。  ハウスト……、と彼に目で訴える。二人は揉めているようなのです。仲裁したほうがいいでしょうか。  でもそんな私にハウストは首を横に振る。もうしばらく黙って様子を見ようということでした。  ケンカが始まったらどうするんですか! また目で訴えます。  しかしハウストもまた首を振る。関わるな、しばらく静観しろというのですね。  私は内心ハラハラするもデルバートとレオノーラを見守ります。  デルバートは真剣な顔でレオノーラを見つめ、レオノーラは困惑したように視線を下げている。  二人に沈黙が落ちましたが、不意に――――ガシリッ。っ、えええええ!? 突如デルバートがレオノーラを抱きしめたのです!  驚愕に声が出そうになって、慌てて両手で口を塞ぎました。  でもデルバートはレオノーラを抱きしめたまま言葉を紡ぎます。 「ずっと会いたかったんだ。お前が出て行ってからも、ひと時も忘れたことはなかったっ……!」 「デルバート様……」  こ、ここ、ここここれはどういうことです!?  聞こえてきた会話に衝撃を受けました。  デルバートとレオノーラは秘めた関係だったということでしょうか……!  ハウストを見ると「なるほどな」と納得したように頷いていました。  私は動揺しましたが、ハウストが小声で耳打ちします。 「とりあえず心配はないようだ。帰るぞ」 「え、帰るんですか?」 「帰るだろ、ふつう」 「………………」  そうですよね、帰りますよね、ふつう……。  …………。  ………………コホン、咳払いの真似を一つ。音が漏れて見つかると困るので。  私は真剣な顔でハウストを見つめ、心から真剣に説得します。

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