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第六章・発動のトリガー29

「す、すみません。レオノーラ様の姿が見えなかったので心配で」 「なんの声もかけずに出てしまって申し訳ありません」 「そんなっ、私たちこそ……。…………私たちに気付いていたんですね」 「デルバート様もお気付きでしたよ」 「えええっ! デ、デルバート様まで!?」 「ハウスト様は気付かれていることに気付いていたようですが」 「えっ!?」  ハウストを振り返ると彼が顔を逸らしてしまう。  ほんとに気付いてたんですね! 「ハウスト、どうして言ってくれなかったんですかっ」 「仕方ないだろ」 「仕方ないってなんです」  ムッとして言い返しました。  そんな私たちのやり取りにレオノーラが小さく笑います。 「ふふふ、ブレイラ様が楽しそうにしてらしたからだと思いますよ?」 「そ、そうですか……」  一瞬で頬が熱くなりました。  そんなふうに言われたら怒れないじゃないですか。  私は気を取り直すと改めてレオノーラに謝ります。 「すみません。まさかデルバート様が一緒にいるとは思わず驚いてしまって。……その、お二人の会話を聞いてしまいました……」 「構いません。終わったことですから」  レオノーラがあっさり答えました。 『終わったこと』それは会話のことでしょうか。それとも二人の関係のことでしょうか。  返答に困っていると、レオノーラが優しく笑いかけてくれます。 「せっかくですから少しお話ししませんか?」 「えっ? お、お話し聞いてもいいんですか……?」 「もちろんです。いろいろ気になっていると思うので」 「…………」  図星です。  気になっていることがたくさんありすぎて何から聞けばいいか分からないくらい。  でもレオノーラ本人から気遣われるというのは、ああ隠れてしまいたい……。 「私、かなり恥ずかしいですね」 「そうだな」  即答したハウストにムッとしてしまう。 「ちょっとは否定してください」 「どう考えても無理だろ。しかも相手の方に気を遣わせるとは」 「…………」  悔しいけれど言い返せません。  けれどレオノーラは優しくて、「気にしていません」と微笑んでくれました。  私は聞いてよいものか悩みつつも聞いてみます。 「あの、レオノーラ様とデルバート様のご関係はどのようなものなんでしょうか?」  二人が特別な関係だということは分かりましたが、先ほどの様子では恋人同士の甘い関係にも見えませんでした。  内心動揺している私にレオノーラが平然としたまま教えてくれます。 「ブレイラ様は私が魔族の捕虜になっていたことはご存知ですか?」 「魔族と人間の戦いで捕虜として囚われたと聞いています……」 「そうです、一ヶ月ほど魔族に囚われていました。……囚われていたというより、怪我が治るまで匿われていたといった方が正しいかもしれません。厳しい尋問や拷問を受けませんでしたし、私のことはデルバート様とその側近以外には伏せられていたので」 「え、そうなんですか?」  これには少し驚きました。  どうやらレオノーラの待遇は捕虜というには特別なものだったようです。そこでハッと気づく。 「もしかして、あの山奥にある川辺の小屋は……」  そう聞くとレオノーラがニコリとした笑みを浮かべました。 「捕虜の間はそこで暮らしていました。もちろん捕虜なので監禁されていましたが、誰の目にも触れぬように隠れていたようなものです」 「その時にレオノーラ様はデルバート様と?」 「はい、デルバート様は捕虜の私にとても親切にしてくれました。怪我を治療していただき、食事や着替えの用意まで。何度も会いにきてくださり、言葉を交わすうちに」 「そういうことでしたか」  どうやらレオノーラが囚われていた一ヶ月に二人は愛しあい、関係を秘めたまま逢瀬を重ねたのでしょう。  納得した私にレオノーラは頷きました。しかし。 「でも、もう終わったことです。私もデルバート様も今までにない状況に昂揚していただけ。すべては錯覚でした」  レオノーラは淡々と言い切りました。  私にはレオノーラがどういうつもりで錯覚などと言うのか分かりません。でもデルバートの方はそう思っていないのは間違いないでしょう。だって先ほどのデルバートはレオノーラに対してとても真剣だったのですから。 「昼間、レオノーラ様に教えていただいた小屋にデルバート様がやって来たんです。小屋にいた私たちにとてもお怒りになっていました。それはデルバート様が今もレオノーラ様を特別に想っているからだったんですね。……デルバート様は何度も小屋に行っていたんじゃないでしょうか、レオノーラ様がいると信じて」 「いいえ、互いに互いが物珍しくて錯覚しただけ。デルバート様もすぐに目が覚めるでしょう。ブレイラ様、私とデルバート様はあなたとハウスト様のような関係になることはないんです」  レオノーラは表情を変えることなく言いました。  穏やかな雰囲気を纏いながらも反論を許さぬそれ。  レオノーラは私とハウストに丁寧にお辞儀すると、「それでは先に戻っています」と洞窟の方へと歩いていきました。  それを見送り、私とハウストだけが残されます。 「…………ハウスト、どう思います?」 「どう思うと言われてもな……」 「ですよね。私もどう反応していいのか……」  困りました。  私が勝手に困っているだけですが、複雑な二人の関係に混乱してしまいそう。しかも二人の立場や状況を考えると更に複雑です。 「難しく考えるな。別れたんだろ? それなら今の二人は敵対する魔族と人間でしかない。デルバートにそのつもりはないだろうが、レオノーラは終わったことだと言っていたんだからな」 「そうですけど……」  ハウストの言う通りです。どんなにデルバートがレオノーラを愛していても、レオノーラの方に気持ちが無ければ関係は成立しません。  でも今、頭では納得していても胸に引っ掛かりを覚えるのです。  レオノーラがデルバートのことを話している時の顔は単調で穏やかだったけれど、微動もしない表情はまるで仮面が張りついているようで……。

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