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第六章・発動のトリガー30

「ハウスト、私はレオノーラ様が自分に言い聞かせているように見えてしまうんです。終わったことだと自分に言い聞かせて、デルバート様のことを忘れようとしているんじゃないかと……」  考えすぎでしょうか。  でも、終わったことだと淡々と繰り返したレオノーラに切なさを覚えたのです。 「私には分かりません」 「なにがだ?」 「レオノーラ様はデルバート様へのお気持ちを、いつもとは違った状況に一時的に気持ちが昂っただけだと、それを恋と錯覚しただけだと、そうおっしゃいました。戦場ではそういうことがあるんですか? その場の雰囲気で盛り上がり、敵も味方も関係なく強く惹かれあうということが」  なにげなく聞きました。  私は戦場に身を置いて戦ったことがないので、そういったことが分からないのです。  でもハウストは先代魔王に叛逆して戦場を駆け巡っていた経験があるので、彼には理解できるかもしれません。  しかしハウストが顎に手を添えてしげしげと私を見つめてきました。 「…………なんですか? 私、変なこと聞きました?」 「いや、罠なのかと思ってな」 「罠?」  意味が分かりません。  でも私の心の内を見抜こうとするようなハウストの目。 「答えの選択肢を間違えたら面倒なことになったりしないか?」 「………………」  …………今、罠の意味が分かりましたよ。  たしかに、たしかに私は嫉妬深いかもしれません。それは認めましょう。  でもね、でも真剣に聞いたのに今それですかっ。  じろりっとハウストを見つめます。 「罠とはなんですか、罠とはっ。私は純粋な気持ちで聞いたのに、あなたはそんなふうに思うんですね」  たしかにハウストの過去を気にしたこともあります。  先代魔王に叛逆した苦難の時代にハウストを支えた多くの戦友に嫉妬しました。今でこそフェリシアは私の大切な友人となりましたが、戦乙女と称えられる彼女とハウストの関係を疑ったこともあります。 「お前は俺がよく分からんことを気にしたり怒ったりすることがあるだろ」 「私の所為だって言うんですか」 「そうだ。お前のことだからな、俺だって慎重になる」 「私のことだからって、…………ん?」  ハウストの言葉の意味にハッとなる。  …………。  ………………。  じわじわと熱くなっていく顔を誤魔化すようにハウストからそっと目を逸らしました。 「…………私のことだから、慎重になるんですか?」  少し拗ねた口調になってしまったのは不機嫌な口調を作るのに失敗したから。  ……ああいけません、気を抜くと口元が緩んでしまう。今はそんな時ではないのに。 「お前に嫌われるのは困る」 「あなたを嫌うなんてあり得ないのに」 「そうだとしても、俺は愛され続ける努力を惜しまないと決めている」 「嬉しいことを。ハウスト、私も同じ気持ちです」  当然のように言ってくれたハウストに私も嘘偽りない気持ちを。  あなたは私を愛してくれるけれど、それに安心したことは一度としてありません。私も同じですよ。  私はすっかり機嫌を直してハウストに笑いかけます。 「それではハウスト、一般論として答えてください。戦場ではそういった恋愛感情が生まれやすいものなんですか?」 「これは一般論だが、仲間同士なら珍しい話しではない。同じ戦場で背中を預け合ううちにそういう関係になることもある。一般論的にな」 「なるほど。では敵同士でもですか?」 「これもあり得ない話しではないだろ。レオノーラが言っていた通り、あり得ない相手といつもとは違った状況で出会えば興奮するものだ。もし、少しでも互いに意識しあえば男ならやりたくなるものだろ。……一般論だぞ、いいか一般論だ」 「分かってますよ、一般論の話しをしてるんですよね。これが一般論でなければ、私は、わたしは……」 「ブレイラ、一般論だ。俺の話しをしているわけじゃない。パーだ、手を握りしめるな、ほらパーだ」 「ああすみません。つい……」  つい拳を握りしめてギリギリしていました。  ハウストが私のグーになっていた手を丁寧に開けてくれます。そのまま指を絡めてぎゅっと手を繋ぎました。  私は気を取り直して話しを戻します。 「それではハウストもレオノーラ様がおっしゃったように錯覚だと思いますか?」 「あり得ない話しじゃない。しかもレオノーラは怪我をして囚われ、その治療を受けていたなら条件は充分整っている。一般論的に」 「そうですね、戦場で怪我をして弱っている時に優しくされたらコロッといってもおかしくありませんよね。その相手が敵なら尚更かもしれません。書物で読んだことがあります、吊り橋効果とかなんとか。これも一般論ですが」 「ああ、一般論だ。……だが俺としてはそれを錯覚だと思いたくはないがな」 「ハウスト?」  私は目をぱちくりさせてしまう。  思わぬ言葉を付け足されました。彼はこういったことに関わることに積極的でないので、なんだか珍しいと思ったのです。 「今は気持ちが失せていたとしても、その時は確かに愛しあっていたんだろ? ならば錯覚ではない。今更、錯覚だのなんだの言うのは言い訳だ」 「言い訳……。それはレオノーラが言い訳をしているということですか? 言い訳が必要な気持ちになっていると」  私のなかで予想が確信になっていきます。  だって言い訳というのは、なにかを誤魔化したい時に作りだされるもの。レオノーラは自分の気持ちを誤魔化したいのではないでしょうか。 「レオノーラ様が自分に言い訳してまでデルバート様のことを忘れようとするのは、……やはり初代イスラも関係しているんでしょうか」  魔族と人間という種族の違いもあるでしょう。でもそれ以上にレオノーラにとっては初代イスラの存在が大きいようでした。

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