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第六章・発動のトリガー31

「…………デルバートは気に入らんが、少し同情する」 「そうですね、レオノーラ様とのことは気の毒な気もします」 「そういう意味じゃない。あの男がレオノーラとどうなろうとどうでもいい」  ハウストにあっさり否定されました。  不思議に思う私に彼が面白くなさそうな顔になります。 「分からないか?」 「分かりません」 「本当に分からないか?」  じーっと見られてなんだか居心地悪いですね。  少ししてハウストがため息とともに口を開きます。 「お前は俺を愛しているが、お前のすべてはイスラとゼロスとクロードのものだろ。こうして魔界の妃に迎えても、お前のすべてが俺のものになったわけじゃない。いつも悩ましく思っているぞ」 「ハウスト……」  驚いて目を瞬きました。  でも胸がいっぱいになっていく。嬉しくて、でも切なくて。それはあなたと恋愛しているから。 「ハウスト、そんなこと言わないでください」  私は繋いでいない方の手をハウストの腕にそっと掛けました。  するとハウストの大きな手が背中に回って抱き寄せられます。  見つめ合ったまま顔の距離が近づく。呼吸が届くそれに小さく笑いあって、引かれあうように唇が重なりました。  心地よい口付けの感触に胸がじわりと温かくなります。  全身が優しく包まれるような幸福感に微笑が浮かぶ。この感覚を私に教えてくれたのはハウスト、あなたですよ。  ゆっくりと唇を離して見つめあう。  ずっとこうしていたいけれど、そろそろ洞窟に戻らなければなりませんね。予想外の事実に遭遇してしまいましたが、とりあえず当初の目的だったレオノーラ様の無事は確認できたので。 「……戻りましょうか。イスラ達が心配しているかもしれません」 「そうだな、もしゼロスが起きていたらうるさそうだ」 「ふふふ、ゼロスが聞いたら怒りますよ?」 「お前も想像できるだろ、きっと『どこいってたの』とか問い詰めてくるぞ。クロードはクロードで呻りだすんじゃないか? 赤ん坊らしからぬ低い声で」 「プッ、アハハッ、やめてください、笑ってしまうじゃないですか」  ダメ、笑ってはダメなのに想像すると笑ってしまう。  しかしハウストはまだまだ続けます。 「イスラは俺たちがいなくなったことに気付いてるはずだ。だから、もし下の二人が目を覚ましたら面倒を見てくれているだろう。イライラしながらな」 「イスラに怒られてしまうでしょうか」 「お前は大丈夫だ。俺は嫌味を言われるだろうが」 「イスラは嫌味なんて言う子ではありませんよ? 優しくて繊細な子です」 「…………。……イスラをそんなふうに言うのはお前くらいだ」 「なんですかそれ」  私はムッと言い返しながらもハウストと一緒に洞窟に向かって歩きます。  もしゼロスやクロードが起きていたら、きっとハウストの言う通りになっているかもしれませんね。  ゼロスは『どこいってたの!』と腰に手を当ててプンプンしてるんです。その隣にクロードがちょこんとお座りして『うー』と不機嫌な顔でうなっていることでしょう。そんな二人の後ろにはイスラがいて私たちを少し呆れた顔で見ているんです。  すんなり想像できてしまいますね。  こうして私とハウストは子どもたちの反応を話しながら戻ったわけですが……。 「どこいってたの!」 「うー」  …………的中してました。  洞窟の前でゼロスは腰に手を当ててプンプンし、その隣ではクロードがお座りして「あー」「うー」と小言を言っています。二人の後ろにはイスラがいて呆れた顔をしていました。  先ほど笑いながら予想していたことが的中です……。 「ごめんなさい、ちょっと用事があったんです」 「よるのもり、だいじょうぶだった? まっくらだったでしょ?」 「はい、危なかったですがハウストも一緒だったので大丈夫でした。心配してくれたんですね、ありがとうございます」  私はそう言ってゼロスとクロードを見ました。幼い二人が起きていていい時間ではありません。 「ゼロスもクロードも起きてしまったんですね」 「おしっこいきたくなっちゃったの」  どうやらゼロスは尿意で起きてしまったようですね、少し恥ずかしそうです。 「そうでしたか、お漏らしせずに起きれたなんて立派ですよ。大丈夫でしたか?」 「だいじょうぶ、あにうえがつれてってくれた」 「それは良かったです。イスラ、ありがとうございます」  やっぱりイスラが面倒見てくれたんですね。  イスラは厳しいところもありますが面倒見のいい優しい兄上なのです。 「でもね、クロードはおねしょした」 「え?」  見るとクロードの服が変わっています。  とてもさっぱりして見えるので、しっかり綺麗にしてもらったようです。  でもクロードはおねしょをした事実に下唇を噛みしめました。 「あう~……」 「ああ、落ち込まないでください。赤ちゃんはおねしょしてもいいんです」  落ち込みそうになったクロードを抱っこして慰めてあげました。  拗ねているクロードをなでなでしながらイスラとゼロスを見ます。二人の兄上に可愛がってもらって良かったですね。 「クロードを着替えさせてくれてありがとうございます。どちらがクロードを」 「――――俺だよ……」  ぬうっ。イスラの背後からオルクヘルムが姿を見せました。  しかもとても疲れた顔をしています。 「オ、オルクヘルム様、どうして……」 「どうしてもクソもねぇよ……。ブレイラ、ガキどもにどんな教育してんだ。マジで見直せ……」 「えぇ……、いったい何が」  詳細を聞くのが怖いです。  どうやらオルクヘルムがクロードを着替えさせてくれたようですが、どうしてそんなことに……? 「ぼくがおしえてあげたの」  えっへんとゼロスが胸を張りました。  イスラはニヤニヤして、「まあまあだったな。幻想王は見かけより器用だったぞ」と感想を言っています。  そんな二人にオルクヘルムは苦々しい顔になりました。  ……やっぱりなにかあったのですね。聞くのがとても、……とても恐いですよ。  でも気のせいでしょうか。オルクヘルムは忌々しそうに舌打ちしているけれど、どこか楽しんでいるような……。幼いゼロスとクロードもオルクヘルムに気を許しているような……。とにかく距離が近づいた気がします。  なにがあったか知りませんが、デルバートとレオノーラの複雑な関係を目撃したあとなので、三兄弟とオルクヘルムの平和な様子に少し微笑ましい気持ちになりました。

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