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閑話・三兄弟と初代幻想王1

 ――――ハウストとブレイラがデルバートとレオノーラを探しに洞窟を離れていた頃。  洞窟で眠っていたイスラはもちろんブレイラが洞窟を出たことに気付いていた。  眠っていても気配が動けば気付く。必要を感じないので目覚めたりはしないが、自分以外にオルクヘルムもリースベットもジェノキスも気付いているはずだ。ゼロスとクロードは……ぐっすり夢の中だが。  放っておいても大丈夫なのでイスラはまた寝入ろうとしたが。 「うーん、おしっこ~……」  ゼロスの寝ぼけた声がする。  振り向くとゼロスが眠そうにしながらも起き上がった。  イスラはため息をつくと声を掛ける。 「ゼロス、連れてってやるから来い」 「……あにうえ? ……うーん、ブレイラは?」 「お前はすぐブレイラだな」 「だって~」  ゼロスは甘えた声を出しながら周囲を見回す。  寝ぼけてぽやぽやしながらもブレイラを探している。  ゼロスは冥王として初代幻想王と渡り合うほどに成長したが、その実態はまだ三歳の甘えん坊だ。 「ブレイラはハウストと少し出掛けてる。すぐ戻ってくるから心配するな」 「そうなんだ……。ブレイラ、だいじょうぶかなあ……」 「ハウストも一緒だから大丈夫だ。早く来い、漏らしたいのか?」 「は~い……」  イスラが呼ぶとゼロスがふらふらしながらも歩いてくる。  眠そうに目を擦って、今にも眠ってしまいそうだ。 「うぅ、ねむい~……」 「しっかり歩け。転ぶぞ」 「おんぶは?」 「甘えるな」 「それじゃあ、おてて」 「……ほら」  イスラが呆れながらも手を差し出した。  そうしてゼロスと手を繋いだが、洞窟を出る前に大事なことを忘れない。 「おい、起きてるだろ。起きろ」  ガシガシ。イスラがオルクヘルムの巨漢の背中を軽く蹴った。  蹴り起こされたオルクヘルムが憤怒の形相で起き上がる。 「てめぇ、なにしやがるっ」 「ちょっとここを離れるから、クロードを見ててくれ」 「それが人にものを頼む態度か」 「それならあんたが連れてくか?」  そう言ってイスラが手を繋いでいるゼロスを顎で指す。  そこではゼロスが「あああっ、もれちゃう~~」とくねくねしていた。 「…………」 「どうする。このままここにいたら大惨事だぞ」 「…………さっさと行ってこい」  オルクヘルムは脱力して諦めた。冥王でも三歳、これが三歳児の現実だ。  そんなオルクヘルムにイスラはニヤリと笑う。 「悪いな、クロードを見てるだけでいい。ゼロス、行くぞ」 「は~いっ。うぅ、あにうえ、はやくっ……」 「もう少し我慢しろ。走れっ」 「うぅっ、わかった……。よ~い、どんっ」  イスラとゼロスが洞窟の外へ駆け出していった。  二人を見送ったオルクヘルムは脱力し、見守りを頼まれたクロードを見る。  クロードはとても気持ち良さそうにスヤスヤ眠っていた。 「たくっ、あのクソガキとチビガキめ……。チビが起きたらどうするんだ」  オルクヘルムは不機嫌に吐き捨てた。  しかし赤ちゃんを起こさないように小声である。  無意識に気遣っていた自分にオルクヘルムは嘆きたい気分だ。  どうしてこんなことになってしまったのかと思いを馳せる。  最初は興味本位だった。十万年後から来たとかいうブレイラの話しは奇天烈で、非常に好奇心を刺激されたのだ。  しかし初期の好意的好奇心は『冥王』の存在に吹き飛んだ。その存在だけは幻想王として認めるわけにはいかなかったのだ。  真剣勝負をすることになったが、相手がまだ三歳のチビガキだろうと容赦するつもりはなかった。  なぜなら、オルクヘルムは幻想王として、ゼロスは冥王として、それぞれの王の矜持のために戦ったのだから。  もちろんオルクヘルムの方が強かった。ゼロスの潜在能力は申し分なかったが、それでもまだ三歳児なので幻想王が負けるはずがなかったのである。  でも折れたのは……幻想王である自分だった。  苦渋だった。冥王の存在を認めるということは、幻想界の未来を認めるということに他ならない。初代幻想王であるオルクヘルムにとって決して許されないことだ。  しかし冥界を守るために何度も立ち向かってくる冥王の姿に認めざるを得なかった。  オルクヘルムは今でも冥界の存在に納得したわけではないが、冥王の存在は認めたのである。 「……あうー……、ぷー……」 「ぷー? ただの寝言か……」  ふと聞こえたクロードの声に少し焦った。  もし今クロードが目を覚ましてしまったら面倒すぎる。オルクヘルムは赤ん坊のあやし方など知らないのだ。  オルクヘルムは昼間のクロードを思い出してため息をつく。  ひと睨みしただけでクロードは怯えてしまい、父親であるハウストの腕に突っ伏して顔を隠していた。  間違いなく自分はこの赤ん坊に怖がられているだろう。  もし親兄弟が近くにいない今の状況で起きてしまったら、この赤ん坊には泣かれる自信しかない。  こうしてオルクヘルムが内心慎重に子守りをしていると、ようやくイスラとゼロスが戻ってきた。 「おまたせ~」  スッキリ顔のゼロスがハンカチで手をふきふきしながら戻ってきた。  のん気すぎる姿にイラッとする。 「遅ぇよ」 「クロード、ちゃんとねてる?」 「聞けよ」  オルクヘルムは低い声で言い返したがゼロスは聞いていない。都合が悪いことは聞かないゼロスである。  タチの悪い三歳児だと、オルクヘルムはイスラに文句を言う。 「おいクソガキ、このチビガキなんとかしろ。こんなチビまで押し付けやがって」  オルクヘルムにとってイスラは『クソガキ』、ゼロスは『チビガキ』、クロードは『チビ』だ。  イスラはクソガキらしい生意気な笑みを浮かべた。

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