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第七章・円環の呪い6

「ブレイラ、世話になったな。またよろしく頼むぜ」 「ゲオルクについてはジェノキスを通してまた連絡する。ではな」 「またね~! またあそびにきてね~!」 「ばぶぶ~っ」  オルクヘルムとリースベットとジェノキスが帰っていきます。  その後ろ姿が見えなくなるまでゼロスとクロードは見送りました。  こうして初代精霊王と初代幻想王を見送り、最後は初代魔王デルバート。  私はデルバートに向き直って謝罪します。 「デルバート様、昨夜は失礼いたしました。ご不快な思いをされたと思います。申し訳ありませんでした」 「……気にしていない」  デルバートが淡々とした様子で答えました。  その内容に恥ずかしくなってしまう。やっぱりあの時に気付いていなかったのは私だけなのですね……。  でもデルバートは本当に気にしている様子はありませんでした。それは良かったけれど、それよりもっと気に掛かることがあるようですね。  朝、レオノーラの姿が見えなくなっていて少し気落ちした様子だったのです。よく観察しなければ分からない変化でしたが、彼はどことなくハウストに面影が重なるので分かるのですよ。 「…………なんだ」 「す、すみませんっ……」  不快そうな顔で見下ろされて慌てて謝りました。彼を見つめ過ぎていたようです。  でも謝った私にデルバートがため息をつきました。 「……もう分かっているだろう。その顔であまり俺を見るな」 「かお……。……レオノーラ様に似ているからですか? っ、すみませんっ」  またギロリッと睨まれて縮こまりました。  正解でしたがはっきり言葉にしてはダメだったようです。  しかしデルバートは諦めた顔になりました。 「…………そうだ、その顔だ。よく似ている。だが」  ふとデルバートはそこで言葉を切ると、私に手を伸ばす。そして私の顎を指で持ち上げました。 「っ……」  息を詰めてしまう。  だってデルバートの端正な顔面が間近に迫って、近い距離でじっと見つめられました。 「よく似ているが、……よく見ると違うな」  至近距離に目を丸めてしまうも、……目を据わらせてじっと見つめ返してやります。  デルバートはなにを今更言っているのか。 「当たり前じゃないですか、私とレオノーラ様は別人ですよ。それと離してくださいね、こういうのハウストにしか許していません」  そう言って私の顎を持ち上げているデルバートの指をやんわり外させました。  デルバートはハウストと面影が重なるので不快ではありませんが、彼は私のハウストではないのです。私がレオノーラでないように。  あしらった私にデルバートが少し驚いた顔をします。  でも次には口元が綻んで、少しだけ穏やかな顔になりました。 「そうか、それは申し訳ないことをした。お前を捕虜にして側に置くことも考えたが」 「諦めてください、私が側にいたところで何も変わりませんよ」 「そうだな。お前の顔を見ていれば少しは慰めになるかと思ったが、気のせいだったようだ」 「そうです、気のせいです。そもそも身替わりが必要とは弱気なことを。十万年前の魔王とは、これほどに小心でしたか」 「間違えるな、小心ではなく慎重だ。魔王でも慎重になることはある」 「慎重……。ふふふ、そうでしたか、慎重ならば仕方ありませんね」  ダメです、やっぱりデルバートには甘くなってしまいます。  慎重だなんてあまり可愛いことを言わないでほしいですね、優しくしてあげたくなるじゃないですか。  私は思わず笑ってしまいましたが。 「――――おい、ふざけるなよ」  ハウストの低い声。  しかも大剣を出現させて、その切っ先をデルバートに向けています。今まで抱っこしていたクロードはイスラに渡されていて、まさに臨戦態勢。 「ハウスト、剣をしまってくださいっ」  私はハウストを宥めようとしたけれど、「下がっていろ」とじろりと睨まれます。  ああいけません、なんてこわい顔。これは怒っていますね。  くいくい、私はハウストの袖を引っ張ります。彼は少しうるさそうな顔をするけれど、私は構わずに背伸びして彼の耳元に唇を寄せる。 「ハウストハウスト、怒らないでください」 「自分の妃を好きにされて俺に黙っていろというのか」 「好きにされたつもりはありません」 「お前、この男に甘いよな」 「あなたに似てるからだと言ったじゃないですか。それに、デルバート様はあなたの遠いご先祖様ですよ?」 「それがどうした。俺にはただの腑抜けに見える。愛する者すら手中にできない腑抜けにな」  そう言ってハウストが口元だけで笑いました。  明らかに嘲笑で、デルバートが目をスゥッと細めます。 「なんだと?」  デルバートから闘気が立ち昇りました。  ピリピリした緊張感に私は困惑してしまう。  この初代魔王デルバートと当代魔王ハウストに対抗できるのは勇者イスラしかいません。イスラにお願いします。 「イスラ、止めてください。このままじゃハウストとデルバート様が」 「大丈夫だ。もしもの時はブレイラとクロードを抱いて退避してやる」 「あにうえ、ぼくも! ぼくもいっしょにだっこして!」 「お前は一人で退避できるだろ」 「そうだけど~」  ゼロスがイスラの足にしがみ付いて唇を尖らせています。どうやら甘えたい気分のようですね。  でもね、私は退避ではなく制止してほしいのですよ。  しかしイスラは面倒ごとに関わるつもりはない様子。仕方ないので私が二人の間に割り込みます。 「ダメです。二人ともそれ以上はやめてください」 「邪魔するなブレイラ」 「邪魔します。さっきのはハウストが悪いですよ? あんな言い方をして」  こら、とハウストを窘めました。  デルバートとレオノーラの関係をからかってはいけません。二人の関係はこの時代の価値観や立場も合わさって、とても複雑なもののようなのです。  私はデルバートに向き直りました。 「デルバート様、私はレオノーラ様ではないので分からないことがたくさんあります。でも昨夜目にしたレオノーラ様からは、初代イスラ様への思いも、デルバート様への思いも、どちらも真実だと見受けました」 「安易で無神経な慰めだ。いくらお前がレオノーラに似ていても、その心まで見透かすことはできないだろ」 「その通りです。出過ぎたことを、申し訳ありませんでした」 「…………もういい、俺の子孫だという十万年後の魔王のことも、お前のことも、それほど不快だと思っていない。不確かな慰めであったとしても、さっきの言葉に悪い気はしなかった」 「デルバート様……」 「そろそろ俺も行く。世話になったな」  そう言ってデルバートは立ち去ろうとしましたが、その前にお土産を持ったゼロスが通せんぼします。ゼロスとクロードはお客さまを手ぶらで帰しません。

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