113 / 262
第七章・円環の呪い8
◆◆◆◆◆◆
「――――以上が報告です。近日中に他の王も十万年後から転移してきた者たちも、ゲオルクの孤島へ向かうと思われます。ゲオルクの行方は現在も分かっていませんが、おそらく帰島しているのではないかと」
「そうか」
初代イスラは報告に頷いた。
各王は種族の安寧と領土拡大という目的を掲げて長きに渡って大戦状態にあったが、異形の怪物が大規模で出現したなら動かねばならない。それはどの王も同じということだ。
「次は精霊族に仕掛けるつもりだったが、精霊族は命拾いしたな。計画を一時中断し、ゲオルクを討伐する。この世界であの男を野放しにすることは出来ない」
「承知しました。すぐに全軍に命令を伝えます」
「……それにしても面白くないことばかり続くな」
初代イスラは不服そうに呟く。
計画の変更を余儀なくされた。イスラの計画では魔王軍を土地から排除し、領土拡大の勢いのまま精霊族に仕掛ける手はずだった。それが十万年後から来たという者たちに邪魔され、ゲオルクによって異形の怪物に大規模襲撃をされたのである。事態はまったく面白いものではなかった。しかもそれだけではない。
イスラはレオノーラを一瞥した
なんのつもりでここに戻ってきたのか分からない。昨夜はデルバートと再会していたはずだ。
「……なんだ、報告が終わったら下がれ」
イスラは不快そうに眉間に皺を刻んだ。
レオノーラと目が合ったのだ。レオノーラは少し困惑した顔でイスラを見ていた。
「申し訳ありません。あの、これをイスラ様に……」
そう言ってレオノーラがおずおずと二つの小袋を差しだした。
小袋の中には見慣れぬ菓子とどんぐりが入っている。
それを見てイスラの眉間の皺がますます深くなった。意味が分からないのだ。
「なんだこれは」
「……その、ゼロスとクロードからイスラ様へのお土産だそうです。渡してほしいと頼まれました」
「俺に?」
「はい。また遊びに来てほしいとのことです」
「馬鹿らしい」
イスラは吐き捨てた。
イスラは差し出された土産を一瞥しただけで受け取ることはない。
「それはお前が片付けておけ」
「しかし」
「なんだ」
「い、いえ、承知しました……」
睨まれてレオノーラは慌てて返事をした。
残念そうなレオノーラにイスラは不快を隠さない。
「まさか俺が受け取ると思っていたのか?」
「…………。……受け取っていただけたらとは、思っておりました」
レオノーラが言葉に迷いながらもそう言った。
その返事にイスラは意外だと少し驚いた顔になる。レオノーラがイスラに意思表示をすることは滅多にないのだ。
「珍しいな、お前がそんなことを言うのは。ガキどもに懐かれて感化されたか?」
「そういうわけでは……」
「お前はあの十万年後からきたブレイラと似ているからな、ガキどもも懐きやすいだろ」
「私とブレイラ様が……」
レオノーラは少し困惑した。
ブレイラと似ていることは自覚しているが、それは外見だけの話しなのだ。
十万年後からきた家族はレオノーラの目に不思議な光景に映るものだった。
まるで物語から飛び出してきたような、絵に描いたような幸福な家族だったのだ。あまりにも非現実的で、ふわふわとした夢を見ているような、そんな光景だった。
レオノーラは人間のブレイラがどのように魔王ハウストと結ばれたのか知らない。知らないけれど、この時代では考えられないことだ。
きっとブレイラにも多くの苦難があったのだろう。でもそれを乗り越えて今のような家族になったのなら、それは幸せな恋愛。まるで幸福を約束された物語のような恋愛だ。
十万年後の魔王と人間は、幸せな恋愛をして、結ばれて、新しい家族を迎えた。血は繋がっていなくても家族になったのだという。
「この時代では考えられないが、あいつらは親子のようだな。あのブレイラという人間は十万年後の魔王の妃だっていうから驚かされる」
「はい」
レオノーラは同意した。
ほんとうに驚いたのだ。だってあり得ないことだから。
でも、もしそうなったなら、それはどんな心地だろうか、どんな気持ちになるのだろうか、レオノーラには想像もできない。だけど目にした家族五人の光景は見ているだけでレオノーラの心を温かくしたのだ。まるで温かな日溜りで昼寝をするような、穏やかな心地に。
思い出してレオノーラの口元が微かに綻ぶ。
だが、そんなレオノーラの様子にイスラがスッと目を細めた。
「…………。ああ、やはり間違えた。訂正だ」
「イスラ様?」
「さっきお前がブレイラと似ていると言ったが、それは訂正した方がいいな。ブレイラは魔王やガキどもを誑かしたわけじゃない。ブレイラとレオノーラが似ているというのは十万年後の連中に失礼だった」
「っ……」
レオノーラの顔がみるみる強張っていく。
目が伏せられて、でも少ししてゆっくり顔をあげた。すでにいつもの表情に戻っていた。
「そうですね」
レオノーラはゆっくり頷いて同意した。
それはいつものレオノーラである。
でもイスラは気付いている。レオノーラが傷ついていると。
もちろんわざとだ。わざと傷付けた。試したくなったのかもしれない、レオノーラがどこまで許すのかを。イスラの側にいたいというレオノーラの真意を。
「もういい、下がれ」
「はい。なにかあればお呼びください」
レオノーラは一礼するとイスラの前から下がっていった。
レオノーラは自分とブレイラを比べたりしただろうか。二人の外見はよく似ているが、その境遇も立場も残酷なほど違っている。
イスラも十万年後から転移してきた家族を思い出した。その中にいた十万年後の勇者。自分と同じ名前の男。
「……舐めやがって」
無意識に目が据わった。
昼間、自分と同じ勇者の力を持つ男と戦った。
イスラは同じ人間だろうと殺すことに躊躇いはなかった。しかしあの男は純粋な闘気だけで剣を握っていたのだ。
あの男だって十万年後の世界で人を殺したことがあるはずだ。それは剣筋を見れば分かる。それなのにあの男が最後まで纏っていたのは純粋な闘気。
舐めているとしか思えなかった。本気で殺しにかからなければ、この初代の自分には勝てなかったはずなのだから。
実際、あと少しで十万年後の勇者を殺せたのである。それは初代の自分が勝ったということ。
それなのにどうだ、死が間近に迫ってもあの男が動揺することはなく、殺気を発露させることもなかった。
…………気に入らない。その時の十万年後の勇者を思い出し、苛立ちがこみあげる。
善人でも聖人でもないくせに、この決闘は殺し合いではなく純粋な力の競い合いだと意志を貫いたのだ。
脳裏にちらつくのは十万年後の勇者の顔。殺される寸前でも動じた様子はなく、命乞いをするでもなく、純粋な闘気を揺るがすこともなく、一切の諦めを感じさせることもなかった。それどころか一線を画した威風すら纏っていた。
反撃の策でもあったのだろうか、いやそんなものはなかった筈だ。
同じ勇者を冠するが、理解できない男だった。自分と十万年後の勇者のなにが違うというのか……。
イスラは忌々しげに舌打ちした。
おそらく十万年後の勇者とはまた対峙することになるだろう。
イスラはぎりりと拳を握りしめた。次で決着をつける。
◆◆◆◆◆◆
―――――――
Twitterのプライベッターにフォロワー限定で小説をUPしました。
『三兄弟のママは本日も魔王様と番外編・魔王一家、ある日の一日。』です。
※『三兄弟のママは本日も魔王様と』に収録する小説ですので冒頭部分のみのUPです。きりがいいところで終わっていますので、読んでくれると嬉しいです。
内容は、兄上たちに置いてきぼりにされたクロードが不貞腐れて、それに振り回されるハウストとブレイラです。
お昼寝拒否したりミルクベーしたりするクロードをあの手この手でお昼寝させようと二人で頑張ってます。
他にもイスラとゼロスは召喚魔法の特訓をするんですが、ゼロスがおともだちのダンゴムシたちを召喚して魔界の城を阿鼻叫喚に陥れたり。
そんな家族五人のほのぼの日常ストーリーです(笑)
ともだちにシェアしよう!