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第七章・円環の呪い9

「わ~! たか~い! すご~い! お~いっ、お~い!!」 「ゼロス、はしゃぐな。落ちるぞ」  そう言いながらイスラが後ろからゼロスのシャツを掴んでいます。  そう、ここは広大な大地を見渡せる空。同じ目線には翼を広げた鳥が飛んでいます。  今、イスラとゼロスは巨大蝙蝠の背中に乗っていました。私とハウストとクロードは巨大な鷹です。もちろんどちらもハウストが召喚してくれたものでした。  それというのも、ゲオルクの孤島は洞窟から歩いて行けるような場所にありません。十万年後なら魔界の馬や船が用意されますが、この時代にそれはないのでハウストが移動に特化した召喚獣を召喚してくれたのです。  私は巨大な鷹の広い背中に乗って、蝙蝠に乗っているイスラとゼロスに大きな声で呼びかけます。 「ゼロス、落ちないように気を付けてください! イスラ、ゼロスをお願いします!」 「ブレイラ~! お~いっ、お~い!」 「ブレイラ、心配するな。俺がちゃんと見てる」  大きく手を振ってくれるゼロスと、そのゼロスに呆れた顔になっているイスラ。  対照的な二人に手を振り返すと、抱っこしているクロードも「あぶっ、あー! あー!」と声をあげて手足をバタバタさせました。クロードもずっと興奮気味で、兄上たちに向かってお返事しています。この子、当初は自分も兄上たちと一緒に蝙蝠の方へ乗るつもりだったのですよ。蝙蝠へ歩いていくイスラとゼロスに当然のようにハイハイで付いて行っていましたから……。 『あにうえ、ぼくたちはこっちだって! おっきなコウモリさん!』 『ああ、落ちるなよ?』 『おちないもん!』 『あいっ。あーあー、あぶぶ』  ちょこちょこちょこ。おしゃべりしながらハイハイでついていくクロード。  当然のように兄上たちと一緒に行こうとするクロードにびっくりしましたよ。 『クロード、あなたは私の抱っこです!』 『あぶっ、あーうー!』 『なに怒ってるんですか。あなたはまだ赤ちゃんでしょう』  慌てて阻止しましたが、兄上たちと一緒だと思っていたクロードはプンプンでした。鷹が飛び立つと機嫌が良くなったので良かったです。 「ふふふ、良かったです。クロードが恐がってしまったらどうしようかと思いました。さすが次代の魔王様です」 「あいっ。あぶぶっ!」 「頼もしいですね。このまま慣れてお昼寝もしてくれるといいんですが……それは無理のようですね」  いい子いい子と頭を撫でてあげると、クロードの黒い瞳が見上げてきます。その瞳は興奮で爛々していて、とてもお昼寝をしてくれそうにありませんね。 「ハンカチどうぞ。これで少し落ち着いてください」 「あぶっ。ちゅちゅ、むにゃむにゃ……」  私はハンカチをしゃぶるクロードに目を細め、ハウストを振り向きました。  ハウストは背後から私とクロードが落ちてしまわないように見守ってくれているのです。 「ハウスト、そろそろ海ですね」 「ああ、この山岳地帯を超えたら海が見えるぞ。海に出る前に休憩しよう」 「そうですね、海上では休憩する場所も限られていますから。陸にいるうちにクロードにミルクを飲ませてあげたいです」  洞窟がある山を飛び立って二時間ほどが経過しています。海に出れば目的の孤島までおそらく半日ほどかかるでしょうから、休める時に休んでおかなくてはいけません。  ハウストの言うとおり山岳を超えた先に大海原が広がっていました。  空の青を映したかのような美しい光景に、蝙蝠に乗っていたゼロスが興奮します。 「うみだ~! あにうえ、うみ! うみがみえたよ!」 「ああ、絶景だな」  イスラとゼロスも大海原に笑顔になっています。  私も空から眺める大海原の壮大な景色にため息をつきました。 「素敵ですね、ハウスト。潮の香りがします。この美しい景色は私たちの十万年後と一緒です」 「そうだな、潮の満ち引きも何も変わらない。あそこに降りるぞ」 「はい」  私たちは大海原を臨める小高い丘に降り立ちました。  私は今まで乗せてくれていた鷹を撫でてあげます。 「お疲れ様でした。疲れたでしょう? あなたも休んでくださいね」  そう言って頭を撫でていると、新たな召喚魔法陣が発動して鷹が出現しました。いつもお手紙を配達してくれる鷹です。一時はゲオルクの罠に嵌まって行方知れずになっていましたが元気そうで良かった。鷹も親子が揃ってなんだか嬉しそうです。  そうしていると蝙蝠から降りてきたゼロスが駆けてきました。 「ブレイラ、ここでおやすみするの?」 「はい、ここで少し休憩です。ゼロスもおやつの時間にしましょう」 「やった~! あにうえ、きゅうけいだってー!」 「分かった。火を起こして水を汲みに行くぞ」 「ぼくもおてつだいする!」  イスラとゼロスが火を起こして水を沸かしてくれます。  私がクロードを構っている間にハウストがミルクを作ってくれました。元々器用なこともあって彼の作るミルクは分量も温度も完璧なのです。 「クロードのミルクができたぞ」 「ありがとうございます。クロードをお願いします」  抱っこしていたクロードを渡すと、ハウストがクロードにミルクを飲ませてくれます。  クロードは自分で哺乳瓶を持ってミルクを飲めますが見守りは必要ですからね。私はハウストにクロードを任せておやつの準備を始めました。 「ゼロス、お菓子をだして並べてください」 「はーい!」 「イスラ、お湯を運ぶのを手伝ってください」 「それは俺がするからブレイラは茶葉を用意していてくれ」 「これくらい大丈夫ですよ」 「ダメだ、火傷したらどうする」 「しませんよ。……まったく」  イスラは過保護なところがありますよね。こういうところハウストに本当によく似ています。  私はイスラとゼロスに手伝ってもらっておやつの準備を終えると、丁度クロードもミルクを飲み終えました。  ハウストがクロードの口元を拭いてくれるけれど……。 「クロード、逃げるな。拭くだけだ」 「あーん。ちゅちゅっ、むにゃむにゃ……」 「今度は口に入れるな。これはお前がしゃぶる用のハンカチじゃないぞ」 「あう?」 「口を開けろ」 「ぶーっ」 「こら、いい加減にしろ」  拭こうとしてもクロードがハンカチを咥えてしまうのですね。  クロードと格闘するハウストの背中にゼロスが勢いよく飛びつきました。おんぶのように抱きついて、後ろから指を差して教えます。 「アハハッ! クロードのおくち、しろいおひげついてる! ちちうえ、ここ! ここ!」 「おいゼロス、いきなり飛びつくな」  ハウストが眉間に皺を刻みました。  でもゼロスが気にすることはありません。ハウストの背中から前へ身を乗り出して、「クロードのここ、きれいにしてあげて」と指示していました。  前には口元を拭かれることから逃げようとするクロードと、うしろからは騒がしく指示するゼロス。  そんな三人にイスラも笑って口出しします。 「ミルクが足りてないんじゃないのか?」 「そんな筈はない。こいつ、朝もこれくらい飲んでたぞ? ハンカチしゃぶるのは趣味みたいなもんだろ」 「クロード、くいしんぼうさん~」 「あぶぶっ、あーうー」  四人の騒がしいやり取りに笑ってしまいます。  それは木漏れ日のように優しい光景で、私を幸せな気持ちにしてくれるもの。

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