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第七章・円環の呪い10
「ふふふ、お茶の準備ができました。こちらへどうぞ」
私が呼ぶと四人がこちらへ来てくれます。
クロードも口元を綺麗にしてもらって良かったですね。
こうして五人揃っておやつ休憩です。海に出れば目的地の孤島につくまでゆっくり休むことはできませんから。
「ハウスト、予定ではどれくらいに着きそうですか?」
「夜通し飛んで明日の夜明け前にはつくはずだ」
「夜中に飛んで召喚獣の鳥が疲れてしまいませんか?」
「大丈夫だ、俺の召喚獣は夜間飛行も長距離も問題ないぞ。それに孤島には暗いうちに侵入したい」
「そういうことですか」
納得しました。
目的地の孤島は普通の島ではありません。ゲオルクが潜伏していると考えると簡単に侵入できるはずがなく、きっと異形の怪物によって守備されているでしょう。
こうして私たちが話しあっていると、どこからか極彩色の野鳥が飛んできました。私たちの頭上でぐるぐる旋回しています。
「ハウスト、あの鳥の足にお手紙が括りつけてあります」
「ああ、俺たち宛のようだな」
そう言ってハウストが腕を差しだすと、旋回していた野鳥が降りてきました。
近くで見てうっとりします。なんて美しい羽でしょうか、赤と緑の長い羽はまるで南国の野鳥のような鮮やかさです。
ハウストは野鳥の足に括られていた手紙を広げました。
「リースベットとジェノキスからだ。精霊族、魔族、人間、幻想族、それぞれの軍が孤島に向かって侵攻したようだな」
「初代王様方もゲオルク討伐を優先したんですね」
「大戦中だろうとあの男を放っておくことはできない。この世界で、あの男が手に入れた力は異質のものだ。排除を優先するのは賢明な判断だ」
「そうですね……」
異質な力、それは祈り石の力。複雑ではありますが当然の判断でしょう。
私もハウストから手紙を受け取って読みました。
初代王の軍勢はすでに孤島に向けて船で出発しているようです。しかしゲオルク討伐を合同で行なう計画などありません。誰が討伐するか早いもの勝ちということですね、特に精霊王リースベットと幻想王オルクヘルムは我こそはと張り切っているようでした。
そのまま読みすすめて、大切なことが書いてあることに気付きます。
「ハウスト、リースベット様が最後の禁書の執筆に取り掛かってくださったようです。ゲオルクの一件が片付く頃には完成させる、とのことですよ。これで安心しました。リースベット様の禁書がなければ元の時代には帰れませんからね。リースベット様とジェノキスに感謝しなければ」
そう、私たちの時空転移を可能にしたのは初代精霊王リースベットの禁書があったからです。それは元の時代に帰る時にも必要ということ。ジェノキスがリースベットに作成をお願いしてくれたのです。
なんだか不思議な心地です。十万年後で発見された禁書が今執筆されているんですから。
「お手紙ありがとうございます。たしかに受け取りました」
私は手早くお礼のお手紙を書いて野鳥の足に括りつけました。
極彩色の羽をひと撫ですると頭をスリスリしてくれます。とても人懐っこいのですね。
「道中お気を付けて」
「ピィィ!」
野鳥は甲高い鳴き声をあげ、美しい翼を広げて飛び立ちました。
今の最優先はゲオルクを討伐すること。私たちが元の時代に帰るのはその後ということです。
そしてこの時代の世界も、ゲオルク討伐が終わると四界大戦を再開させるのでしょう。一時停戦したまま終戦してしまえばいいけれど、そうならないことは分かっています。この時代の四界大戦は世界を四つに分かつ結界が出現するまで続くものなのですから。
「あー、あむあむ。……ゲフッ」
「ん? ああクロード、お口にいっぱい入れて……」
見るとクロードの口の周りに柔らかくなったビスケットがべっとりついています。
たくさん頬張ったものの、ミルクも飲んだあとなのでゲップも出てしまったのですね。
「あうー、あー」
「クロード、こんどはビスケットのおひげ~」
「ふふふ、ゼロスだってミルクのおひげがついてますよ?」
「えっ、ほんと!? どこどこ!?」
「ゼロスの口も綺麗にしてあげますね」
私はクロードのビスケットのおひげとゼロスのミルクのおひげを拭いてあげました。
これで二人とも綺麗なお口です。
「もう大丈夫ですよ。ではハンカチを洗ってきます」
汚れたハンカチはすぐ洗わなければ染みになってしまいますからね。
近くの川へ行こうとするとイスラも一緒にきてくれます。
「俺も一緒にいく」
「すぐそこの川ですよ? ここから見えています」
「……丁度、水を汲みたくなったんだ」
「ふふふ、では一緒に行きましょう」
少し過保護なところはありますが心配してくれて嬉しいですよ。
ゼロスとクロードをハウストに任せて、私はイスラと一緒に川へ行きました。
「この川の水は冷たいですね。近くの山の湧き水が流れているんでしょうか」
「ああ、冷たくてうまい」
川に手を入れるとひんやりとしました。
イスラも美味しそうに水を飲んでいます。
私はハンカチを洗って汚れを取るとイスラを振り向きました。
「いよいよですね、イスラ」
「そうだな、海を越えればゲオルクの孤島だ」
「それもありますが」
私は立ち上がるとイスラに向き直りました。
真正面から見つめて、イスラにそっと手を伸ばす。そして。
「あなた、生きています」
イスラの頬に手を添えて言葉を紡ぎました。
指で輪郭をなぞって、下に降ろしていって、そのまま首へ。
ああ……脈動している。呼吸している。生きている。
涙が出るほど安堵しました。
全身の力が抜けて膝から崩れ落ちてしまいそう。
でも今は泣きません。崩れ落ちたりもしません。イスラに向かって穏やかに笑いかけます。
「ふふふ、繋がっていますね」
「…………。……恐い思いをさせたか?」
イスラが少し神妙な面差しで聞いてきました。
初代勇者との決闘は命懸けのものだったのです。
今思い出しても背筋がゾッとして冷たくなるけれど、今は穏やかな笑みを崩しません。だってイスラの前だから。
「いいえ。心配はしますが、あなたを信じていますから」
「そうか」
イスラがほっとした顔で頷きました。
そんなイスラに目を細めて言葉を続けます。
「あなたこそが歴代最強の勇者です。相手が初代だろうと負けることは許されませんよ?」
「ああ、見てろ。おそらくゲオルクの孤島でまた戦うことになるはずだ。次は必ず決着をつける」
イスラが私を見つめて言いました。
強い光を宿した紫の瞳、勇者の瞳。それは人間の希望と救いで、幼い頃からなに一つ変わらないもの。
「はい、応援しています」
私は笑みを浮かべたまま頷きました。
イスラは勇者、私の王様。イスラが自分の意志で戦うと決めたなら、私に止めることはできません。私に出来ることはイスラの足枷にならないことだけ。
「さあ、戻りましょう。今のうちにしっかり休んでください」
「ブレイラこそしっかり休めよ?」
「分かっていますよ」
苦笑してしまう。やっぱり過保護ですね。
私とイスラはハウスト達のもとへ戻りました。
私たちは長時間の移動に備えて体を休め、そしていよいよ大海原へ飛び立ったのでした。
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