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第七章・円環の呪い11
海上を移動して二時間が経過しました。
青かった海は夕陽の色に染まって、まるで宝石を散らばせたようにキラキラと輝いています。
私たちは召喚獣の鷹と蝙蝠の背に乗ってゲオルクの孤島を目指します。到着は夜明け前になる予定でした。
抱っこ紐で抱っこしているクロードはハンカチをむにゃむにゃしながら眠っていきました。最初はやっぱり興奮していましたが、赤ちゃんなので疲れると眠っていきます。
私は蝙蝠に乗っているイスラを見つめました。
蝙蝠の上ではゼロスがなにやらおしゃべりして、イスラもそれに答えています。時折海面を指差しているので足元に広がる大海原の話題でしょうか。仲良しな兄弟の姿に私の口元も綻びました。
そんな私の様子にハウストが気付きます。
「イスラとなにか話したのか?」
「……少しだけ。きっと孤島でイスラが戦うのはゲオルクだけではないでしょうから」
「初代勇者か」
「はい。きっと勇者の二人は続きをしますよね?」
「するだろうな。あれで二人が納得しているとは思えん」
ハウストがきっぱり肯定しました。
そして私に向かっては言い難そうに口を開きます。
「……お前は二人が決着をつけることを好ましく思っていないかもしれないが」
「そうです、好ましく思っていません」
私もきっぱり答えました。
八つ当たりは承知だけれど、恨みがましく話してしまいます。
「……決着なんかつけなくてもいいじゃないですか、先日の決闘だけで充分だと思いませんか? 私にとって歴代最強の勇者はイスラだけです。あ、私たちのイスラがですよ? 初代の方ではありませんよ?」
「……分かってる。俺たちの息子の方だろ」
「そうです、当然です。……だから、もうわざわざ戦わなくてもいいんじゃないかって思ってます……。どっちが強いとか、そんなの、……私にはどうでもいいです」
……いけませんね、これはもう完全に愚痴です。
ハウストにしか話せないので、ついつい。
「……すみません。そう思うのは私が剣を握って戦う人間ではないからです。あなたやイスラやゼロスのように剣を握って戦う者は、剣を握るからこその決意と覚悟があることも分かっています」
「ブレイラ……」
「大丈夫ですよ、応援できます。さっきもイスラを応援しました。イスラを信じていますから」
愚痴も零しますが、この気持ちもほんとう。私だって分かっているのです。だから、どちらもほんとう。
そんな私の気持ちをハウストにだけは打ち明けました。彼にしかお話しできないことでした。
「そうか、えらかったな」
ハウストの大きな手が伸びてきて、私の肩をそっと抱き寄せてくれました。
そのまま身をゆだねて凭れかかります。
今はうまく言葉を選べなくて黙って頷くことしかできないけれど、こうしているだけで心が落ち着きました。
「ハウスト、陽が沈みますね」
夕陽が水平線に沈んでいきます。
大海原を染めていた夕暮れに夜の闇が混じって、少しずつ少しずつその濃さを増していく。陽の光と夜の闇が入れ替わる。今までキラキラ輝いていた大海原が闇一色に染まり、今度は夜空に星々が輝きだしました。
暗闇は恐ろしいけれど、暗ければ暗いほど星は輝きを増すのです。それは暗闇に輝く道しるべのように。
「今夜はよく晴れそうだ」
「そうですね、雲一つない美しい夜空です」
「着くまで寝ててもいいぞ? 心配するな、落ちないように見ててやるから」
ハウストが優しく言ってくれました。
でもこんな時に私だけ眠るなんてできません。
「いえ、私も起きています。あなた達が眠らないのに私だけ眠るなんて……。それにこんな高い場所で眠るなんて無理ですよ」
「ゼロスは寝てるぞ?」
「え?」
蝙蝠の方を見ると、ゼロスが蝙蝠の背中に抱きついてスヤスヤ眠っていました。
時々寝返りをして落ちそうになるけれど、そのたびにイスラが引き戻しています。ゼロスはとても気持ち良さそうですが……。
「……私もあんなふうに眠れと?」
「そうだ、空で眠るのも悪くないぞ。疲れただろ?」
ハウストの大きな手が私の髪を撫でてくれます。
そして背後からクロードごとハウストの懐へ。このまま眠れとばかりに両腕で抱き締められました。
「ハウスト……」
「いいから寝てろ」
優しく髪を撫でられ、その心地よさに目を細めてしまう。
こんな時だというのに、あなたに甘えたくなってしまうじゃないですか。
「いけませんよ。そうやって甘やかすから、私はあなたに甘えてばかりです」
「甘やかさない方がいいのか?」
「いじわるを言いますね。ダメです、甘やかしてください」
「それなら決まりだな。眠れなくても目を閉じているだけでいい、体を休めておけ」
「はい」
そんなふうに甘やかされると私も素直に頷くしかないじゃないですか。
でも目を閉じる前にどうしてもしたいことが。
背後のハウストを振り返って、……ちゅっ。彼の口端にそっと唇を寄せました。
ハウストが少し驚いた顔になります。
そんな彼に私は笑いかけました。
「ふふふ、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
ハウストが優しく目を細め、お返しの口付けをくれます。
私は肩を竦めてはにかんで、心地よいぬくもりに身を委ねました。
――――ポツポツッ、ザーーッ。
不意に聞こえた雨音に、眠っていた意識が浮上しました。
薄っすらと目を開けて、視界に飛び込んできた光景に飛び起きます。
「っ、雨!?」
そう、雨です。
眠る前は夜空に満天の星空が広がっていたのに、今は黒い雨雲に覆われていました。
「起こしてしまったか」
背後からハウストに声を掛けられました。
振り向くとハウストが外套を雨避けがわりに広げてくれています。
外套のおかげで私もクロードも濡れていません。ハウストが雨風から守ってくれていたのです。
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